第161話 悪夢

 エステル・グレンテスは覚悟を決めていた。

 その覚悟とは――トアへ自分の想いを伝えること。

 幼馴染で、小さな頃から一緒にいたトアがフェルネンド王国を去り、その後を追ってようやく再会できたと思ったら、トアの周りには彼に想いを寄せる少女が他にも複数人いた。

 それから、村の一員として生活していくうちにその少女たち――クラーラ、マフレナ、ジャネットと打ち解け、楽しい日々を送っていた。

 だが、やはりこのまま自分の想いを伝えないままでいいのかという葛藤は、今日、決心をしてトアに告白をしようと呼び出したのだ。


「どうしたの、エステル。急に呼び出したりして」


 伝説の神樹の下。

 やってきたトアに対し、エステルは深呼吸を挟んでから真っ直ぐに自分の想いを伝えた。


「私はトアのことが好き!」


 その結果は――


「……ごめん、エステル」


 トアはペコリと頭を下げる。


「っ! ……他に好きな子がいるの?」

「さすがたね、エステル……厳密に言うと、もう付き合っているんだ」

「えっ!?」


 エステルが驚くのも無理はない。

 トアが周囲に気づかれず、誰かと交際をしていた――こう言ってはなんだが、そんな器用なタイプに思えない。小さい頃からトアを見続けたエステルだからこそ言えることだ。


「ち、ちなみにその相手は? クラーラ? マフレナ? ジャネット?」

「相手は――」


 トアはチラッと視線を横へ流す。

 つられてエステルもそちらへ顔を向けた――すると、夕日をバックにこちらへ近づいてくる人影が。


「今まで黙っていてごめんね、エステル。実は……俺、クレイブと付き合っているんだ」

「そういうわけだ、エステル」


 影の正体はクレイブだった。

 まさかの人物登場に呆然自失のエステルを横目に、アツい眼差しをぶつけ合う少年たちの顔は徐々に近づいていき、やがて――




「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!」




 大絶叫と共に飛び起きたエステル。

 全身は汗まみれで、吐く息は荒々しい。


「あうぅ……?」


 その大声に、同じ部屋で寝ているアネスも起きだす。

 ここで、エステルはようやく先ほどまでの一連の流れが夢であったと実感した。


「あ、ご、ごめんね、アネス」

「あうぅあ……」


 目をこするアネスの頭を撫でながら、エステルは呼吸を整える。


「そ、それにしても……私はなんて夢を……」


 落ち着こうとはするが、夢の内容が内容だけに思い出すたび過呼吸気味になる。

 結局、この日エステルは一睡もできなかったのだった。



  ◇◇◇



 翌朝。

 エステルは午前の仕事である子どもたちへの授業を終え、昼食を済ませると屋上広場ですっかりママ友(?)となったマフレナとベンチに並んで座る。視線の先には守護竜シロと楽しげに遊ぶアネスの姿があった。

 エステルは今朝の夢の内容をマフレナに伝える。


「わ、わふぅ……そんなことが……」


 これにはさすがのマフレナも引き気味だった。


「で、でも、実際のトア様とクレイブくんはそういう関係ではないですよね!?」

「それはそうだと思うよ。少なくともトアの方はノーマルで間違いないだろうけど、クレイブくんは……」


 ガチなのか、それとも天然なのか。

 長い付き合いのエステルもそこは分かりかねていた。


「わふっ! とにかくトア様が男の子好きじゃないって分かっただけでもよかったです!」

「ふふ、マフレナは元気ね。……せめて、夢の中のトアの相手がマフレナなら、まだあきらめがつくかもしれなかったのに」

「わふ? 何か言いましたか?」

「うぅん。なんでもないわ」


 首を振ったエステルはニコっと微笑む。

 マフレナに話したことで、少し気が晴れたようだった。




 その日の夕方。

 晩御飯を用意していたフォルから、トアを呼んできてほしいと頼まれたエステルは要塞内を探し回るが、一向に見つからなかった。


「自室にもいない……おかしいわね」


 今日のトアの予定は、要塞内の修繕だった。外には出ていないので、もうとっくに自室で休んでいるか或いは、食堂でみんなの手伝いをしているはずだ。


「神樹の様子でも見に行ったかしら」


 心当たりがあるとすれば、そこしかなかった。

 冬支度により、程よい暖かさを感じる魔鉱石が埋め込まれたランプが照らす廊下を歩いていき、神樹を目指すエステル。しばらくすると、神樹の根が浸かる地底湖へと向かう階段と、外へ通じる扉が出現。とりあえず地底湖から探そうと階段を下りていき、さらに奥へと進むと、地底湖のほとりに人影を見つける。


「あ、やっぱりいた。トア、そろそろ――」


 突如、エステルは口を閉じ、物陰に隠れた。

 人影はひとつではなくふたつあったのだ。

 片方は探していたトアで、もう一方は――


「? エドガーくん?」


 エノドア自警団にいるはずのエドガーだった。


「どうしてここに? 要塞村に来たのなら私たちにも会うはず……もしかして、ずっと隠れていたの?」


 それはなぜか。

 その疑問はすぐに晴れる。

 

「! ちょっ!?」


 エステルは愕然とした。

 見つめ合っていたトアとエドガーが、急にアツい抱擁を交わしたのだ。


「えっ? なっ? えっ?」


 まさかの人物登場にパニック状態となるエステルを横目に、アツい抱擁を交わし終えた少年たちの顔は徐々に近づいていき、やがて――




「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!」




 大絶叫と共に飛び起きたエステル。

 全身は汗まみれで、吐く息は荒々しい。


「あうぅ……?」


 その大声に、同じ部屋で寝ているアネスも起きだす。

 ここで、エステルはようやく先ほどまでの一連の流れが夢であったと実感した。


「――て、またこの流れなの!?」


 エステルは二日続けて悪夢にうなされたのだった。



  ◇◇◇



「そ、それは災難だったわね」


 翌朝。

 すっかり元気をなくしたエステルは、クラーラに相談を持ち掛ける。


「二日連続で悪夢なんて……」

「まあまあ、そう落ち込まないで――あ、そうだ。いいこと教えてあげるわ」

「いいこと?」


 エステルを元気づけようと、クラーラはいつもより気持ちトーンを上げて話す。


「私の故郷オーレムの森に伝わるおまじないよ。……まあ、実際その通りになるとは限らないから、気休め程度にしかならないと思うけど」

「どういうおまじないの?」

「簡単な呪文を唱えるだけよ。それを寝る前に三回呟くと自分が望んでいる夢を見ることができるの。ちなみに、私は昨日もやったわ」

「どうだった?」

「そ、それは……えへへ♪」


 頬を染めて言い淀んでいる辺り、間違いなくトア絡みの夢を見たのだろう。実際に効果があるかどうかはさておき、クラーラの反応から期待は持ってよさそうだ。




 その日の夜。

 エステルは早速クラーラから教えてもらった呪文を口にしてから、眠りについた。








 ……ル。

 ……テル。


「エステル」

「!?」


 声をかけられたエステルは急いで飛び起きる。


「? ここは……」


 何もない真っ暗な空間。

そこにたたずむエステル――と、急に視界の端っこが眩しくなった。

 驚いてそちらへ体を向けると、そこにはド派手な玉座に座るトアがおり、さらにマフレナ、クラーラ、ジャネットの三人がピッタリと密着している。


「!? な、何しているの!?」


 まるでハーレムの王にでもなったかのような振る舞いのトア。いつもなら、あれだけ女子がくっついていると慌てふためいて飛び跳ねそうなものだが、今はそれが自然な形であるかのように悠然としている。


「そんなに慌ててどうしたんだい、エステル」


 むしろ狼狽するエステルの方を心配していた。


「だ、だって――」

「ほら、エステルもおいでよ」

「!?」


 トアに手招きをされたエステルは引っ張られるようにトアの方へと近づく。その距離が一メートルを切る頃には、周りにいた女子三人がエステルの方へと身を寄せてくる。


「ねぇ、エステル……一緒に気持ちよくなりましょう?」

「何も考えないで、すべてをトアさんに委ねましょう?」

「わふぅ~……いこ?」

「…………………うん」

「さあ、おいで――エステル」

 

 トアに優しく囁かれたことで、エステルの中の「何か」が壊れた。

 そのままゆっくりとトアに押し倒され、他の女子たちが見ている前で服を脱がされていきとうとう――




「トア~♡ ………………ん?」




 気がつくと、エステルは自室のベッドの上で枕を抱きしめていた。


「……夢、か」


 窓から差し込む朝日に目を細め、エステルは起床。

 が、しばらくそのままジッと動かず。やっと動いたかと思うとそれは大きなため息で、肺の中の空気を出しきったんじゃないかと思えるくらいであった。


「……さっきの夢の続きを見たい」


 エステルはそれだけ呟くとベッドへダイブ。

 二度寝に突入するも、結局あの夢の続きを見ることは叶わなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る