第7話 井戸と貯蔵庫と犬耳少女

 ジンたち銀狼族が加わって迎えた最初の日。

 トアの提案に従い、ジンが中心となって銀狼族は二手に分かれた。

 一つは要塞周辺を見回りしながらハイランクモンスターの襲撃に備えるグループ。もう一つは森へ向かい食料を調達するグループだ。


「さあて、今日は昨日よりも大物を仕留めるわよ」

「クラーラ様、張り切るのは結構ですが、あまり大物ばかり狙うと魔力を無駄に消費してしまうので、僕の連続稼働時間が短くなってしまいます。魔力が切れたら、僕は指一本動かせなくなるのでそれは避けたいところです」

「その時は諦めて森の肥やしにでもなりなさい」

「僕の扱いがどんどんぞんざいになっていませんか?」


 いつもの調子でやりとりをするクラーラとフォル。

 その横では、狩りを担当する銀狼族たちが気合を入れていた。


「我らが救世主トア殿のために最上の食材を手に入れるのだ!」

「「「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」」


 朝っぱらから景気のいい遠吠えが森にこだまする。

 銀狼族を受け入れてからというのも、多くの銀狼たちから「トア様!」と呼ばれるようになった。さすがに様をつけて呼ばれるのはなんだか慣れそうもないのでやめてほしいと願い出たところ、「トア殿」に落ち着いたのである。ただ、トアを英雄視し、半ば心酔している一部の銀狼族はこっそりトア様と呼んでいるようだが。

 クラーラたちが森へ狩りに出ると、トアは昨日の続きをしようと意識を集中する。

 次に作ろうとしているのは貯蔵庫と井戸だ。

 狩りで得た生肉などをそこら辺に放置していてはすぐに腐ってしまう。干し肉を作って保存食とする手も考えているが、できれば腐らせずに冷蔵をしておける場所が欲しい。そのための貯蔵庫作りだった。

 井戸に関しては、神樹の周りにある地下の湧水を利用する。いちいち階段を下りて地下へ行かなくても、地上から汲み上げられる形にしたい。


「貯蔵庫に必要な素材は石でいいかな。あとは冷蔵のために必要な物だけど」

「冷蔵といえば氷でしょうか」

「うん。俺もそれを考えて――」


 ピタッと言葉が止まる。

 現在、トアは昨日造った自身専用の個室にいる。

 なので、今は一人で作業をしている――つもりだった。

 それなのに声がする。

 聞いたことのない少女の声だ。

 トアはゆっくりと声のした方向へ視線を移す。


「?」


 そこには可愛らしく首を傾げる――犬耳と尻尾をつけた少女がいた。

 銀色のロングヘアーに翡翠の瞳。

 まったくもって見覚えのない少女だった。


「えぇっと……君は?」

「あっ! 申し遅れました! 私はマフレナと申します!」


 名前を言われてもピンとこない。 

 本当に誰なんだ、この子は。

 呆然とするトアであったが、少女が次に発した言葉で謎が氷解する。


「私は銀狼族の長ジンの娘です」


 どうやらジンの娘らしい。

 というか、


「銀狼族って人間の姿にもなれるのか……」


 その情報は初耳だった。


「父から命じられ、あなたの護衛を担当することになりました」

「あ、そ、そうなんだ。でもなんでまた人間の姿で?」

「獣の姿よりも近くにいて落ち着けるのではないかと」


 そういった配慮があったらしいが、できたらその説明は先にしてもらいたかった。それと落ち着けるというジンの判断があったようだが、本音を言うとあまり落ち着けない。

 銀狼族の伝統衣装を身に纏うマフレナだが、その衣装に問題があった。というのも、少々露出が多く、目のやり場に困るからだ。特に胸部は明らかにサイズが合っておらず、パッツンパッツンである。クラーラくらいの控えめサイズだったら問題ないのだろうが、マフレナのサイズでは無理が生じていた。


「……マフレナ」

「はい、なんでしょうか!」

「後で洋服のサイズを直してもらいに行こうか。そのままだとその……いろいろと大変だろうから」

「? よく分かりませんけど分かりました!」


 マフレナ自身はトアの提案の真意に気づいていないようであったが、素直で元気があって大変良い子だというのは伝わった。

 とりあえず、なるべくマフレナの方を向かないようにして、トアは作業を再開する。

 まずは貯蔵庫だ。 

 これについては冷蔵方法を除けばさほど難しくはない。工程としては個室を造った時と同じでいいのだから。

 問題はやはり冷蔵について。

 さすがに氷を生み出すことはできないので、何かいい案はないかトアはしばらく考えていたが――


「ダメだ……」


 氷系魔法に適性のある人物がいてくれれば、簡単に氷を用意することができるのだが。


「…………」

「? なんでしょうか、トア様」


 ふと目に映ったのはマフレナであった。


「なあ、マフレナ」

「はい?」

「君ひょっとして――氷系魔法とか使えない?」

「残念ながら……ありません」


 シュンと俯くマフレナ。

 耳と尻尾もそれに連動してヘタリと萎れたようになった。


「い、いいんだ、気にしなくて」


 本気で落ち込んでいるようなので大丈夫だとフォローを入れておく。思った以上にこの子は真面目だ。

 落ち込んでいたマフレナだが、突如何かを思いついたのか、カッと目を見開いてトアへと迫る。


「トア様! うまくいかなくて悩んだ時は、私の尻尾を使ってください!」

「へ? 尻尾を使う?」


 マフレナの迫力に気圧されたトアは、追い打ちをかけるように放たれた意味不明な言葉にキョトンとする。


「見てください! 私自慢の尻尾は一族の中でも最上のモフモフっぷりです! これにくるまれたら最後、どんな駄々っ子もすぐさま大人しくなるのです!」


 鼻息荒く語ったマフレナ。

 そんなバカなと思いつつ、ちょっと興味を引かれたトアが尻尾を触ってみると、その感触に思わず声を漏らす。


「これは……本当に凄い! 凄いモフモフだ!」

「わっふっふっ!」


 ドヤ顔を浮かべながら、マフレナはゆっくりと尻尾を振る。

 左右の頬を優しく撫でられたトアは、その未知なる感触に頬が緩んだ。次第に瞼が重くなっていき、全身どころか魂さえもマフレナのモフモフに預けてしまっていた。


 ビバモフモフ。

 モフモフモフモフモフモフモフモフモフ――


「…………はっ! しまった!」


 時を忘れて堪能していたトアだが、今は暢気にモフモフしている場合じゃなかった。

 ともかく、今は「冷蔵不可な保存場所」という名目でキープしておく。

 やることはいっぱいあるので、あまり一つの事柄に時間を割くわけにもいかない。

 というわけで、次に着手したのが井戸作り。

 人力である程度掘り進め、その先はやぐらを組んで仕掛け車を回していくのが通常の手順であるが、すでに水源は確保しているので、あとは木製の手桶を下へ下ろして水を汲み、それを再び引っ張り上げる滑車のような装置を作りたいとトアは考えていた。

 地下の水は飲み水として使用できるかどうか心配だったが、フォルによると「人間が飲んでも問題はありません。それどころか、神樹の根が浸かっているおかげで飲めば魔力が回復するというおまけ効果付きです」とのこと。

 これを利用しない手はない。


「まずは桶を用意しないと。後は滑車だけど……ロープはあるし、なんとかなりそうだ」


 幸いにも素材となる木や石はあちらこちらに生えている。タダで使いたい放題だ。

 

「……なんだか、めっちゃ楽しくなってきたぞ」

「頑張ってください、トア様! 私が全力でお守りしていますので!」


 トアのヤル気に触発されたのか、マフレナも尻尾を左右にブンブンと振って鼻息を荒くしている。意外と雰囲気に呑まれやすいタイプらしい。


「よーし! やるぞぉ!」

「おー♪」


 かけ声も決まったところで、トアの貯蔵庫&井戸作りが始まった。



  ◇◇◇



「――で、何か弁明は?」


 その日の夜。

 クラーラの命により、トアは冷たい石造りの廊下で正座をしていた。

 と、いうのも、朝から夕方まで狩りに勤しみ、疲れて帰ってきたらトアが見知らぬわがままボディな少女とキャッキャウフフしている光景が目に入ったためである。

 もちろん、それはクラーラの脳内でだいぶ脚色をされたものであった。

 実際には真面目に井戸作りに励んでいたし、マフレナも真剣にお手伝いをしていただけ。決してクラーラの思い描くようなやましい関係ではない。

 ――と、いう内容の弁明を一時間近くし、また、マフレナ自身と彼女の父であるジンの証言もあってようやく無罪放免となったのだ。


「大変でしたね、マスター」

「あ、ああ……」

「エルフ族は種の保存のため、一夫多妻制を採用している国も多くあると聞きますが……クラーラ様は相当なやきもち焼きのようなのでそうした制度のない国の出身なのでしょう」

 

 フォルがまた余計なことを言う。

 案の定、ギロリと鋭い眼光を飛ばしてクラーラが睨んでくる。


「あ、あの、フォル?」

「しかしまあ、クラーラ様が躍起になるのも無理はありません。マフレナ様のボディはクラーラ様とは対極で、男性にとってはまさに凶器そのものの破壊力があります。ましてや、マスターは『そういった行為』に興味津々なお年頃。むしろ何もなかったという方が不自然というもので――」

「ふん!」


 ガゴン!

 鈍い音を立て、フォルの頭(兜)が宙を舞った。

 前の時と同じように、ボディだけとなったフォルは頭を探して右往左往している。


「懲りないわね、このスケベアーマーは」


 何はともあれ、マフレナに関して誤解が解けたようでよかった。――と、安心したのも束の間だった。


「あなたたちも食べなさい。遠慮はいらないから」

「わふ♪」


 クラーラが夕食の肉を一緒に狩りへと出た銀狼族へ配っていく。


「ほら、順番に並びなさい」

「ワフ♪」

「ワン♪」

「ウォン♪」

「ニャー♪」

「ニャーウ♪」

「ウニャニャー♪」

「……ちょっと待って」


 後半、明らかに銀狼族じゃない鳴き声がしていた。


「ねぇ、クラーラ」

「な、何?」

「数……増えているよね?」

「そ、そそ、そんなことないんじゃない?」

 

 クラーラの声が裏返る。明らかに動揺していた。あと、嘘をつくのがビックリするくらい下手だった。

 今度は先ほどとは逆にトアがイニシアチブをとってクラーラに追及する。

 曰く、追加でやってきたのはかつて銀狼族と友好関係にあり、彼らと同じく故郷が火山噴火によって住めなくなってしまった王虎族たちであった。


「なるほど。王虎族か――王虎族!?」


 トアは仰天のあまりズッコケそうになるのをなんとか耐えた。

 王虎族といえば銀狼族と並び称される伝説の種族。

 高い知性と戦闘力を併せ持つと言い伝えられているが、詳しい生活の様子などは書物にも残されていないため、実在はしないだろうというのが通説である。

 その伝説の種族が合計で十八人。

 彼らはパッと見は普通の虎だが、銀狼族と同じく人間形態になれるという特徴があり、その姿はマフレナのように獣耳があったり尻尾があったりとベースとなっている動物の特徴が表れているとのこと。


「申し訳ありません。空腹のあまりついつい……ご挨拶が遅れてしまいました」


 そうトアに謝罪をしたのは王虎族を束ねるリーダーのゼルエス。体長はジンに見劣りをしない大柄な体格で、話すたびに獰猛な牙が見え隠れしている。

 話を聞くと、彼らもまた旅につぐ旅で生活が困窮しており、小さな子どもの中には栄養失調寸前の者もいたほどだ。

 そんな彼ら王虎族を放っておくわけにもいかず、トアは食料を分け与えることに。ただ、その前に狩りで金牛を狩ってきた銀狼族たちにも了承を得ようと事情を説明した。彼らはもともと友好関係にある種族なので、「困った時はお互い様」と快諾してくれた。

 結論をゼルエスへ話すと涙を流して「ありがとうございます!」と何度も頭を下げた。


「ね、ねぇ、トア」 


 王虎族たちへ食事を配っていたトアのもとへクラーラが歩み寄る。


「あなたに許可を得ず、彼らをここへ連れてきたこと……謝るわ」


 ペコリと頭を下げるクラーラ。

 意外すぎる行動に、トアは慌てふためく。


「あ、頭を上げてくれよ。君は王虎族の人たちを助けようとしただけだろ? それは何も悪いことじゃないし、俺が君の立場でも同じことをしていたよ」

「トア……ありがとね」

「いいよ、気にするな。それと、彼らにもここで生活してもらおうと思っている」

「え? そ、そうなの?」

「うん。もちろん仕事はしてもらうけどね」

「分かったわ! すぐに話してくる!」

 

 満面の笑みを浮かべたクラーラは全力ダッシュでゼルエスのもとへと駆け寄った。


「ふぅ……とりあえず、部屋を増築しないとな」


 新しい仲間が増えれば仕事も増える。

 しかし、トアの顔は晴れ晴れとしていてむしろ充実しているように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る