第163話 エノドア鉱山に潜むモノ【前編】

※明日も21:00~の投稿となります。




 その日の早朝。

 要塞村に来客が。


「マスター、レナード町長がお見えになりましたよ」

「レナード町長が?」


 鉱山の町エノドアの町長であるレナードがアポなしでトアを訪問したのだった。トアが慌てて要塞村の外へ出ると、そこにはヘルミーナとジェンソンを護衛につけたレナード町長が立っていた。


「やあ、すまないね。朝早くに」

「いえ、全然構いませんが……何かあったんですか?」

「ちょっと頼みたいことがあってね」

「とりあえず、こちらへ」


 エノドアから何か頼みごとをされるというのは今日が初めてというわけではない。だが、ジェンソンとヘルミーナを引き連れ、レナード町長直々に要塞村へ出向いてくるのはとても珍しい――というか、初めてのことだった。


 トアはフォルとエステルを引き連れ、レナード町長を要塞内にある応接室へ案内しようとした。その時、


「と、トアくん! それにエステルちゃんも!」


 レナード町長たちの背後にもうひとり来客がいた。

 年齢は二十代前半ほど。ウェーブのかかった金髪が特徴的な女性だ。

 しかも、その人物はトアとエステルをよく知っているらしく、ふたりの姿を見ると満面の笑みで走り寄り、並ぶふたりを抱きかかえると頬ずりまで始めた。


「え? ちょっ!? 何?」

「こ、この感じ……もしかしてナタリーさん!?」

「そうよ!」


 トアが自分のことを思い出したのがよっぽど嬉しかったのか、ナタリーと呼ばれた女性は涙を流し、さらに頬ずりの勢いを増していく。


「……コホン。そ、その辺にしておいたらどうだ、ナタリー?」

「へ? ああっ!? ごめんなさいね!」


 パパっとふたりから離れるナタリー。

 ちなみに、ヘルミーナとナタリーはフェルネンド王国時代に面識があり、大変仲が良く親友と呼べる間柄だった。

 とりあえず、ナタリーが落ち着いたようなので、改めて要塞村の村民たちにナタリーの紹介を始める。この頃になると、騒ぎを聞きつけてクラーラ、マフレナ、ジャネットたちも集まってきた。


「この人の名前はナタリー・ホールトンさん。俺とエステルは子どもの頃よく遊んでもらったんだ」

「待ってください、トアさん。ホールトンってまさか……」


 どうやらジャネットは気づいたようだった。


「そうなんだ。この人はエドガーの従妹なんだ」

「よろしくね♪」


 気さくな感じでクラーラたちと握手を交わしていくナタリー。その明るい性格はエドガーそっくりであった。


「それで、ナタリーさんがいるってことは今回の頼み事は商会絡みですか?」

「まあね。……ただ、それだけじゃないのよ。あなたとエステルちゃんには伝えておきたいことがあって」

「え? なんですか?」


 柄にもなく表情に影を落とすナタリー。だが、すぐに気持ちを切り替え、トアたちに笑顔を振りまいた。


「それは今回の依頼が終わってからにするわ。今はこっちの方が深刻だからね」

「は、はあ……」

「ささ、行きましょ♪」


 トアの背中を押して急かすナタリー。

 彼女の人間性をよく知るトアだからこそ、先ほどの暗い雰囲気が気がかりではあったが、当の彼女がエノドアの件を優先させようというならそれに従おうと思った。




 場所を応接室に移し、早速レナード町長から話を聞いた。


「実は、エノドア鉱山にモンスターが住み着いてしまったんだ」

「も、モンスターが!?」


 これにはトアだけでなく参加したエステルたちも驚いた。

 というのも、エノドアやパーベルにはモンスターが近づかないように周囲を要塞村に住む若い銀狼族や王虎族の戦士たちが定期的に巡回を行っている。そうした効果もあってか、ここ最近では要塞村、エノドア、パーベルの近くでハイランクモンスターは確認されていない。今日のレナード町長の訪問も、そうした安全面での状況変化が起きているから実現したものといえた。


「そのモンスターなんだが……目撃した鉱夫の話だとモグラ型のモンスターらしいんだ」

「モグラ型……なるほど、地中を掘って侵入したのか」


 レナードの言葉を受けて、トアはこちらの警戒網に引っかからなかった理由を知る。さすがに地中までは警備できないから、そうなるとお手上げだ。


「今のところ目立った行動を起こしていないが……かなりの巨体なので、鉱山内で暴れられると間違いなく崩落するだろう。鉱夫たちはすでに全員避難しているが、このまま仕事ができない状況が続いてしまうと最悪閉山になってしまう可能性もある」

「我ら自警団も討伐に乗り出したが……あの巨体は、いくらダメージを与えても効果がないんだ」


 悲痛な面持ちでジェンソンとヘルミーナがそう告げた。

 どうやら、事態は一刻を争うようだ。


「……で、ナタリーさんはどうしてみんなと一緒に?」

「エノドア鉱山で採掘される魔鉱石の噂を耳にしたのよ。それで、叔父様に相談したらすぐにでも話をしてこいって――ただ、まさかエドガーがいたなんて」


 ナタリーは拳を握って怒りをあらわにする。


「エノドアの魔鉱石が上質って分かったのなら、うちに連絡のひとつでも寄越せばいいのに」


 腕を組み、口を尖らせるナタリー。

エドガーは女子への気配りは抜群なのだが、父をはじめとするホールトン一族に名を連ねる者としては商才に欠けていると言わざるを得なかった。

 トアはかつてエドガーの父ジャック・ホールトンが「あの女に対する気配りを商売に反映させられたらなぁ」と嘆いていたことを思い出した。

 話を戻して、とにかく非常事態が起きているエノドアを救うため、トアはレナードからの要請を引き受けることにした。


「分かりました。そのモンスター討伐は俺たちが引き受けます」

「おおっ! ありがとう!」


 立ち上がったレナード町長と固い握手を交わすトア。



  ◇◇◇



 レナード町長が要塞村に応援の要請に向かっている頃、エノドア自警団ではモンスター討伐のために装備を整えている途中だった。


「ったく……なんの連絡もなしにいきなりやってくるなんてよぉ。姉貴も人が悪いぜ」

「あんたが実家へろくに連絡していないから心配して来てくれたんでしょ?」

「姉貴は絶対ビジネス最優先だろ」


 エドガーとネリスがそんな会話を繰り広げている一方、愛用の忍道具の手入れをしているタマキの表情は冴えない。


「どうかしたか、タマキ」


 その様子を心配したクレイブが声をかける。


「クレイブ殿……いえ、別に何でもありません」


 そうは言うが、やはり表情は晴れない。

 クレイブは深く追求することは避け、「何かあったら俺に言ってくれ」とだけ告げてその場を離れた。

 ――だが、クレイブはなんとなく感じ取っていた。

 短い付き合いではあるが、あそこまで感情の変化が見られるタマキは初めて見る。

 エノドアの命ともいえる鉱山がモンスターに占拠され、多くの鉱夫たちが失業の危機に瀕している――そう考えるべきなのだろうが、どうにもクレイブは釈然としなかった。


 タマキの心配は別のところにある。


 ほとんど直感だが、妙に心に引っかかる。


「……あいつの言動に細心の注意を払わないといけないようだな」


 誰にも聞こえないくらい小さな声で呟くと、装備を身につけてトアたちが先行している鉱山目指して駐屯地を出た。

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