第6話 来訪者、多数

「も、モンスターだって!?」

「はい。申し訳ありません。僕の作った料理が魅力的すぎるあまりにこのような事態を招いてしまいました」

「あんた実は反省していないでしょ!」


 クラーラはそう怒鳴るが、フォルとしては純粋においしい料理を作ろうとしていただけで意図的にモンスターを呼び寄せようと思ったわけではないだろう。


「仕方がないわね。食後の運動がてら、ちょっとぶった斬ってくるわ」

「ワイルド系エルフの本領発揮ですね」

「……まずはあんたからぶった斬ってやろうかしら」


 ギラリと輝くクラーラの眼光。割と本気っぽい。


「あ、俺も行くよ」

「あなたも? ……戦えるの?」

「腰に付けたこの剣は飾りじゃないさ」


 聖騎隊養成所出身であるトアには剣術の心得が染みついている。《大剣豪》の適性を持つクラーラには遠く及ばなくとも、援護くらいはできるはずだ。


「モンスターを呼び寄せてしまったのはそもそも僕の料理のせいです。ここは僕にお任せください」


 フォルも責任は感じているらしく、臨戦態勢に入る。

 五メートル級の金牛を相手に圧勝した二人がいるなら、正直なところトアに出番はなさそうなのだが、だからといって黙って見ているのも性に合わない。

 トア、クラーラ、フォルの三人は協力して敵に立ち向かおうと夜の闇の向こう側へ視線を向けた。

 すると、月明かりに照らされた敵の姿が視界に入り込む。


「グルルル……」


 現れたのは狼だった。

 それも、一匹ではなく、少なく見積もっても二十以上はいる。サイズも通常の狼とは違い大きく、群れのリーダーと思われる先頭の狼については三メートルくらいあった。


「狼、ねぇ……どうせなら金牛みたく食用になりそうなモンスターがよかったわ」

「食料には利用できませんが、あのモフモフの毛皮は防寒具に最適ですね」

「狼のコート……いいわね。そうと決まったら丸坊主にしてやるわ!」


 なんだかんだ言って、クラーラとフォルはいいコンビだった。

 トアも負けじと闘志を前面に押し出して大型狼たちと対峙する。

 その時だった。


「ま、待ってくれ」


 どこからともなく声がした。

 成人男性のようにも聞こえたが、この場には他に人は見当たらない。

 と、いうことは、


「い、今のって……」

「あの狼が喋ったの?」

「そのようですね」

 

 三人とも同じことを考えていた。

 そして、その考えは正しかった。


「夜分遅くに申し訳ない。どうか、私の話を聞いていただきたい」


 紳士的な口調でそう申し出たのは、リーダー格の一際大きな狼だった。リーダー狼はゆっくりとこちらに近づいてくる。それと同時に、月明かりに照らされたその全身像がよりハッキリと見えるようになった。


「! ぎ、銀色の毛!?」


 リーダー狼の体毛は鮮やかな銀色をしていた。

 その姿に、トアは衝撃を受ける。

 

「銀色の毛をした狼――まさか、銀狼族!?」


 銀狼族。

 それは人々の間で語り継がれる伝説に度々現れる存在。高い知能を持ち、優しくて気高くて義理堅い。そんな認識が一般的だ。

 そんな伝説上の生物の登場に驚くトアであったが、クラーラとフォルはまったく違う反応を示した。


「銀狼族か。久しぶりに見たわね」

「休眠する少し前から数が激減しているという噂はありましたが」


 お互いに百年以上生きている長寿(ちなみにクラーラは今年で三百歳。人間年齢に換算すると十五~十八歳ほど)なので、過去に銀狼族と面識があったようだ。

 クラーラは剣を鞘にしまい、フォルは高めていた魔力を静めた。相手が銀狼族ならばむやみやたらに争い事を仕掛けてはこないと判断したようで、トアもそれにならい剣を下げる。


「えっと……銀狼族――だよね?」

「いかにも。我は銀狼族の長で名をジンと申す」


 ジンと名乗った銀狼族の長は、ここまでたどり着いた経緯について語ってくれた。

 元々、ここから遠く離れた森の中で集落を形成して暮らしていたのだが、ある日、森を異変が襲った。


「今から二年ほど前、空から巨大な岩が降り注ぎ、猛毒の煙が森を襲ったのだ。辺りは強烈な熱気で呼吸することもままならず、多くの同族が死んでいった」

「強烈な熱気……猛毒の煙……空から岩――火山噴火か」


 トアはそう結論付けた。

 フェルネンド王国にいた際、二年くらい前に南国にある大火山が噴火して大きな被害をもたらしたという話を聞いた覚えがある。ジンたち銀狼族の集落を襲ったのは、その際に発生した土石流や有毒ガスだろう。


「なんとか生き延びたのはここにいる二十四の仲間のみ……他にも、同じ森に暮らしていた別の種族たちも一緒に旅をしていたが、次第に散り散りとなってしまったのだ」

「大変でしたね」

「ああ……それで、申し訳ないのだが、食料を分けてもらいたいのだ」


 よく見ると、ジンをはじめ銀狼族は皆かなり痩せこけていた。二年間、新しい集落を探しながら旅をしているらしく、きっと安定した食料を調達することができていないのだろう。


「分かりました」


 トアはすぐに願いを聞き入れ、昼間にクラーラとフォルが狩ってきた金牛の肉を分け与えもいいか二人へ相談する。答えはすぐ返ってきた。


「もちろんいいわ」

「好きなだけで食べていただきましょう」


 二人は即OKを出す。

 了承を得たトアは早速まだ調理していない金牛の生肉を銀狼たちへ差し出す。


「! こ、こんな上等な肉を!」

「遠慮せずに食べてくれ」

「あ、ありがとう!」


 ジンは仲間たちに呼びかける。すると、銀狼たちから感謝を示す遠吠えが贈られた。銀狼たちは全員人間の言葉が話せるらしく、一匹一匹丁寧にトアたちへ礼を述べた。中には子どももおり、拙い言葉で「ありがとう」と頭を下げる。

 銀狼のしきたりとして、まずは長から食事をとるらしく、ジンが金牛の生肉へ鋭い牙を立ててかじりつく。しかし、実際に口にした肉の量は人間であるトアやクラークと変わらないほどで、あとは仲間たちに譲った。

 あれだけの巨体を維持するのにその量でいいのかとも思ったが、どうやら長のジンは仲間に少しでも多くの肉を分け与えるべく控えめな量にしていたようだ。


「立派な長ね」

「ええ。上に立つ者としての心構えがしっかりと身に付いています」


 クラーラとフォルも、ジンの振る舞いに感心していた。そんなジンにトアは声をかけ、ある提案を持ちかける。


「ジンさん。よかったらここで暮らしませんか?」

「! いいのか!?」


 ジンは驚きの声をあげる。


「あ、それいいアイディアね」

「同感です。これだけの数の銀狼族がいてくだされば、我々が留守の間にモンスターがここを襲っても安心できますからね」


 銀狼族は戦闘能力も高い。

 二十四匹もの銀狼族がこの要塞の守りについてくれたら、トアとしても安心できる。


「狩りに出る者と守りに就く者――二十四の銀狼族を二手に分けてそれぞれ仕事を分担していこうと思う」

「任せてくれ。我ら銀狼族は鼻がきくので、遠くの得物や侵入者もすぐさま見つけられる。きっと役に立つ」

「決まりだ。これからよろしく、ジンさん」

「こちらこそ!」


 ジンは尻尾をブンブンと振って仲間たちへ報告に走った。

 こうして、要塞生活に新たな仲間が加わったのである。

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