第34話 動きだす陰謀
トアがファグナス邸で王国へ戻る決意をするおよそ一週間前――
「深紅の炎よ、その姿を槍と変えて我が敵を討て――はあっ!」
エステルの声が古城に響き渡ると、その腕から一本の槍のように鋭く形を変えた炎が真っ直ぐに敵――古城に住み着いた巨大な蜘蛛型モンスターを射抜いた。
「シャアアアアッ!?」
巨大蜘蛛は夕闇を背景にして身をくねらせながらその身を焦がす。やがてその動きは小さくなっていき、とうとう息絶えた。
「よし! 作戦通りだな」
リーダーを務めるクレイブは小さくガッツポーズをする。
「へへっ、危なげなさすぎて張り合いがねぇな」
「安全にこしたことはないじゃないの」
すっかりケガの癒えたエドガーは軽口を叩き、ネリスがそれにツッコミを入れる――全員にいつもの調子が戻ってきていた。
その最大の要因は、やはりなんといってもエステルの復活だろう。
とはいえ、まだまだ彼女の本来の姿には程遠い。だが、これまでの心ここにあらずだった戦いぶりに比べたらずっとマシと言える状況であった。
「これで任務は完了。帰投して、ヘルミーナ隊長へ報告をしなくてはな」
「「「了解」」」
クレイブの号令により、四人は揃ってフェルネンド王国へ戻る支度を始めた。
帰還後、四人は揃ってヘルミーナのもとへ戦果報告に訪れる。
ヘルミーナは自信を取り戻しつつあるエステルの様子にホッとすると同時に、抜群のチームワークを誇る四人に対し、深い信頼を寄せるようになっていた。
だが、「ここにもしトア・マクレイグがいたのなら」という「もしも」の世界を想像せずにはいられない。
今の四人も十分にそれぞれの働きをこなしているが、まとめ役という視点から見たらトアが一番適しているというのがヘルミーナの評価であった。トアを欠いたことでエステルに大きな不調が訪れたが、その影に隠れて他の三人も本来の実力を発揮しきれているとは言えない状況であったのだ。
しかし、ここへ来てようやくひとつの壁を乗り越えることに成功したようだ。
「よくやってくれた。下がっていいぞ」
ヘルミーナからの指示を受けた四人は部屋を出て、駐屯地の中庭を通り過ぎるとそのまま王都へと出た。
「この後どうする?」
「とりあえず飯食いに行こうぜ! 俺もう腹ペコだ!」
「賛成だな」
「ご飯の話をしていたら、なんだか私もお腹が空いてきちゃった」
和気藹々とした空気で王都の食堂へ繰り出そうとしていた四人――その進路を遮るようにして一台の馬車が停まる。
「な、なんだ?」
エドガーが露骨に怪訝な表情を浮かべる。
すると、馬車からひとりの男が出てきた。
「フェルネンドの未来を担う若き戦士が揃い踏みとは……素晴らしいね」
「「「「!?」」」」
現れたのは――ディオニス・コルナルドだった。
「これから食事かい?」
「……ええ。そのつもりです。では、我々はこれで」
エステルの心中を考慮し、早々にその場を立ち去ろうと話を切り上げたクレイブ。エドガーとネリスもクレイブの気遣いを即座に理解し、顔を伏せているエステルの肩に手を寄せて歩き始めた。
――が、ディオニスがそのまま引き下がるはずがない。
「ああ、ちょっと待ってくれ。ちょうどいいからこの件を先に報告しておくよ。彼と君たちは親しい間柄だったというしね」
ディオニスは四人を呼び止め、近くにいた執事に合図を送る。
執事は胸元から一枚の紙を取り出すと、それをディオニスへと渡した。
「その紙はなんでしょうか」
クレイブが問うと、ディオニスは神妙な面持ちとなって重苦しく口を開く。
「君たちにこれを見せるのは忍びないのだがね……少しでも早く真実を知っておいた方がいいと思って」
「真実?」
「まあ、見れば分かるさ」
手渡された紙にはびっしりと何事か書かれていた。それを読み進めていくうちに、クレイブの顔は色を失っていく。
「こ、こんなバカな!?」
声を荒げるクレイブに驚きつつ、エステルたちもその紙の内容へと目を通す。そこに書かれていたのは信じられない内容であった。
『罪人名 トア・マクレイグ 罪状 殺人・暴行・略奪・強姦』
「っ!?」
「と、トアが罪人!? あり得ねぇよ!!!」
「嘘……」
ネリスは驚きに声を失い、エドガーは憤慨し、エステルは呆然自失としていた。
「先日、東の小さな農村を盗賊団が襲ってね。村人たちの財産を奪い、事態を把握した聖騎隊が到着するまでの三日間、非人道的な行いを続けてきた。全員とはいかなかったが何人か捕まえて話を聞いたところによると、彼らのリーダーは十四歳の少年だというじゃないか。しかもその名前が君たちの元同僚ときている」
「でっち上げだ! トアがそんなことをするものか!」
「クレイブ・ストナー……信じたくない気持ちは理解できるが、襲われた農村の民が話した主犯格の人相はトア・マクレイグと一致する。これは揺るぎない事実さ」
「……違います」
消え入りそうなほどの小さい声。
だが、確かな遺志が宿る声――放ったのはエステルだった。
「トアはそんなこと絶対にしません! これは何かの間違いです!」
「……エステル・グレンテス」
ディオニスがエステルの手を取る。
「ショックなのは分かるが、これが現実なのだよ。彼は自分のジョブに絶望し、君たちを裏切り、悪に手を染めた」
「っっっ!?」
エドガーがディオニスの言葉に激怒して背後から殴りかかろうとするが、クレイブとネリスがそれをなんとか止めた。
「でもね、ミス・グレンテス――いや、エステル。私ならば、君にそのような辛い思いをさせたりはしない。以前、新聞社によって私たちのありもしない関係が広められたが……私はそれが真実になってほしいと願っている」
「てめぇ! エステルから手を――もがもが!」
「ちょっと黙ってなさい! あんたはこういう場に向かないんだから!」
ネリスがエドガーを抑え、それをアイコンタクトでクレイブに伝えた。
それを受け取ったクレイブは静かに頷き、ディオニスへと近づく。
「コルナルド様、エステルは長い遠征から戻ったばかりで疲労も溜まっています。少し頭を整理させる時間を与えていただきたい」
「……それもそうだね。では、改めて明朝会うとしよう」
「明朝? いえ、明日は――」
「訓練やミーティングなら問題ない。私の権限で時間を取るよう指示を出す」
「権限?」
いくらコルナルド家の人間とはいえ、聖騎隊のスケジュールを自在に調整するなどできるはずがない。
首を捻るクレイブは、続いて発せられたディオニスの言葉に耳を疑った。
「今日から私は王国聖騎隊特別作戦補佐官に任命された。今後、君たち兵へ直接命令を下せるのさ」
「! そ、そんな役職は聞いたことが……」
「だろうね」
ディオニスは「ふっ」と何やら含みを込めた笑いを残し、城へと歩きだした。
「では、また会いましょう」
朗らかな笑みを浮かべているが、内心は何を思うのか。
クレイブはディオニスだけでなく、王国聖騎隊という組織自体のあり方について大きな疑問を抱く。
が、すぐに気持ちを切り替えた。
今は何よりもエステルだ。
「大丈夫、エステル?」
「平気よ。ありがとう、ネリス」
ネリス支えられる格好でなんとか立っているエステル。
せっかく立ち直りかけていたのに、トアが手配犯となったことで以前のような暗い雰囲気となってしまった。
「あの野郎……」
拳をガンガンとぶつけて苛立つエドガー。
ディオニスが聖騎隊幹部に入ったことで、今後はクレイブたちの行動もだいぶ制限されるだろう。まず間違いなく、エステルは自分たちのチームから外される。これは明白だ。
「ネリス、エステルを宿舎へ連れて行ってくれ」
「もちろんよ。行きましょう、エステル」
養成所時代からの親友であるネリスならば安心して任せられる。
「それにしても……まさかディオニス・コルナルドが俺たちの上官になるとはな。よっぽどトアとエステルを引き離したいらしい」
「ああ……だが、本来ならばそのような権限などコルナルド家にないはずだがな」
「何か裏取引があったって言いたいのか?」
「そんなことは考えたくはないが……ともかく、ディオニス・コルナルドが正規の手続きをもって聖騎隊の上役になるのならば、このチームは明日にも解散となる可能性がある」
「! くそがっ! 何か方法はないのかよ!」
「……父上に直訴してくる」
「じゃ、ジャック・ストナー大隊長にか?」
エドガーは驚くが、もうそれしか方法はないとも思っていた。
「なんとしても……聖騎隊がトアを捕らえようとする前に、真実を明るみにしなければ……」
友を守る。
その強い決意に満ちたクレイブの瞳は燃えていた。
◇◇◇
翌朝。
「エステル、起きてる?」
ネリスは宿舎にあるエステルの部屋を訪ねていた。
昨夜は戻って来るなりベッドへ横になり、「もう大丈夫だから」と言っていた。そっとしておこうと、ネリスは部屋を出たのだが、それからずっとエステルのことが気になっていた。
そういったわけで、早朝ながらも彼女の部屋を訪問したのだ。しかし、
「変ねぇ……休日でも早朝自主訓練を欠かさないのに。まだ寝ているのかしら」
この時間ならばすでにエステルは起きているはず。
それなのに返事がない。
徐々にネリスの顔は強張っていった。
「ね、ねぇ、エステル! 寝ているの!?」
声を張り上げるが応答なし。
やむなく、ネリスは剣を抜いた。
「せいっ!」
やりすぎだとは思ったが、どうにも心配だったのでドアをぶち破って侵入――が、そこには誰もいなかった。
「え、エステル!?」
必死に探すがどこにもいない。
やがて、ネリスはテーブルの上に二枚の紙が置かれていることに気づく。
「! う、嘘でしょ……」
二枚のうち一枚は――聖騎隊の除隊届。
そしてもう一枚にはメッセージが残されていた。
『みんな、ごめんなさい。私はトアを探しに行きます』
涙の痕が滲むもう一枚の紙には、いつも几帳面な彼女らしからぬクシャクシャの字でそう書かれていた。
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