第166話 堕ちるフェルネンド王国

「最悪な方向って……」


 神妙な面持ちで語るナタリーを前に、トアは息を呑んだ。それはエステルも同じで、不安げな表情を浮かべている。

 そんなふたりへ、ナタリーはフェルネンドの現状を淡々と語っていった。



 ストリア大陸最大国家フェルネンド王国。

 


 ――が、それはあくまでも一年以上前の話。

 近年は侵略まがいの戦いを仕掛け、それが原因となり大陸内同盟国との関係が冷え切っていた。そのせいか、最近では近隣の大陸にある別国家と手を組むようになっていった。


 聖騎隊に所属する兵の数はトアやエステルが在籍していた頃の半分以下に減少。おまけにいなくなった大半はクレイブ、エドガー、ネリスといった有望な若手やヘルミーナといった経験豊富な兵士というメンツだった。

 つまり、今のフェルネンド聖騎隊はかつてに比べて大きく戦力ダウンをした状態。魔獣退治などできるはずもなく、王国の治安維持のためといっては各地で好き勝手に暴れまわっているのが現状だった。


 国民からは落ちぶれた聖騎隊へ非難の声が集中し、やがてそれは暴徒になった。それらを鎮圧するため、王都では聖騎隊と国民が毎日のように衝突しているらしい。


「なんてこと……」

「国民を守る立場にいなければならないはずの聖騎隊が……」


「今やフェルネンドは王国として危うい立場にあるの。……さらに不可解なのは、そんな状態に陥っても、ディオニス・コルナルドを王位から引きずり降ろそうとする動きは見られないってことね」

「え?」


 トアがフェルネンドを去るきっかけを作った男――ディオニス・コルナルド。

 彼は前国王の死後、娘のジュリア姫と婚約を発表し、王の座へとついた。かつて、エステルと嘘の婚約記事を新聞に掲載させるなど、成り上がりのためには手段を選ばぬ卑劣で狡猾な男だ。

 念願叶って王の座を手に入れたまではよかったが、国自体は大きく傾いた状態となっていたのだが、そうなっても、ディオニスが王で居続けられる理由があるとすれば、それは――


「何か……一発逆転の策がある、と」


 トアの言葉を受けたナタリーはしばし無言を貫き、それから小さく首を横へと振った。


「情報役のジャン曰く、具体策は示されていないとのことだけど……あったにしてもどうせろくなものじゃないわ」

「私もそう思います」


 トアよりも長く聖騎隊に残っており、変化していく内情をより詳しく知っているエステルはナタリーの考えに賛同した。


「シスター・メリンカと子どもたちを一刻も早くこちらへ呼び寄せないと」

「そういうことならば私も力を貸そう」


 三人の会話に、新たな参加者が現れた。その人物は――話し合いの場となっている宿屋の主人であり、元フェルネンド王国大臣のフロイド・ハーミッダであった。


「フロイドさん!」


 心強い援軍の登場に、トアのテンションも跳ね上がった。


「ナタリーから相談があると持ちかけられ、仕事がひと段落ついたから参加しに来たわけだが……なるほど。ついに落ちるところまで落ちたか」


 元大臣であるフロイドの口調はどこか悲しげに聞こえた。

 大臣を務めていた自分の力さえ及ばなくなるほど暴走を始めたフェルネンドであったが、そうならないよう、最後の最後まで尽力した。以前のように健全な国へ戻れるよう努力を重ねたが、それが届かず、しまいにはそのような行動を目障りに感じた者から暗殺者を差し向けられるまでになり、家族と共に国を出たのだ。


「トアとエステルにとってはもちろん、多くの孤児たちにとって救いの場であったあの教会と母親代わりを務めていたシスター・メリンカ……放っておくわけにはいかんな」


 フロイドはシスター・メリンカをよく知っている。

 彼女の頑張りによって多くの子どもたちが救われた。トアやエステル以外にも、大臣時代に部下だった者の中には、シスター・メリンカの教会出身者もおり、フロイドは支援金を出して国家ぐるみの取り組みとしていた。


「フロイドさん……」


 不安げな表情のトアとエステル。その横で、眉間にシワを寄せながら腕を組むナタリー。そんな思いを払拭させるように、フロイドはフッと小さく笑ってから語り始める。


「安心しろ。シスター・メリンカについてはすでに動いている」

「「「えっ!?」」」


 トア、エステル、ナタリーの三人は同時に声をあげた。


「大臣職っていうのは何かと都合がよくてね。町の宿屋を経営していても、向こうから接触したがってくる」

「! じゃ、じゃあ!」

「彼女と子どもたちがこちらにくれば、セリウスは歓迎してくれる――と、だけ言っておこうかな」


 そう言って、不敵な笑みを浮かべるフロイド。

 その時は、気のいい宿屋の店主ではなく、政治屋として辣腕を振るった大臣の顔になっていた。


「トア、エステル、君たちは何も心配しなくていい。後は私とナタリーに任せておけ」

「そうよ。こっからは大人に任せなさい」

「フロイドさん……ナタリーさん……」

「あ、でも、これだけは覚えておいて、トアくん」

「なんですか?」

「メリンカの件が片付いたら、今度は要塞村にお邪魔するわ。あなたたちの村には面白そうなアイテムが出る地下迷宮があるっていうじゃない」


 トアへウィンクを送るナタリー。その商魂に、トアは思わず苦笑いをするとともに、なんだか懐かしい気持ちになったのだった。



  ◇◇◇



 シスター・メリンカの件についてはフロイドとナタリーの大人勢に一任することとして、トアとエステルは要塞村へと戻った。

 その日の夜。

 夕食が終わると、トアは屋上庭園に来ていた。


「…………」


 無言のまま横になり、星空を眺める。

 ここへ来た目的は特にない。

 ただなんとなく、このままじゃ寝られない気がしたので、夜風に当たりに来た――それくらいの感覚だった。


 しばらくその状態でいると、いろんなことが思い出されてくる。

 フェルネンド王国で過ごした日々――国を出るきっかけは辛いものだったが、そのおかげで自分の本当のジョブに気づけたし、こうして村をつくって楽しい日々を送れている。

 ただ、フェルネンドで過ごした日々のすべてが辛かったわけじゃない。

 楽しいことだってたくさんあった。

 その国が窮地に立っている現状――国王があのディオニス・コルナルドである以上、戻ることは難しいが、そこに暮らす人々は助けたいという気持ちもある。


 少し暗いことを考えたせいか、気落ちしていたトア――が、そんなトアへ声をかける者たちがいた。


「こんなところにいたのね、トア」

「わふっ! 夜更かしですか?」

「ちょっと違うと思いますよ、マフレナさん」


 やってきたのはクラーラ、マフレナ、ジャネット、そして――


「トア……」


 エステルだった。

 四人とも明るく振る舞っているように映るが、エステルからフェルネンドの件を聞き、トアのことが心配になってきたのだ。


「ああ、その……うまく言えないけど、大丈夫よ!」

「そうですよ、トア様!」

「何かあれば、私たちもお力になります」

「クラーラ……マフレナ……ジャネット……ありがとう」

 

 直接フェルネンドとは関係のないクラーラたちだが、トアが絡んでいるとあっては話は別だと、協力を申し出てくれた。

 ――それだけじゃない。


「水臭いですな、トア村長! 銀狼族はいつだってトア村長の味方ですぞ!」

「我ら王虎族も気持ちは同じ!」

「冥鳥族だって負けてはおりません!」

「ドワーフ族もお忘れなく!」

「当然俺たちエルフ族も!」

「モンスター組もいますよ!」

「私たち大地の精霊も村長を応援しているのだ~」

「まったく、お主はいろいろとひとりで抱えすぎじゃぞ」

「そういうことだ。我ら八極をもっと頼ってくれてもいいんだぞ」

「僕の存在も忘れてもらっては困りますよ、マスター。あ、ちなみに、地下迷宮のアイリーン様もみなさんと同じ気持ちです」

「ガウガウ!」

「あーい♪」


 銀狼族の長ジン、王虎族の長ゼルエス、冥鳥族の長エイデン、ドワーフ族のゴラン。エルフ族のセドリック。モンスター組のメルビン。大地の精霊リディス、八極のローザとシャウナにフォルとアイリーン。それに要塞村守護竜シロと精霊女王アネスまで。さらにメリッサ、ルイス、タイガ、ミュー、アシュリー、サンドラ、エディ――各種族が集結しつつあった。

 

「みんな……」


 心配になって駆けつけた村民たちから「自分たちを頼ってくれ!」と言葉を送られたトアの目頭は熱くなっていく。

 こんなにもたくさんの素晴らしい仲間に囲まれている――トアにはその事実がたまらなく嬉しかった。


「ありがとう! 本当にありがとう!」


 沈んでいた気持ちは綺麗サッパリ消え去り、「シスター・メリンカを迎え入れる準備を進めなくちゃ」とトアは前向きな気持ちへ切り替えたのだった。

 

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