第164話 エノドア鉱山に潜むモノ【中編】

※次回は火曜日に更新予定です!




 ――レナード町長が要塞村を訪れる前日の夜。



 町から少し離れた位置にある森。

 ハイランクモンスターがうろつく屍の森ではないにしても、夜ともなれば人を襲う野生動物や不審者なども出没する。そのため、エノドア自警団は交代制を敷いて森におかしな動きがないか、監視業務も行っていた。

 本日の当番は数名の若者とヒノモト出身の新入りタマキ。

 見回りの場所を決めて行動をするのだが、タマキは他の団員の目を盗み、森の中へと来ていた。ある程度町から離れた位置まで来ると、胸元から怪しげな光を放つ小さな水晶玉を取り出した。


「タマキです」


 その水晶玉に話しかけると、


『もう、待ちくたびれたわよ~』


 声がした。女性の口調だが、個人を特定されないためか声色は変えられているようだ。


『夜更かしは美容に大敵なのよ?』

「申し訳ありません。エノドア自警団の警備が厳しくて抜け出すのに苦労しました」

『まあ、それだけ仕事熱心だということね。感心感心♪』


 明るい感じの声の主だが、タマキを呼んだ本題に移ると途端に調子が変わった。


『それで、あなたがエノドア自警団に入ってかれこれ一ヶ月近くになるけど……例の要塞村の村長の評価を聞かせてくれるかしら』

「はい」


 水晶の先にいる声の主は、要塞村のトアについてタマキに調べさせていた。直接要塞村へ送り込まなかったのはタマキの正体がバレないようにするため。噂では伝説の英雄――《八極》も住んでいるとの話なので警戒してのことだった。


「要塞村村長のトア・マクレイグですが……彼は《要塞職人》という要塞限定で発動するジョブの持ち主であることが発覚しました」

『要塞限定!? それはまた随分と珍しいジョブね。そんな子が、偶然にも長らく眠っていた無血要塞ディーフォルにたどり着いたなんて……でも、それで謎が解けたわね。ディーフォルがよみがえったという報告を受けた時は信じられなかったけど、そんなジョブを持った少年がいたのなら話は別ね』

「彼はそのジョブが持つリペア、クラフトというふたつの能力を使い分けてディーフォルを復活――いえ、生まれ変わらせたようです」

『生まれ変わらせる? なぜそう思うの?』

「あそこはすでに要塞としての機能を失っています。外観こそ要塞ですが、中身は至って普通の――いえ、村民たちが伝説的種族ばかりという点で普通ではありませんが、ただ、普段の生活はどこにでもある普通の村です」

『事前にもらった報告書によるとエルフ、銀狼族、王虎族、冥鳥族、ドワーフ、大地の精霊に八極がふたり』

「最近は子どものドラゴンと転生した精霊女王も加わっています」

『……それだけの異種族がよく同じ場所で問題なく生活を送れているわね』

「すべての種族がトア村長を信頼しています。彼だからこそ、要塞村をしっかりとまとめられているのだと思います」

『……人間性は確かなようね』


 声の主は静かに言うと、しばし無言。

 ようやく口を開くが、先ほどまでとは少し落ち着いた雰囲気だった。


『彼の――トア・マクレイグの戦闘力についてはどう?』

「これもまた凄まじいものがあります。どういった原理なのかは不明ですが、彼は神樹の加護を受けているようです。その効果もあってか、魔力は無尽蔵。おまけに身体能力を大幅に向上され、最近はとうとう聖剣まで装備するまでになりました」

『神樹の加護に聖剣……? ますますとんでもない少年のようね』

「とりあえず、今のところは議題にあげられているような問題行動は見られませんね。今後も監視と調査を続行していきますが……」

『そうね。できたらもっと戦闘に関する詳しい情報が欲しいところだけど』

「要塞村では余程のことがない限りトア村長が戦闘に出張ることはないようです。まあ、彼を抜きにしても、相当な強者揃いなので、その必要がないということなのでしょうが」


 例えトアが戦わなくても、クラーラやエステル、マフレナにローザなど、戦闘要員は大勢存在している。それもまた、要塞村が警戒される要因であった。


『欲しいとは言ったけど、無茶はしないようにね。彼らに私たちのことが勘づかれてしまってはこちらの計画に狂いが生じる可能性もあるから』

「心得ています」

『それと、あなたからの報告は逐一共有情報として回覧しているわ。――もちろん、一部情報にはフェイクを盛り込んであるけど』

「そうですか……」

『ともかく、まだ具体的に動き出すには時間がかかりそうだけね……そうなるよりも先に、たぶん私自身がそちらへ合流することになると思うわ』

「!? ま、まさか!?」


 思わぬ提案にタマキが思わず大声をあげると、


「どうした、タマキ。何かあったか」


 巡回をしていた自警団のひとりが異変に気づいて声をかけてきた。


「! すみません、これで終わります」


 タマキはバレないように水晶をしまい、「不審な人影が見えたので追ってきました」と誤魔化して自警団と合流した。








「どうかした、タマキ」

「! い、いえ、なんでもありません」


 エノドア鉱山に出現したモンスター討伐のため、要塞村からトアたちが合流。自警団との協力作戦を実行するため、モンスターのいる場所まで向かっている途中だった。

 トアは右隣を並んで歩くタマキの様子がおかしいことに声をかけたのだ。


「強力な助っ人がいるからって、油断してはいかんぞ」

「ごめんなさい……」


 クレイブから指摘を受け、項垂れるタマキ。

 これもまた、いつものタマキらしくない。

 やはり、何か隠し事をしているのではとクレイブは推測していた。


「トアが出るまでもないわ! どんなモンスターが相手だろうと、私が仕留めるまで!」

「血気盛んですね、クラーラ様」

「最近ちょっと暴れてなかったからね。乙女として、戦闘力が低下していないかチェックしておかないとね」

「本物の乙女は戦闘力を気にしないと思うのですが」


 要塞村からやってきたのはトアだけでなく、クラーラとフォルも一緒だった。

 タマキからすれば、トアの純粋な戦闘力を間近で確認をしたいため、できればあのふたりには遠慮していただきたいのだが、フォルはともかくクラーラの方は最初からヤル気全開であった。


「……なんとかして、トア村長が戦うところを見たい……」


 タマキのバックにいる人物は、トアの戦闘に関する情報を欲している。無茶はするなと釘を刺されたが、情報を得ようとさまざまな案を脳内に浮かべては消していく。

 だが、そんな努力もむなしく、一行は件のモンスターがいる場所までたどり着いた。


「ここか……」


 トアの眼前――少しだけ開けた空間に、そのモグラ型モンスターはいた。体長は少なく見積もっても五メートルはあるだろうか。鋭い爪に、針金のような体毛。突進でもされたら並みの人間はひとたまりもない。

 今は眠っているようで、目を閉じ、鼻先をわずかに揺らしながら静かに寝息を立てている。


「で、でっかいわね……」

「こちらから仕掛けますか?」

「……もう少し様子を見よう」


 クラーラ、フォル、トアの三人は待機を選択。

 ついてきたエノドア自警団(ジェンソン、クレイブ、タマキ他数名)は背後で要塞村の面々がどのようにモンスターと戦うか、興味深げに眺めていた。もちろん、いざとなったら加勢できるよう、いつでも戦える準備をしておく。


 タマキは自警団の最後方に位置取りをし、トアの様子を注意深く観察する。

 あのモグラが目覚めたら、嫌でも戦闘になるだろう。

 その時、トア・マクレイグはどのような行動に出るか――それを一刻も早く確認したいタマキはやきもきしていたが、やがて彼女にとって待ちに待った展開が訪れた。


「グウゥゥゥゥ……っ!?」


 突如、巨大モグラがそのつぶらな瞳をむき出しにしたのだ。


「!? しまった! 起きたぞ!」


 モンスターから近い位置にいたトアたちは咄嗟に飛び退く。その動きに驚いたモンスターは雄叫びを上げながら鋭い爪のついた腕を振るう。


「仕方がない! 戦闘開始だ!」

「任せて!」

「やりましょう!」


 トアが聖剣を鞘から引き抜くと、クラーラとフォルも戦闘態勢に入る。タマキにとって好都合な展開となった。


「……改めて見せてもらいますよ、トア村長――あなたの実力を」

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