第33話 ファグナス邸にて
「――と、いうわけで、地下迷宮では自律型甲冑兵であるフォルの強化に関する設計書が見つかりました。その他にも、希少度はまちまちですが、さまざまなアイテムが発見されていますよ」
「そうか。帝国軍が残し、連合軍が回収しきれなかった残骸といったところだろうな。食料事情の方はどうなっている?」
「農業、漁業、狩猟共に好調です。そろそろ、ドワーフ族の方々が建設している牧場も完成しますので、それからは畜産業も行えるようになる予定です」
「それは凄いな。今日も土産として金牛の他に翡翠豚と金剛鶏の肉を持ってきてくれたようだが……うちのコックがどう調理しようか嬉しい悲鳴をあげているよ」
この日、トアは要塞村のある屍の森を領地とする貴族のファグナス家へ一ヶ月に一度の報告へ訪れていた。
ちなみに、護衛のためについてきたクラーラとマフレナは現在別室でメイドさんたちとお茶を飲みながら談笑している。
「そうだった。こいつを君に聞かなくてはいけなかった」
ファグナス家当主のチェイス・ファグナスはポンと手を叩いて思い出した質問とやらをトアに尋ねた。
「君には申し訳ないと思ったが……いろいろと調べさせてもらったよ」
「え?」
先ほどまで和やかな雰囲気で談笑に近い報告会をしていたのだが、突如としてチェイスの雰囲気が変化した。
「ふぁ、ファグナス様?」
「はっはっはっ! 少し脅かしすぎたかな? そんなに身構えなくてもいいぞ。――ただ、君の過去について尋ねたかったんだ」
「俺の……過去ですか?」
「そう――フェルネンドの聖騎隊にいた頃の君についてね」
ニヤリ、とチェイスの口角が上がる。
「だいぶ苦労したみたいだね」
「……後半は特に大変でした」
もちろん、それは適正職診断の結果を受けてからの話だが。
さらにチェイスは続ける。
「しかも、君は今噂のエステル・グレンテスと幼馴染だとか」
「! え、ええ、まあ……」
正直なところ、エステルの名前を出してほしくはなかったが、自分のことを調べたというなら間違いなくエステルの名は出てくるだろうと諦めていた。
「しかし、彼女も大変だったな。あのようなことになって」
「は、はい――うん?」
トアは違和感を覚えた。
チェイスの言った「大変だった」という言葉の意味。最初はコルナルド家長男との婚約を祝福しているのだと思ったが、それならば大変という表現はおかしい。
「あ、あの、ファグナス様」
「なんだ?」
「大変というのは……」
「うん? 知らなかったのか? エステル・グレンテスとディオニス・コルナルドの婚約は新聞社の捏造記事だったんだ。こんな遠く離れた国まで噂が飛んでくるくらいだから、当事者たちはさぞ迷惑したろうな」
「ええっ!?!?!?」
あまりの衝撃に、トアは思わず立ち上がって驚いた。
「あっ! す、すいません……」
「いやいや、まさかそこまでの反応とは――しかし、そうか」
チェイスは顎に手を添えてニヤニヤと笑い始める。
「ダグラスから報告を聞いた時になんとなくそうじゃないかと思っていたが……ズバリ! 君はエステル・グレンテスに惚れているな!」
「!?」
言い当てられたトアは恥ずかしさで赤面。そのリアクションから図星であると悟ったチェイスは尚も攻める。
「さらにもうひとつ! 君が聖騎隊を辞めた理由は――エステル・グレンテスの婚約が大きく関係しているのではないかい?」
「そ、そこまで分かるんですか?」
「伊達に君より二回り以上も年を取っているわけじゃないさ」
チェイスはお茶が注がれたコップに口をつけて一息つくと、今度は一転して優しげな大人しい口調でトアに語りかけた。
「君は……エステル・グレンテスのどんなところが好きなんだい?」
「え? え、えっと……エステルは優しいです。自分よりも他人のことばかり気にかけているような子です。それから――」
トアはエステルの魅力について熱く語る。
チェイスは黙ってそれに耳を傾け続けた。
しばらくして、自分が語りすぎていると思ったトアが話を中断する。
「す、すいません! つい夢中になってしまって!」
「ははは、構わんよ。しかし、そうだなぁ……人生の先輩として君にひとつアドバイスを送ろうじゃないか」
「アドバイス……ですか?」
「そうだ」と不敵な笑みを浮かべたチェイス。
手にしたカップをテーブルに置くとそっと目を閉じた。
「少し……昔話をしよう」
「は、はあ……」
「昔々――あるところに若い貴族の男がいた」
まるで童話を読み聞かせるような口調でチェイスは話を進める。
「若くして地位も名誉も手に入れた男だったが、あとひとつどうしても手に入れたいモノがあった。それは愛する女性――屋敷で働くメイドだった」
「貴族がメイドを……それって――」
「そう。身分が違いすぎる。女もそれを理解していたから男からの決死のプロポーズを断ったのだ」
それはそうか、とトアは思った。
だが、話はそれで終わりではなかったのだ。
「しかし男は諦めなかった。何度もメイドへ求婚した。そのたびに断れた。――そんなことが百回以上続いたある日――」
「ひゃ、百回もプロポーズしたんですか!?」
「そうだ」
「しゅ、執念ですね……それからどうなったんですか?」
「その後か? ……そのメイドはとうとう百二十四回目のプロポーズで屈したよ。今では三人の子どもを育てる大陸一の肝っ玉母さんだ」
「三人の子ども? それって……」
確か、チェイスにも三人の子どもがいたはず。
もしや、先ほどの話はチェイスの体験談か。
トアが真実を聞き出すよりも先に、チェイスが話し始める。
「つまり何が言いたいのかというと、後悔するような選択だけはするなということだ」
「後悔……」
「そうだ。これまでの話を聞いたところ、君は自分のジョブとエステル・グレンテスの件が同時に襲ってきてショックのあまり半ば自暴自棄になった状態に陥り、その勢いのまま聖騎隊を辞めたようだが――今の君ならばもう大丈夫だろう」
「それは……」
「会いに行け、エステル・グレンテスに」
トアの頭を稲妻が駆け巡る。
コルナルド家との婚約が誤りであったと知った今、トアとエステルの間を妨げている障害はない。気兼ねなく会えるし話せる。
「きっと彼女も君を待っているはずだ」
「え?」
「あれだけの器量よしがどんな貴族相手にも靡かないなんておかしいと思わないか? 俺はエステル・グレンテスに想い人がいると睨んでいる。――そして、相手は、幼い頃から一緒にいて、気心の知れた少年ではないか、ともね」
「!?」
チェイスの話を聞いているうちに、トアは居ても立ってもいられなくなった。
「あの! ファグナス様! 今日はこれで失礼をします!」
「おう。しっかりやってこいよ、トア」
「はい! ありがとうございました!」
深々とお辞儀をして、トアは部屋を出る。
決意は固まった。
あまり貴族らしくない豪快な性格のチェイスからもらった励ましが、トアを奮い立たせる。
「……よしっ!」
クラーラたちのいる客間を目指して歩く最中、ひとつの決意を胸に秘めた。
「フェルネンド王国に――エステルに会いに行こう。そして……俺の想いを伝えるんだ!」
成功するかどうかではなく、自分の気持ちをハッキリと伝える。
例え結果がどのようなものになろうと、きっと前に進めるはずだ。
そう思うと、自然と足取りも軽く感じられた。
トア・マクレイグ。
男として、一世一代の大勝負に出る。
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