第32話 小さな挑戦者
地下迷宮第二階層。
人も多く、改装されている第一階層に比べると、そこはまるで別世界であった。
発光石を埋め込んだ手作りのランプが灯す淡い光を頼りに、トアたちはゆっくりと進んでいくのだが、初めて足を踏み入れた二階層の異様な気配に一同は身構える。
「低ランクモンスターが出るってことだけど……雰囲気としてはハイランクがうようよいてもなんら不思議じゃないな」
「まあ、何が来ようと片っ端からぶっ飛ばしていくだけよ」
「非常に頼もしいお言葉ですね」
慎重に進んでいるとはいえ、三人に臆した空気はない。
むしろどこかワクワクしている様子さえある。
「それにしても……ここでは一体何が行われていたんだろう」
もともとは旧帝国要塞ディーフォル地下室。
大戦時はさまざまな魔法兵器を開発していた帝国が生み出したこの要塞――実際に投入されることはなかったが、もし、ここが完成していたら、きっと歴史は大きく変わっていたことだろう。
そんなことを考えながら進んでいると、トアたちの目の前にふたつの影が飛び出してきた。
「モンスターか!?」と身構えたが、そのふたつの影の正体は意外な者であった。
「村長!」
「あれ? 君は……」
猫耳を生やした見た目十歳前後の少年と少女。
そのうち、少年の方はトアもよく知る人物の血縁者だ。
「ゼルエスさんとこのタイガくん?」
王虎族のリーダーであるゼルエスの息子――タイガであった。
その横にいるのはタイガの幼馴染で少し人見知りのある少女ミュー。最近になってようやく慣れてくれたのか、トアやクラーラたちと普通に話せるようになっている。
「こんなところで何をやっているの?」
「低ランクモンスターしかいないとはいえ、子どもがふたりだけというのは少々気がかりですね。テレンスさんが通してくれたんですか?」
「そ、それは……」
口ごもるタイガ。
どうやらこっそり目を盗んでここにやってきたらしい。
だが、そうなると疑問になるのは動機だ。
「お、オイラは今日、決闘を挑みに来たんだ!」
「「「決闘?」」」
トア、クラーラ、フォルの三人はあまりにも予想外なタイガの目的に揃って首を捻った。一体、誰と、何を目的に決闘しようというのか。
「オイラが戦う相手は――村長だ!」
「え? お、俺?」
指名されたのはトアだった。
「あんた……一体何をやらかしてタイガを怒らせたの?」
「隠していたおやつをたべちゃったんですか?」
「そんな安っぽい理由じゃないやい!」
クラーラとフォルがトアを追及するが、それにタイガが待ったをかける。
「村長とは男のプライドを懸けた勝負をしてもらいたい!」
「しょ、勝負って……」
いくら戦闘能力が高い王虎族とはいえ、相手はまだ子ども。しかも、今のトアは神樹の加護を受けているため普通の人間よりも遥かに強くなっている。なので、いかに伝説の種族であっても、勝負の行方は明白であった。
タイガ自身もそれは知っているだろう。それでも勝負を望んでいる。
「た、タイガ……やっぱりやめようよ」
「大丈夫だって! そこでしっかり見ていろよ、ミュー」
「「!」」
心配するミューに笑顔で答えたタイガの姿を見て、クラーラとフォルは真意に気づく――のだが、肝心のトアは未だ理由が分からず困惑していた。
「タイガ……ミューにいいところを見せたくてわざわざここまで潜り込んできたみたいね」
「そんなことをしなくてもミュー様はタイガ様を好いていると思うのですが」
「どっかの誰かさんみたいに鈍感で察してくれないから焦っているんじゃない?」
ジッとトアを見つめながら、ため息を交えてクラーラは呟いた。
「というわけで村長! オイラとどっちが高価な宝を手に入れられるか勝負だ!」
「え、えっと……う、うん」
「よし! いっくぞおおおおおお!」
気合も十分に、タイガは地下迷宮を駆けていった。
「あ、た、タイガ、待って」
「はいはい、あなたは危ないから私たちといましょうね」
クラーラは追いかけようとしたミューの肩を掴み、自分の方へ寄せる。あの調子のタイガと一緒にいるより、こちら側にいた方が安全だろう。
「……俺はタイガのあとを追いかけるよ。そこでモンスターを狩るとしよう」
「ごめんなさい……」
「ミューが謝ることはないよ」
しょんぼりするミューの頭を撫でると、トアはタイガを追って走り出した。
必死になって第二階層を探し回るトアだが、思ったよりもここは広い空間だった。
「確かこっちの方に向かったはずだけど」
途中で見失ってしまったが、こちらの方に走っていったのは間違いない。薄暗い迷宮内を見渡してみると、旧帝国が使用していた名残が各所に認められる。
見たことのない魔道具の数々――そのうちのひとつを手にしたトアは、これを戦利品として持ち帰ることにした。
「……こいつが無血要塞で本当によかったな」
そんなことを考えながらもさらに奥へと進んでいくトア。すると、
「うわあああっ!!」
「! タイガ!」
トアは叫び声がした方向へ走る。そこには、巨大な二匹のトロールがいた。
巨体――とはいえ、オークのメルビンと大差はない。そのため、トアにとってはもう驚くほどのサイズではなくなっていた。
「待っていろ、タイガ!」
剣を抜いたトアは巨体のトロール二体を一瞬のうちに斬り捨てる。それは自分でも驚くくらいの速さと威力で、倒したはずのトア本人が信じられないという感じに立ち尽くしていた。これもまた神樹の影響なのだろうか。
「お、俺……強くなっている?」
ゴーレムを撃破した時よりも、速さも強さも増している――それは、実際に剣を振るっている自分が一番よく分かっていた。
「す、凄ぇや村長……」
助けられたタイガは未だに腰が抜けたままの状態だったが、トアの戦いぶりを目の当たりにして感激をしているようだった。
その後、ゼルエスに黙って地下迷宮へ入ったこと、さらに幼馴染であるミューも一緒に連れて行ったことでこっぴどく怒られたタイガ。そして、その様子を心配そうに黙って見つめているミュー。
ふたりの関係性を眺めていると、トアは自分とエステルに似ているなと思った。
昔、まだ故郷が魔獣に襲われる前――ふたりで秘密基地を作ろうと持ち掛け、エステルと一緒に「入ってはならない」と注意されていた森へ入って迷子になった。偶然通りかかった村の木こりに連れられて戻れたが、一歩間違っていたらふたりとも死んでいたかもしれない。その日、トアは父から今のタイガのようにめちゃくちゃ怒られたのだった。
そんなふうに昔を思い出していると――やはりトアの心の中を支配していくのはエステルであった。
「エステル……」
何気なくエステルの名を口にする。
それを、クラーラは聞き逃さなかった。
「エステル? ……ねぇ、トア、そのエステルって――」
「おおっ!!」
クラーラがさらにトアへ話しかけようとすると、フォルの叫び声がそれを阻んだ。
「何かあったのか、フォル」
「あっ……もう!」
完全にエステルという名の人物について聞きそびれたクラーラであったが、どこか心の中でホッとしている自分がいるものまた事実だった。なんとなく、嫌な予感がしていたからだ。
「マスター! これは凄い大発見ですよ!」
興奮冷めやらず、フォルは何やら大きな紙を手に小躍りをしていた。
「その紙切れがどうしたっていうのよ」
冷めた声でクラーラが問う。
フォルが手にしていたのはタイガの戦利品であった。モンスターを倒すことが叶わず、仕方がなく近くにあった紙を持ち帰ってきたのだという。
だが、この紙こそが大発見であった。
「詳しい説明は私がしますね」
ここから説明役がジャネットにスイッチ。
紙に書いてあることがよく分からなかったが、何かの設計図のようなのでドワーフ族であるジャネットに解読を依頼したのだ。その結果、とんでもない事実が発覚。
「この紙はフォルの強化計画に関する情報を示したものです」
「フォルの強化?」
メガネをクイッと指であげながら、ジャネットは続ける。
「この書類によると、今ここにいる試作型の自律型甲冑兵にさらなる武装と長時間の要塞外活動を可能とする強化計画があったそうです。名付けて《フルアーマー・フォル》といったところでしょうか」
「フルアーマー……なんと甘美な響きでしょうか」
フォルは感激に打ち震えていた。
「とはいっても、これだけではまだまだ不完全ですね。少なくとも改装計画に関する書類があと五枚はこの地下迷宮のどこかにあるはずです」
「それが揃えば……フォルを強化できると?」
「本来帝国側が思い描いていた、完璧な姿になるでしょうね」
「そりゃ凄いな……」
「完全体となったおじさま……わたくしも見てみたいですわ!」
話を聞いていたアイリーンまで興奮しだした。
盛り上がる一行を横目に、トアはお説教が終わったばかりのタイガのもとへ。そばにはミューもついていた。
「タイガくん……勝負は君の勝ちだ」
「え?」
「フォルたちがあれだけ喜んでいる……僕のゲットした魔道具よりもずっと価値がある。だから勝負は君の勝ちだ」
「村長……」
涙ぐんでいたタイガは二の腕でそれを乱暴に振り払う。
「オイラ、村長みたいな男になりたい! だから、これからもオイラにいろいろ教えてください!」
「ははっ、俺でよければいつでもいいぞ」
トアとタイガは固い握手を交わす。
その様子を、ミューは優しげな笑顔でずっと見つめていた。
こうして、トアたちの冒険者デビューは幕を閉じたのであった。
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