第160話 要塞村の冬支度
「うぅ~……さむっ!」
トアは起床すると同時にそう呟いた。
すでに紅葉の時季は終わり、屍の森の木々はどこか寂し気な雰囲気に覆われている。肌を撫でる風も、秋風のような爽やかさから、本格的な冬の到来を告げるような厳しい寒さへと変わりつつあった。
「さて……そうなると問題なのは……」
このシーズンになると、要塞村に暮らすある種族に多大な問題が発生するのである。
だが、昨年はジャネットが作った神アイテムにより、その寒さをしのぐことができた。恐らく今年もそのアイテムの世話になるだろう。――で、そろそろそのアイテムを使わせて欲しいという声が聞こえてくるな、とトアは予想していた。
冬風に身を縮めながらトアが村民たちの交流の場となっている要塞村中央広場まで来ると、
「! 村長がいらっしゃったぞ!」
元気な若者の声を合図に、一斉に群がってきたのは――寒さに弱い王虎族の人々であった。
「はいはい、みなさ~ん、順番に並んでくださ~い」
「わふっ! 受け付けはひとりずつでお願いします!」
取り囲まれそうになると、どこから現れたのか、トアの脇を固めるようにしてフォルとマフレナが立っており、手際よく王虎族たちを一列に並べていく。
「……まあ、みなさんの要望は大体把握していますけど」
いちいちひとりずつ聞いていては、これだけで半日がすぎそうだ。彼らが集まっている理由は大体把握しているので、トアは全体に聞こえるよう大きな声で尋ねる。
「ここに来ているみなさんはコタツの使用許可申請ということでいいですね?」
「「「「「うおおおおおおおおおおお!」」」」」
怒号のような返事。
寒さに弱い王虎族たちは冬を快適に過ごすための必須アイテム――コタツを求めてトアのもとへやってきたのだった。
「分かりました。全員分を許可します。それと、午後から要塞村の冬支度を始めようと思いますので、ご協力いただける方は昼食後にここへ集まってください」
そう呼びかけて、とりあえずその場はお開きとなった。
「冬支度ですか……では、いよいよ例の計画を発動させるのですね?」
「ああ、そのつもりだよ」
「ふっふっふっ」と怪しげに笑うふたりを、マフレナは「わふっ?」と首を傾げながら眺めるのだった。
◇◇◇
昼食後、村長トアの号令により始まった本格的な冬支度。
「わっふぅ! シロちゃんも春になるまで要塞村の中にお引越しだね」
「ガウガウ♪」
母親代わりのマフレナと一緒にいられる機会が増え、要塞村守護竜シロは満足そうに吠えていた。
「シロも成長したなぁ」
「サイズはまだ小さいけど、顔つきは普通のドラゴンと変わらないものね」
トアとエステルはシロの急成長に驚きと感心が混ざったようなテンションでそう言った。
現在、トアをはじめとするいつもの面々は要塞内のある一室へと来ていた。高い天井に広めの空間を誇るそこは、村民たちの共有倉庫だ。ここには主にシーズンの過ぎた物(例えばローザが使っていた日除けのパラソルなど)が保管されている。
「まずはコタツなど、必要な物を引っ張り出していきます。それが終わったら、夏に使った物をこちらに保管していきます」
トアの呼びかけに、村民たちは元気な声で返事をする。
それから、全員で協力をして作業を進めていった。
ジャネット作のコタツなどは王虎族を中心に必要と思う者たちは自室へと持っていく。さらに床に敷くためのカーペットなども配った。
さらに、今年から要塞村自体にも寒さ対策が施されることとなった。
まず夜の廊下を照らす発光石のランプは、熱を発する魔鉱石へと変更される。すでにその魔鉱石が採掘されるエノドアとは話がついており、トアの命を受けたフォルとクラーラ、そして銀狼族の若者数名が受け取りのため村を出た。
さらに今年は冷たい床を温かくするカーペットを配布。これも王虎族をはじめ、村民たちから好評を得ていた。
「今年は事前にいろいろ準備できたからよかったね」
「そうね。去年は直前になっていろいろ大変だったから」
アネスを抱くエステルとそんな会話をするトア。
昨年の反省を踏まえるだけでなく、ジャネットを中心にドワーフたちが寒さ対策のアイテム開発に力を入れてくれたおかげで、温かいランプの改装やカーペットづくりといった物が生まれたのだ。
順調に冬支度が進む中、
「トア様~」
声をかけられたトアが振り返ると、そこにはフラフラとした足取りでこちらに近づく、顔を真っ赤に染めたマフレナの姿が。一緒にいるシロは不安げな顔でマフレナを見ていた。さっきまで元気にしていたのに、急な体調の変化に驚いている感じだ。
「!? ま、マフレナ!? どうしたの!?」
「ふぇ~? どうしたって何がですか~?」
「顔が真っ赤よ! それになんだか呂律が回っていないようだし」
心配したエステルがマフレナの額に手を当てる。
「! 大変! 凄い熱よ!」
「えっ!?」
「わふ~? そうなんですか~?」
自覚症状はない――というか、風邪とは無縁だったというマフレナなので、恐らく今の状態が風邪を引いていると認識していないのだろう。
「もう、マフレナったら……去年も言ったけど、体を冷やすのはよくないわ」
「わふぅ~……」
「確かにその薄着だとね……」
マフレナの普段着は他の女子と比べてもかなり露出が多い。本人は寒さに強いようで厚着をしないが、さすがに今年はダメだったようだ。
「私、ジンさんを呼んでくるわ」
「そうだね。なら、俺がそれまでマフレナを看ているよ」
「分かった。お願いね」
エステルがジンを呼びに走ると、トアはマフレナを横にさせようと中央広場にあるベンチへと手を引っ張って誘導。その後ろから守護竜シロも心配そうについてくる。
「トア様ぁ……」
ベンチに着く頃には顔の赤みが増し、目はトロンと垂れ下がっている。
「ほ、本当に大丈夫か、マフレナ」
「わ、わふぅ~……あ、あの、トア様」
「うん?」
「お父さんが来るまで……このまま手を握っていてもらってもいいですか?」
「もちろんだよ」
体調不良で気持ちも弱っているのだろう。いつになくトアに頼るマフレナ。そんなふたりの様子を背後で見ていたシロは、「名案を思いついた」とばかりに怪しげな笑みを浮かべると、無防備なトアの背中を鼻っ面でトンと押した。
「わっ!?」
不意打ちを受けたトアはそのまま倒れ込む。その先は――マフレナの谷間だ。
「と、トアしゃま!?」
あまりの事態にマフレナも困惑。トアも困惑してひたすら謝るが、謝ってばかりで体勢はまったく変わらず。
柔らかい。
いい匂い。
柔らかに。
いい匂い。
この無限ループが、トアから「体を離す」という最善の策を奪う――これがまずかった。
「……みんなのためにエノドアまで行ってきたっていうのに、随分と楽しそうなことをしているじゃない、トア」
明らかに怒りの感情がこもった声で語るのは――クラーラだった。その後ろでは一緒にエノドアへ行ったフォルが「あちゃー」と顔(兜)を手で押さえている。
「あ、い、いや、これはその……」
言い訳を聞く間も与えまいと、クラーラは静かに剣を取る。
久しぶりだな、このノリ――と思いつつ、全身全霊をかけて泣き顔のクラーラを説得するトアであった。
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