第35話 遠征準備
友人たちに会うため、短期間ながらフェルネンドへ戻ることを決意したトア。
もちろん、この要塞村を出て行くわけではなく、あくまでも一時的なものである。ここまで大きくなった要塞村を放り出すわけにもいかないし、何よりここでの生活をトアはとても気に入っていた。
なので、戻ることにはなってもここを放棄することは考えていない。
とにかくエステルに会いたい。
今のトアはその思いで胸がいっぱいだった。
「随分と浮かれておるようじゃな」
「そうですねぇ」
要塞から少し出て、夜風に当たりながらこれからのことを考えていた時、あくびをしながらローザとお供のフォルが話しかけてきた。
「何かいいことでもあったのか?」
「あ、いや……実は――」
トアは正直に一旦フェルネンド王国へ戻ることをローザへ伝えた。
その際、エステルのことについても触れた。
八人の英雄――八極のひとりであるローザに隠し事をしたところでバレるのは時間の問題だろう。だから、自分のエステルへの想いも含め、すべてを話した。
「なるほど……そうじゃったか」
「マスターの想い人……どのような人物か、気になりますね」
「それはそうじゃが――想いを伝えたあと、お主はどうする?」
ローザからの質問に、トアは言葉が詰まった。
「ど、どうするって……」
「お主の想いにそのエステルとやらが応えた場合じゃよ。……まあ、今聞いた通りならば、成功するとは思うが」
「俺は……」
エステルといたい。
できるなら、ここで一緒に暮らしたい。
そう願っている。
「……お主の言いたいことは大体読める。ここでエステルと一緒に暮らしたいと言うのだろう?」
「! さ、さすがです、ローザさん」
心境を的確につかれてトアは驚きの声をあげる。
「まあ、その辺はお主がうまくやればいいじゃろ。ワシがとやかく言ったところで好転はせんじゃろうし」
「は、はい! ともかく頑張ってきます!」
「その勢いがあれば押し切れるじゃろ」
「勢いだけでは難しいと思いますが……ところで、出発はいつ頃を予定しているのですか?」
「いろいろ準備をしていきたいと思います。なので明後日になるかと」
「明後日か……それなら問題ないじゃろうな」
何やら含みのある言い方をするローザ。
気になって、トアは真意を尋ねた。
「あ、あの、問題ないとはどういうことですか?」
「いや何、ワシも久しぶりにフェルネンドへ行こうと思ってな」
「ろ、ローザさんがですか!?」
八極のひとりであるローザが王都に現れたらパニックになりそうだ。
「だ、大丈夫でしょうか。ローザさんほどの人が王都に現れたら大混乱になるんじゃ」
「ワシが現役だったのを何年前のことじゃと思っとる」
「あ」
そういえばそうだった。
枯れ泉の魔女として帝国と戦っていたのはもう百年も前のこと。
王国戦史の教本には顔も載っていないため、その外見はずっと不明だった。だから、トアは初見でローザの正体を見抜けなかったのである。
「そりゃ外見的特徴は伝わっとるかもしれんが、バレはせんじゃろう。城におる顔見知りどもは別じゃがの」
そう言いながら、ローザはストレッチを始めた。王都を歩く気満々だ。
「僕は留守番ですね」
連続稼働時間に限界のあるフォルは自然と留守番が決定する。
「しかし、なぜ明後日なんじゃ? すぐにでも経てばいいじゃろう」
「僕が留守の間の際に何か起きた場合の対処法を、ジンさんやゼルエスさんたちに教えておきたいですし、それに……」
トアは恥ずかしそうにもじもじとしているが、ひとつ深呼吸を挟んでから話した。
「その……新しい服を買おうと思いまして」
「服?」
そこで、ローザは気づく。
トアの服はボロボロだった。
ここでの生活が長く、服のストック自体少なかったため、なんども洗濯と着用を繰り返していたらすっかり痛んでしまっている。
「想い人に会おうというのにその格好は確かに厳しいのぅ」
「は、はい……ジャネットの話では森を抜けてそれほど遠くない距離にドワーフたちが立ち寄ることもある人間の町があるそうなので、そこで服を買おうと思います」
フェルネンド王都を出る際、トアはわずかながらの貯蓄を持ち出していた。そこから洋服代を捻出するのだという。
「分かった。では、明後日の早朝に出るとするかのぅ。で、到着予定はいつ頃じゃ?」
「ここからフェルネンドまではかなり距離があるので、最短ルートを辿っても三日はかかると思いますが、大丈夫ですか?」
「それでは遅すぎる……一時間以内で到着できるようにしよう」
「! そ、それはいくらなんでも――」
「安心せい。ワシの超高速箒にかかればあっという間じゃ。ではのぅ」
上機嫌な笑いを高らかに響かせて、ローザは自室へと戻って行った。
「三日かかる道のりを一時間以内なんて……」
不可能だと思うトアであったが、相手はあの八極。こちらの予想を超越する何かしらの手段を思いついたのかもしれない。
ともかく、トアは準備を進めるため――ある人物のもとを訪ねることにした。
◇◇◇
「ジャネット、ちょっといいかな」
トアが訪れたのはジャネットたちドワーフ族の職場である工房だった。
「トアさん? 何か御用でしょうか」
「実は、以前君が言っていた森を抜けた近くにある村へ行きたいんだ。この後すぐに」
「あの村へ? それもこの後すぐなんて……なんでまた急に」
「ああ……ちょっと服が古くなってきたんで買い換えようかなって」
余計な混乱を避けるため、フェルネンド王都へ向かうことは伏せておいた。
「それで、どっちの方角へ進めばいい?」
「ちょっと複雑な道のりなのですが――あっ! その村だったらクラーラさんが知っているはずですよ!」
「クラーラが?」
「ええ。――そうだ。クラーラさんに道案内をしてもらってはどうでしょう!」
「く、クラーラに?」
なぜか唐突にクラーラの名前が出てきた。そして、ジャネットのテンションがおかしいくらい跳ね上がっている。
「私はまだちょっと頼まれた仕事がありますし、彼女の話だと、この森へ入る前に立ち寄ったとのことなので場所は分かっていると思います」
「了解。なら、早速クラーラに――」
「ちょっと待ってください」
クラーラに案内役を頼もうと踵を返すとなぜか呼び止められた。
「クラーラさんを呼びには私が行きます」
「へ? なんで?」
トアが呼びに行って、そのまま一緒に村へと行けば手っ取り早いのだが、なぜだかジャネットは自分が呼んで来るという手間をかけるという。
「ですので、トアさんはもうしばらくここでお待ちください。そうですねぇ……一時間くらい経ったら呼びに来ます」
「? え? い、一時間? なんでそんなに時間が――」
「……みなさん」
ジャネットがパチンと指を鳴らすと、周りにいたドワーフたちがトアを囲む。
「悪いな、村長」
「ちょいとここにいてくだせぇ」
ドワーフたちの顔つき――何か裏がある。
恐らく、ジャネットの狙いを理解しているからこうして協力をしているのだろう。
「では、失礼しますね♪」
詳細を秘密にしたまま、ジャネットは工房を出て行った。
――一時間後。
「お待たせしましたー」
工房へ戻ってきたジャネットはどこか満足げな表情だった。
「ジャネット? 一体何がどうなって――」
「クラーラさんならもう要塞の外でお待ちですよ。では、ごゆっくり~」
ヒラヒラと手を振って工房にある自分の仕事場へと戻っていくジャネット。心なしか、周りのドワーフたちの表情はニヤニヤしているように映った。
引っかかるところは多々あるが、とりあえず案内役のクラーラが待っているということなので要塞の外へと向かうトア。
眩い初夏の日差しに照らされながら歩いていると、クラーラを発見。
その姿を見たトアは絶句する。
クラーラはいた――いたのだが、その格好はいつもとまるで違う。柔らかそうなスカートに白のカチューシャ。髪型も、見慣れたポニーテールをやめ、ロングヘアーに変更している。パッと見は育ちの良い貴族の令嬢と言われても信じてしまうくらいであった。
「……何か言うことは?」
「――あっ!」
あまりの変化についつい見惚れていたトアは取り繕うように褒める。
「す、凄くよく似合っているよ」
「あ、ありがと……」
恥ずかしいのか照れているのか、いつもより元気はないし表情も固いが――嬉しそうではある。
「ほら、行くわよ。買いたい物があるんでしょ?」
「じゃ、じゃあ、道案内よろしく」
「任せて♪」
こうして、いつもとは雰囲気がまったく違うクラーラと共に目的地の村を目指して森へと入っていく。
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