第165話 エノドア鉱山に潜むモノ【後編】
※次回投稿は木曜日になります!
「ここは俺が引き受ける!」
巨大モグラ型モンスターを前に、聖剣を構えるトア。
「!? とうとう彼が戦うところを直接見られる」
要塞村村長トア・マクレイグの実力。
その全容を把握できるかもしれないと、タマキは他のメンバーから一歩離れた位置からじっくりと観察しようと思っていた。――だが、そんなタマキの行動を不審に思う人物が現れる。
「タマキ、何をやっているんだ?」
クレイブだった。
この討伐作戦が決まってから、タマキの様子がどうにもおかしかったので注意していたためにその行動に気づけたのだった。
「く、クレイブ殿……いや、トア村長の戦いを間近で見るのは今日が初めてなのでじっくりと観察を――」
「嘘だな。トアを見つめていた時の君の瞳……俺には、何かもっと深い事情が隠れているように映った」
「!?」
「君の目的は……トアだな?」
クレイブの鋭い指摘に、タマキは言葉を詰まらせる。
一方、みんなから離れてふたりきりになっている姿を目撃したクラーラは、ふたりの間に漂うただならぬ気配を察した。
「な、何? 一体どうしたっていうのよ」
不穏な空気を感じ取ったクラーラは、モンスターと対峙するトアから一旦目を離し、険悪な感じになっているクレイブとタマキの方へ。ここは明るく振る舞って場を和ませようと近づいたのだが、
「君にトアは渡さない」
「……クレイブ殿になんと言われようと、私はトア村長をあきらめるつもりはない」
「んなっ!?」
あまりの内容に、クラーラは思わずストップ。近くにあった岩陰へと身を隠した。
前後の会話を知らず、ここで断ち切ってしまったため、クラーラの印象として残ったのは、
「く、クレイブとタマキがトアを取り合っている?」
といった誤解のみだった。
「クレイブの方はまあ分かりきっていたけど……まさかタマキまでトア狙いなんてこれは完全に伏兵だったわ。――あれ?」
これまでそんな素振りなんてなかったのに、と思ったクラーラだが、思い返してみると結構な頻度で要塞村にやってきていた気がする。それは魔鉱石の運搬だったり、自警団の通常業務なのだが、その担当にタマキが割り当てられる数は、他の団員よりも高いのではないかとクラーラは疑い始めていた。
「もしかして……直訴している?」
だとしたら、目的は間違いなくトアに会うため。だからクレイブも警戒をしているのだろうという推測に落ち着いた。
「これは一大事ね。戻ったすぐにエステルたちに報告して同盟会議よ」
クラーラ、エステル、マフレナ、ジャネットの四名はトアに想いを寄せる乙女同盟を組んでいる。そこに突如現れた新手。これを野放しにしておくわけにはいかなかった。
思わぬところでライバル視されているタマキだが、当人はそんなことなど露知らず、クレイブとにらみ合いながらもその視界はしっかりとトアを捉えている。
聖剣を握る手に力を込め、腰を落とし、いつでも仕掛けられる体勢のトア。モグラ型モンスターも警戒を怠らず、「ふー、ふー」という生暖かい鼻息の音が響く。
およそ五分。
トアとモンスターのにらみ合いが始まってそれくらいの時間が経とうとした頃、ついに動きが見えた。
「…………」
動いたのはトアだった。
しかも、その行動は意外なものだった。
なんと、トアは聖剣を鞘へと収めてしまったのだ。
「! ど、どうしたのだ、トア村長!」
驚きの声をあげるジェンソンだが、その脇に立つフォルは至って冷静な口調で告げた。
「何も驚くことはありませんよ、ジェンソン様。マスターはあのモンスターと戦う必要がないと判断したので剣を収めたのです」
「た、戦う必要がないだって?」
フォルの言葉を今ひとつ消化しきれなかったジェンソンだが、トアが剣を収めた状態のままモンスターに近づいていく姿を見てさらに驚愕する。
「あ、危ない!」
「安心してください。あのモンスターからもすでに敵意は消えています」
「ど、どういうことだ!?」
動揺しっぱなしのジェンソンだが、そうこうしているうちにトアとモンスターの距離はゼロとなる。まったく怯える様子を見せないトアは、そのままモンスターの鼻っ面に優しく手を添えた。
すると、モンスターは鼻先をヒクヒクと動かし、まるで甘えるようにトアへと鼻を押しつける。
「すっかり慣れたようですね」
「し、信じられん……」
フォルはさも当然の結果だと言わんばかりであったが、ジェンソンはまだ顔が引きつったままだった。
「大丈夫ですよ、みなさん。この子はちょっと怯えていただけのようです」
トアがそう声をかけると、恐る恐る自警団の面々もモグラ型モンスターへと近づいていく。だが、今度は警戒をされるような行動をせず、大人しくしていた。
「な、なんだ、大人しいじゃないか」
「近くで見ると結構愛嬌のある顔しているな」
慣れてくればどうということはない。
皆、モグラ型モンスターを可愛がり始めていた。
「…………」
「残念だったな、タマキ」
ようやくトアの戦いを間近で見られると思っていたタマキだが、予想外の幕引きに脱力しきっていた。その深い落ち込みように、なんだかいたたまれない気持ちになってきたクレイブがこんな提案を差し出す。
「そんなにトアの戦っている姿が見たいのならば、自分で戦いを申し込んだらどうだ?」
「え?」
「トアは自身を鍛える稽古が好きだからな。剣術の練習相手という名目のもと、トアと剣を交えてみるのも悪くないと思うが」
「……なるほど」
クレイブからの助言を聞き、タマキは何やら案を思いついたようで不敵な笑みを浮かべていた。
「だがな、タマキ――君がもし、トアと敵対する行動を取るならば、俺は容赦しない」
「その点についてはご心配なく」
あっさりと答えるが、信頼はしきれないだろうとクレイブは冷静だった。
こうして、要塞村とエノドア自警団共同によるモンスター狩りは、なんとも呆気ない幕切れとなったのであった。
◇◇◇
町へ戻ったトアとエステルは、ナタリーに誘われてネリスの父フロイドが経営する宿屋へとやってきた。彼女はここをエノドアでの拠点としているらしい。
三人は宿屋の食堂で食事をしながら話を始める。
「でもびっくりしちゃったわ。ジェンソン団長が言っていたけど、トアくんは巨大モンスターに怯むことなく立ち向かって行ったんだって?」
「立ち向かうというか……まあ、自然解決みたいなものでしたけど」
「それでも凄いわよ。思い出すなぁ……あんなに小さくて可愛かったトアくんが、ひとりでモンスターを……うん。やっぱり凄いわ! ねぇ、エステルちゃん」
「はい!」
興奮気味のナタリーとエステル。
そういえば、まだ内向的だった頃のエステルも、ナタリーにはよく懐いていた。トアはふとそんなことを思い出す。
「それで、私たちに伝えたいことってなんですか?」
エステルが本題に戻したことで、トアも会話に加わった。
「何か、結構重大なことみたいでしたけど」
いつも明るく振る舞っているナタリーが、その件を口にした時、表情に影が差していた。そのことから、トアは尋常じゃないことかもしれないと覚悟をしていた。
「そのことなんだけど……ふたりとも、シスター・メリンカのことは覚えているわね?」
「「もちろんです!」」
トアとエステルの声が綺麗に重なる。
当然だ。
ふたりにとって、シスター・メリンカは孤児としてフェルネンドへ来てから母親のように優しく接してくれた大恩人。フェルネンドの情勢が不透明でなければ、今すぐにでも会いに行きたいくらいだった。
その様子を、ふたりの態度から察したナタリーは少し口元を緩めて話し始める。
「実は、シスター・メリンカと今彼女の教会にいる子どもたちをセリウスへ移住させたいと思っている」
「ほ、本当ですか!?」
「シスター・メリンカに会える……うぅ、なんだか私、涙が出そう」
トアとエステルは感激した――が、事はそう簡単に運ばないようだ。
「ただ問題もあるの。……それは、今のフェルネンド王国の情勢よ」
「! い、今、フェルネンド王国はどうなっているんですか?」
思えば、エノドアに来る前のクレイブたちに生存報告をして以来、まともにフェルネンド王国へ戻ったことはない。あれからあの国がどうなったのか、トアは関心があった。
「あなたたち……ジャン・ゴメスという人物を覚えている?」
「ジャン隊長ですか? もちろん、覚えていますよ。私たちの部隊長だったヘルミーナさんと同期ということで、よく一緒に合同演習やっていましたから」
そう語るのはエステルだった。
この辺は、遺失物管理局に飛ばされて聖騎隊の任務から遠ざかっていたトアには分からないことだ。
「今も聖騎隊に残る彼が情報提供人として、ここ最近のフェルネンド王国内の様子を教えてくれているの……それによると、ここ数ヵ月の間にフェルネンドで大きな政変が起こる可能性があるらしいわ」
「政変……」
現国王であるディオニス・コルナルドの失脚――とかなら、トアが再びフェルネンド王国へ戻れる芽もあっただろうが、先にシスター・メリンカを移住させるという案が提示されている以上、それはなさそうだった。
ナタリーは一度深呼吸を挟んだ後、真剣な顔つきでトアとエステルに告げる。
「フェルネンドは大きく変わろうとしている。……それも、最悪な方向へ」
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