第162話 八極の休日(シャウナ編)

 八極。


 侵略戦争を繰り返すザンジール帝国を止めるため、《勇者》のジョブを持つヴィクトールと、彼が集めた七人の仲間たちによって構成された少数精鋭部隊。

 連合軍が苦戦を強いられる中、彼ら八人はその恐るべき戦闘力で次々と帝国の大部隊を退けていき、とうとう戦局を覆すことに成功。連合軍に敗れたザンジール帝国は制圧され、植民地となっていた国々は続々と開放されていった。


 戦争終結後。

 彼らは勲章授与式に参加した後、それぞれの道を歩み始めた。

 それからおよそ百年後――今、その八極の素顔を知る者は少ない。





「ふあぁ~……」


 大きなあくびを噛み殺しながら歩いているのは枯れ泉の魔女ことローザ・バンテンシュタインであった。

 目的地はジャネットが責任者を務める要塞村図書館。

 なんでも、そこで面白い本が入ったから見に来てほしいと依頼があったのだ。


「何もこんな朝早くに起こさなくても……」


 ローザは愚痴るが、すでに時間は昼前。

 村民たちはそれぞれの仕事に精を出しているところだ。


「来たぞ、ジャネット――ぬ?」


 図書館に入ると、まず目に入ったのは人だかりだった。

 いたのはトア、フォル、マフレナ、クラーラ、エステル、ジャネットというお馴染みのメンツで、トアが手にする一冊の本を食い入るように見つめている。


「一体なんの騒ぎじゃ?」

「あっ! ローザさん!」


 全員の視線が一斉に向けられ、それから本を手にしたトアがローザへと詰め寄った。


「このバンテール砂漠での戦いってホントなんですか!?」

「? バンテール砂漠じゃと?」


 なんの話かと本へ視線を落とすと、それは八極の活躍が記された歴史書のようだった。どうやらここに記載されている話が本当なのかどうか確かめるために呼んだらしい。


「四千人近くいた帝国の大兵団をたった四人で全滅させたって書いてあるんですけど、これって事実なんですか!?」


 瞳をキラキラと輝かせながら、トアが迫る。ローザは「分かった分かった」とトアを押しのけ、一息ついてから事実を語りだす。


「確かに、ワシらはバンテール砂漠で帝国軍と戦ったが……いくつか情報に誤りがあるようじゃ」

「誤り……ですか?」

「そうじゃ。まず、敵兵の数は四千ではない。途中で増援が来たから合計で五千人を越えておった。あと、こちらは四人とあるが、実際は五人じゃった。内訳はワシ、ヴィクトール、シャウナ、イズモ、アバランチの五人じゃ」

「そ、そうだったんですね」

「さすがに五千人を五人で倒すのは話を盛りすぎですよね」


 エステルとフォルが納得したように呟く。

 が、誤りはこれだけではなかった。


「それと、四人で倒したとあるが、バンテール砂漠で五千の兵を倒したのはシャウナひとりじゃ」

「「「「「えっ!?」」」」」


 盛りに盛られた作り話かと思いきや、事実はそれよりもさらにとんでもないことになっていた。


「ヴィクトールのヤツがくじ引きで戦うヤツを決めようと言いだしてのぅ……大方、自分ひとりで片づけるつもりが、くじを当てたのはシャウナじゃった。それが原因であいつは拗ねてしまい、後ろで昼寝をしておったわ」

「……ち、ちなみに、ローザさんを含めた他の三人は?」

「暇だったからトランプで遊んでおった。どうせシャウナがすぐに片づけるのは分かりきっておったしのぅ」

「「「「「…………」」」」」


 さすがにこれには全員の顔が引きつった。

 黒蛇のシャウナは今や要塞村の住人だ。

 しかし、今のところシャウナが真剣に戦った姿を誰も見たことがない。世界最高の魔法使いであるローザが強いと認めているのだから実力は本物なのだろうと誰もが思っていた――が、先ほど聞いた話だと、これまでの印象よりも遥かに強い人だったのか、と全員がシャウナに対する認識を改めた。


「この村でのヤツの振る舞いを見ていれば信じられないのも無理はないが……改めていっておくぞ。シャウナは強い」


 静かながら重みのある口調でローザが言うと、その場にいた全員はゴクリと唾を飲んだ。


「で、そのシャウナは今どこじゃ? ちょっと用があったのじゃが見当たらなくてのぅ」

「あ、シャウナさんでしたら出かけましたよ。バカンスに行くついでに古代遺跡に関する資料を集めるから三日ほど空けると言っていました」

「三日!? ……やれやれ、放浪癖はなくなったかと思いきや、どこまでも自由なヤツじゃのぅ、あの黒蛇は」

「ははは、そうですね」


 それでこそシャウナらしいとは思いつつ、トアとローザは少し困ったように笑うのだった。



  ◇◇◇



 要塞村のあるストリア大陸から遠く離れた地――フリカ大陸中央部にあるボレン王国。


「うむ。戦果は上々だな」


 数日間要塞村を離れ、世界三大図書館のひとつであるマリリアス大図書館を訪れていたシャウナ。その目的は地下古代遺跡調査に関係する情報を集めるため、書籍を読み漁ることであった。その調査も一区切りついたので、今は近くにあるカフェに寄り休憩の只中であった。


「エノドアにあるエルフのケーキ屋さんも素晴らしいが、ここの無駄に露出がある制服に身を包んだ美少女たちも素晴らしいな」


 おっさんみたいなことを言いながら、優雅な午後のひと時を過ごすシャウナ。


「せっかくだ。もうしばらくバカンスを満喫するかな」


 大きく伸びをした――次の瞬間、どこからともなく女性の悲鳴声が。


「? なんだ?」


 女性の悲鳴とあっては黙っておけないシャウナはすぐさま立ち上がり声の主である女性を探す。だが、その女性よりも先に視界へ入ったのは武装した複数の男たちだった。

 

「……無粋な連中だな」


 美しい海を見渡せるおしゃれなカフェに不釣り合いな男たち。

 無作法な彼らに少し灸をすえてやろうと立ち上がったが、シャウナの動きは突如停止することとなる。

 それは武装集団のリーダーと思われる大柄な男が発した一言が原因であった。


「俺様は八極のリーダーであるヴィクトール! 今からこの町は俺の支配下となるのだ!」


 本物のヴィクトールとは似ても似つかない男が、そう捲し立てている。さらに、偽ヴィクトールの脇には三人の男女の姿が。それだけでなく、四人の背後には少なく見積もっても三十人以上の屈強な男たちが並んでいた。

 

「ここにいるのはこのヴィクトール様だけじゃねぇ! 枯れ泉の魔女ことローザ! 百療のイズモ! 死境のテスタロッサもいるぞ!」


 ヴィクトールだけでなく、他三人も明らかに偽物だった。


「……ローザとイズモはともかく、テスタロッサを名乗らせるならせめてエルフを連れてこないと」 


 シャウナは盛大にため息をつく。

 ただ、本物と共に戦った身からすれば、彼らのクオリティの低いコスプレは少し笑えた。

 とはいえ、仲間の名を勝手に語る不届き者に違いはない。

 ここはひとつガツンと言ってやらねばと、男たちの前に立つ。


「あん? なんだ、姉ちゃん?」


 偽ヴィクトールはふんぞり返ってシャウナを睨みつける。その行為は相手を威嚇するつもりなのだろうが、すべてを知るシャウナからすればただただ滑稽だった。


「いや何、天下の八極様を生で見るのは初めてなのでね。お近づきになりたいと思って」

「けっ! ……待てよ。おまえよく見たら結構美人だな。よし。俺の愛人にしてやろう!」

「……光栄だね」


 本物のヴィクトールならローザを目の前にしてそんなことは言わないだろう。完成度の低さが際立つ。もちろん懲らしめるつもりのシャウナだが、その前にひとつ聞いておきたいことがあった。


「ところで……黒蛇のシャウナは一緒じゃないのかい?」

「黒蛇~?」


 シャウナからなぜ自分(シャウナ)がいないのかと尋ねられると、偽者たちは大声で笑い始めた。


「決まってんだろ! 黒蛇なんかと組めるかよ!」

「!?」


 一瞬カチンときたが、耐えてさらに尋ねる。


「な、なぜそう思うんだい?」

「だってなぁ……蛇の獣人族ってなんか嫌じゃね?」

「あー、分かるわー」


 偽ヴィクトールの言葉に偽ローザが賛同する。


「食い物とか丸呑みしてんだろ?」

「あと臭そう」


 偽イズモと偽テスタロッサも続いた。


「……そうか」


 途中から俯いていたシャウナが顔を上げる。その顔を見た瞬間、先頭にいた偽ヴィクトールは思わず「ひっ!?」と情けない声を漏らす。


 シャウナの瞳は人間のものでなく――蛇のものへと変わっていた。


「て、てめぇ、獣人族だったのか!? も、もしかして、黒蛇のファン!?」


 的外れな言葉を発する偽ヴィクトール。一方、シャウナはもう男たちの会話をあきらめ、戦闘態勢に入っていた。



「君たちにはゆっくりと――この黒蛇の魅力を堪能してもらうとしよう」

「! ま、まさか……あんたは本物の――」


 そこで、偽ヴィクトールの声は途切れた。




 後日、シャウナが要塞村に戻ると、その手にはいっぱいの土産物があった。

 村民たちはお土産に大喜びだったが、トアが「こんなに買ったら結構な出費じゃないですか?」と尋ねると、シャウナは「成り行きで町を救ってね。これはそのお礼だ」と苦笑いをしながら答えたのだった。

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