第36話 人はそれをデートと呼ぶ

「さて、追尾しましょうか」


 トアとクラーラが並んで要塞村をあとにするのを物陰から見守っていたジャネットが立ち上がって宣言する。

 それを見て、フォルが苦言を呈した。


「ジャネット様……さすがに尾行はどうかと」

「そうはいっても気になりませんか? あのふたりがどうなるのか!」

「なんだかいつもよりテンションが高いような……いや、それより、なんでまた急にクラーラ様の恋路を応援する流れに?」

「だって……この前もわざわざ私のもとをこっそり訪ねてきて『なんでもいいからトアの好みについて知らない? べ、別に深い意味はないんだけど!』と恥じらいの表情で尋ねられたんですよ? なんというか、いじらしく感じてしまって」

「この要塞村でマスターと趣味趣向が一番ピタリと当てはまるのはジャネット様のみ……クラーラ様が頼るのも無理はないですね」


 フォルとしては尾行自体には否定的な見解を示しているが、あのクラーラがトアに振り向いてもらうために努力をするという姿勢は喜ばしいと思っていた。


 だが、同時に複雑な心境でもある。

 なぜならフォルは知っているから――トアは幼馴染のエステルという少女のことが好きなのだと。本当なら止めるべきなのだろうが、楽しそうにしているクラーラの顔を見るととてもじゃないがそんなことはできなかった。


「トアさんとクラーラさんがふたりきりで外出……これはもうデートですね!」

「デートかどうかはさておき、男女がふたりでお出かけとなると心の距離は一気に縮むのは間違いないですね」

「ですよね!」

「しかし、好意というならマフレナ様も相当強いと思うのですが」

「マフレナさんの場合はちょっとニュアンスが違うと思うんですよ」

「ニュアンス?」


 ジャネットの言葉の真意を捉えきれないフォル。


「想像してみてください――私がマフレナさんに『トアさんのことをどう思っていますか?』と質問した場合の返答を」

「ふむ……」


 もしそうなった場合、答えは即座に出た。



『トア様のことですか? 大好きです!!!!!!!』



「……なるほど、読みづらいですね」

「マフレナさんの場合はまだ自分の気持ちがハッキリとしていないというか……まあ、若いということで」


 マフレナがトアへ好意を持っていることは間違いないが、それが恋愛感情からくる「好き」であるかどうかは不明だ。そもそも、普段のあっけらかんとした接し方からして、本人すら分かっていない可能性が高い。


「でも、銀狼族から好意を寄せられる人間というのも珍しいですよね。それを言ったらエルフ族のクラーラさんからも好かれているのでさらに珍しいですが」


物静かに語っていたジャネットであったが、すぐさま「見失ってしまうと大変ですので行ってきますね!」とテンションを切り替え、トアたちの後を追うため走り出した。


「……こういう場合、どういった対応を取るのが正解なのでしょうか。一応、後でローザ様に報告をしておきましょうか」

 

 フォルはそう結論を出した。


「では、先にアイリーン様のところへでも行きましょうかね。冒険者パーティーに加わって設計書集めも手伝えばフルアーマー化に近づきますし」


 今はまだ見守っていようと決めたフォルは地下迷宮へと向かった。



  ◇◇◇



 クラーラの案内で森を抜けると、そのまま東へ歩いていく。

 そのうち、切妻屋根の家屋が転々と現れ始め、やがてそれらは大きな町を形成していくまでの数になった。


「ここがロドンの町か……思ったよりも大きな町だな」

「結構いいお店もあるのよ? て、そういえばトアは何が欲しいの?」

「ああ、実は服を買い変えようと思って」

「服屋ね。だったらあっちにあるわよ。行ってみましょう」


 エルフ族とはいえ、見た目は完全に同年代の女子。そんなクラーラに、「好きな子に会いに行くから服を買う」というのはちょっと照れ臭くて抵抗があったため、その事実は伏せておくことにした。


 町の中もクラーラに案内されながら進んでいく。

 たどり着いた店に入ると、たくさんの服が並んでおり、思わず目移りするほどであった。


「凄い数だな……」

「私も初めて来た時はあまりの品揃えにびっくりしたわ」

「でも、こんなに数があると何を選んでいいか迷うな」

「でしたら試着してみてくださいな」


 クラーラと服の話題で盛り上がっていると、店員の中年男性が割って入ってきた。


「うちは品数の豊富さはもちろん値段にもこだわっているんですよ?」

「そ、そうなんですか」


 ズズッ、と迫る中年男性と目を合わせないようにしつつ、トアは一着の服を手にする。それは、青を基調としたシックなデザインで、正装ほど堅苦しくなく、それでいてラフ過ぎないちょうどいい加減の服だ。


「あっ! いいじゃない、それ!」

「とりあえず手に取ってみた物だけど……案外いいかも」

「……なんか、選ぶところを見ていたら私も欲しくなってきちゃったな。お金ないから買えないけど」


 笑ってはいるが、ちょっと残念そうにしているクラーラ。

 トアは財布の中にある金額を思い出し、この服を買ってもまだ余裕があると判断してある提案をクラーラへ持ちかけた。


「今日の案内のお礼に一着プレゼントするよ」

「! そ、そんな、悪いわよ!」

「いいんだよ。俺がプレゼントしたいんだからさ」

「……ありがとう、トア。私、今日買ってもらった服、一生大事にするから!」

「ははは、大袈裟だな」


 トアとしてはお礼ということで軽い気持ちだったが、クラーラはトアからの贈り物ということで念入りに服を選んでいく。

 結果、選んだのは動きやすさを重視したカジュアルなもの。活動的なクラーラにピッタリであった。


「♪」


 店から出てからも、トアに買ってもらった服の入った紙袋を大事そうに抱きしめ、ニコニコと笑顔全開なクラーラ。あそこまで喜んでもらえたら買ってあげてよかったなとトアもつられて笑顔になる。


 そんなふたりが歩いていると、前方が何やら騒がしいことに気づく。


「何かしら?」

「大道芸でもやっているのかな?」


 ふたりがさらに近づくと、今度は怒鳴り声が聞こえてきた。


「おらおら! もう終わりかよ!」

「ひいっ!?」


 見ると、二メートル近くある巨漢のスキンヘッド男が、手にした大きな木剣を対戦相手と思われる青年に向けて力いっぱい振り下ろしていた。その青年も木剣を持っており、なんとか必死にガードしているが、やがて力尽き、それが解けると隙だらけとなってしまった。


「い、一体これは……」

「果し合い――ってヤツかな」

「な、何それ?」

「さっき言った大道芸の一種さ。ああやって木剣を武器に戦い、勝ったら賞金がもらえるけど負けると罰金ってルールなんだ」


 この商売自体はフェルネンド王都でもあった。

 しかし、それはここまで苛烈なものではなかったはず。なんというか、私怨が挟まっているような気がしてならない。

 その原因はすぐに分かった。

 

「もうやめてください!」


 涙声でそう訴えるのは、勝負をしている男性の関係者と思われる女性――関係者というかこの場合はどう見ても交際相手なのだろう。

 大方、男が女にいいところを見せようとして大見得を切ったのだろう。それを面白くないと感じた大男が本気で相手をしている。そんなところか。

 だが、それにしてもこれはやりすぎだ。

 男性はもうフラフラで、今にも意識が飛びそうになっている。

 しかし、大男はとどめを刺さんと大きく木剣を振り上げた。


「! おいおい!」


 あのまま振り下ろされたら無事では済まない。

 トアは大男を止めようと駆け出そうとする――が、それよりも素早く反応する者がいた。


「待ちなさい!」


 クラーラだった。

 

「あん? なんだ姉ちゃん?」


 とどめの一撃を阻止された大男は明らかに不機嫌だった。


「その人に戦闘の意思はもうないわ。そんな人を相手にしてもつまらないでしょうから――私が相手をするわ」

「何? 姉ちゃんが俺の相手をするって?」

 

 次の瞬間、大男とその取り巻き連中は大声で笑い始めた。

 そんな様子はお構いなしに、クラーラは腰を抜かしている男性から木剣を借りると、トアの方へ視線を移す。


「ちょっと待っていてね、トア」


 そう答えると、剣を構えて大男と対峙する。


「ほう? 構えはいっちょ前にできるようだな」


 流れる動作で剣を構えたクラーラを見て、剣術経験者であることを悟ったらしい大男は、先ほどの男性相手の時とは打って変わって慎重な姿勢を見せる。

 ――が、それも数秒のこと。


「はあっ!!!」


 鋭いクラーラの一閃が放たれると、大男はその巨体を大きく後方へと飛ばし、酒屋の壁をぶち破り、酒樽に突っ込んでようやく勢いが止まった。


「……やりすぎちゃった」


 可愛らしい仕草で誤魔化そうとしたクラーラだったが、実力を知っているトア以外の町人たちはその力に若干引いていた。


「ああ~っ! 楽しかった♪」

「また腕をあげたな、クラーラ」

「まあね♪ ――よいしょっと」


 当のクラーラは楽しそうに戻ってくると、トアの腕へギュッと抱きついた。


「っ! く、クラーラ!?」

「いいでしょ、別に。ちょっと疲れちゃったし」


 上機嫌のクラーラはトアの腕を掴んで放さない。まいったな、と照れ臭そうにしながらもトアは決してクラーラを引き離そうとはしない。

 


 結局、怪我をさせた大道芸人たちには謝罪したが、「勝負に負けたのは事実」と当初の通り賞金をいただくことができた。

 そのお金で、トアたちはこの町を存分に楽しんだのだった。



  ◇◇◇



翌朝。

要塞村。


「そろそろ行ってくるよ」


 昨日、クラーラと共に買った新しい服に身を包み、トアは相棒のフォルへそう告げた。しかし、どうもフォルの様子がおかしい。


「…………」

「? フォル?」

「あ、す、すいません。少しボーっとしていました」

「フォルがボーっとするなんて珍しいな。こりゃ明日は雪が降るかもね」


 久しぶりに片想いの相手である幼馴染と会う。おまけに、婚約話は嘘と分かり、自然とテンションが高くなっているトア。

 一方のフォルは昨日からの複雑な心境を引きずっていた。

 付き合いの長いクラーラを応援したいという気持ちがあるのだが、マスターであるトアはエステルに会えることで浮かれている。もし、婚約話とやらが嘘でなかったとしたら、クラーラにもチャンスはあったのだろうが。


「じゃあ、留守は任せたよ」

「了解しました」


 最後にフォルへそう告げ、トアは自室のドアを開ける――と、目の前にひとりの少女が立っていた。


「て、ローザさん?」


 枯れ泉の魔女ことローザ・バンテンシュタインだった。


「これから呼びに行こうと思っていたんですよ」

「そうじゃったか……悪いがのぅ、トア――遠征は中止じゃ」

「え?」


 ローザの言葉が理解できなくて経ち尽くすトアを尻目に、ローザはスタスタと部屋へと入っていき、机の上に一枚の紙を置いた。


「! こ、これは!?」


 その紙を先に見たフォルから驚きの声があがる。


「な、何? それは一体――」


 フォルのリアクションから只事でないと察したトアは急いで部屋へと戻り、紙面に目を通して言葉を失くす。


「な、なんで……」

「昨日、お主たちがファグナスの家から出てすぐにフェルネンドからの使いとやらが来てその手配書を置いていったらしい」

「それで、ファグナス様はなんと?」


 ショックで呆然とするトアに代わり、フォルが尋ねた。


「もちろん、ファグナスは信じなかった。その証拠は――見ろ。手配書にあるトアが罪を犯したという日付を」

「ふむ……この頃にはすでに要塞村で村長をしていますね」


 ローザとフォルが何やら話をしているが、トアの耳には入ってこない。

 謂れのない罪が連なる手配書。

 どうしてこうなったのか、必死に考えるが何も浮かんでこない。そうこうしているうちにローザが話しかけてきた。


「とりあえず、フェルネンド行きは中止じゃが、これで終わりではないぞ。この手配書は明らかに間違いじゃ。それを証明できればお主は無実となる。それに、本件ではファグナスも激怒しておったからな。そのうち、動きがあるじゃろう」

「なら、俺が直接出向いて――」

「それは難しいのではないですか? 今フェルネンドの王都へ行けば、マスターは問答無用で即牢獄行きですよ」

「じゃろうな。それに……どうにもこの手配書はキナ臭い。何か、裏がある気がしてならぬのじゃ」

「同感です」

「で、でも、俺にはなんの心当たりもありませんよ?」


 ローザとしてもそこが不思議であった。

 今でこそ、この無血要塞をリフォームして立派な村とし、さまざまな種族からリーダーとして認めらてはいるが、フェルネンド王国にいた頃のトアはまだ要塞職人のジョブに目覚めておらず、兵士としての価値は最低値だったはず。

 それがなぜ今頃になってこのような捏造手配書をばら撒いているのか。


「……ワシもいろいろと手を尽くそう。お主がその幼馴染と一日も早く会えるようにな」

「ローザさん……」

「うむ。お主はいつものお主通り、村長としての務めを立派に果たすのじゃ」

「はい!」


 トアはローザに深く頭を下げ、再び部屋の外へ。

 すると、村人たちからの視線が一斉にトアへと注がれる。


「村長! 俺たちは狩りへ行ってきますぜ!」

「我々は漁に出てきます」

「畑のお世話にいくのだ~。暇だったら寄っていってほしいのだ~」

「みんな……」


 そこではもう、いつもと変わらぬ一日が始まっていた。

 エステルに会う時間は伸びたが、一生会えないわけじゃない。

 トアはそう気持ちを切り替えて、村人たちの輪へと駆け出した。






「ところで、フォルよ」

「なんでしょうか、ローザ様」

「ジャネットの姿が見えんようじゃが」

「ジャネット様でしたら自室で休んでおられます」

「体調が優れんのか?」

「まあ……尾行から戻ってきてからずっとあの調子で興奮していれば、さすがにそうなるでしょうね」

「?」

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