第8話 働ける場所

 銀狼族に続いて王虎族が新たに要塞生活の仲間入りを果たした次の日の朝。

 狩りと要塞周辺の警備――さらに今回はもう一役増やすことにした。

 

「あなた方には要塞内の調査を行っていただきたい」


 トアは銀狼族と王虎族から選ばれた十名にそう告げた。

 中心となるのは一族の中でも高齢に属する者たち。狩りをするにはスピードが足りず、ハイランクモンスターを相手にするには年を取り過ぎてしまい難しい――そんな彼らから、「ここで暮らす以上は体が動くうちは何か仕事をしたい」という願い出を受けていたので設けた仕事であった。


「調査、というのは具体的にどのようなことで?」


 王虎族最年長の男性が挙手をして尋ねてきた。


「具体的にというとちょっと難しいですが……あなた方の目線から見て気になったものがあれば記録をし、使えそうな道具などが落ちていたら持ち帰ってきてもらいたいんです」


 本日のトアの仕事は銀狼族と王虎族の個室を作ること。

 井戸や貯蔵庫は大体完成の目星がついたので、今回は部屋作りに没頭したいと思っていたのだが、周囲の様子を調べることも同時に進めていかなければと思っていたので、彼ら老兵たちに一肌脱いでもらおうというわけだ。

 最終的にはこの要塞のマップを作成したい。


「些細なことでも構わないので、何かあったら記録をして報告をお願いします」

「心得ました!」


 総勢十名の調査隊は勇んで要塞東側のエリアへと向かった。


「さーて、俺は俺の仕事をするか」


 軽く伸びをしてから、トアは要塞内にある部屋に入り、そこで片っ端から《リペア》をかけてボロボロだった部屋を綺麗な状態へと戻していく。ちなみに、今日もトアの専属ボディガードとしてマフレナがくっついてきた。


「トア様……凄い……」


 次々と部屋を直していくトアに、マフレナは羨望の眼差しを向けていた。

 ちなみに、トアの強い要望によって今のマフレナは自身のスリーサイズにピッタリの服へと変更されている。

 部屋の直しが終わると、ここで出番となるのが、銀狼族と王虎族の中で子育てをしている最中の女性である。

 実は昨日、数人の女性が「幼い子がいるので」という理由で狩りや警備を辞退していた。しかし、彼女たちは「自分たちにも何かできる仕事はないでしょうか」とトアに相談しに来ていたのである。そこでトアはあることを閃いた。


「でしたら、みなさんには要塞内のコーディネートをしていただきたいと思います」


 元は未完成の軍事施設というだけあって、要塞内は殺風景というか、生活感がまるでない空間であった。そこで、各種族の奥様方がアイディアを出し合って少しでも生活しやすいように飾りつけなどを考えてみては、というのがトアの提案であった。

 それならば子どもと一緒にできる、と子持ちの奥様方は喜び、早速どうしようか話し合いの場がもたれることになった。また、その際、緊急時の赤ちゃんの子守り当番なども決めるようにしたらしく、ここに銀狼族と王虎族による連合ママ友会が結成されたのだった。



 お年寄りと奥様たちは自分たちの仕事を見つけたことで生き生きとした表情で活動を行っている。そんな活気溢れる光景を目の当たりにしたトアは、さらに気合を入れて作業に取りかかった。

《リペア》と《クラフト》を駆使したことで、廃墟同然だった要塞は徐々に本来の姿を取り戻しつつあった。

 だが、今回は軍事施設ではなく、みんなの生活空間としてその役目を果たす。快適で暮らしやすい場所にしていかなければいけない、と改めて胸に誓ったトアだった。



 その後、昼食時となったので一旦作業を止めたトア。

 昼食は奥様方が作ってくれたもので、今日の献立は銀狼族に古くから伝わる伝統料理らしかった。

 料理が盛りつけられた皿を手に取ると、トアの周りに人が集まって来る。


「お兄ちゃん、一緒に食べようよ!」

「私もお兄ちゃんと一緒に食べたい!」

「私も私も!」


 銀狼族と王虎族の子どもたちだった。

 割合としては女子が七割で男子が三割――女子の方が圧倒的に多かった。

 なぜ子どもたちがこんなにも懐いているかというと、理由はトアの働きぶりにある。自分たちが生活する部屋をあっという間に用意してしまうトアは、子どもたちにとって超人的な力が宿る特別な人間という存在に映っていた。

 子どもたち(+マフレナ)に囲まれながら食事をとり、それが終わると食器を片付けるためキッチンへ。軽く休憩を挟んでから、再び作業を開始する。

そこにやってきたのは狩りに出ず、この場に残ったフォルであった。

 

「少しよろしいでしょうか、マスター」

「フォルか。どうした?」

「少しご相談したいことがありまして」

 

 フォルからの相談とは珍しい。

 トアは首に巻いていたタオルで額の汗を拭ってから、改めて尋ねる。フォルの来訪を知ってマフレナも駆け寄ってきた。


「相談ってなんだい?」

「ここでの食料についてです」


 本当に珍しく、真面目な相談であった。


「今現在は狩りでまかなえていますが、今のペースで金牛を狩り続けていたらそのうちに絶滅してしまいます」

「そ、そうだようなぁ……」


 銀狼族と王虎族は大食漢が多い。

 特に若い連中の食欲は無尽蔵だ。


「わふぅ……おいしくってついつい食べすぎちゃうんのがよくなかったですね」


 その若い連中に含まれるマフレナも反省しているようで首と尻尾と犬耳を垂らしていた。


「なので、ここはひとつ農業に手を出してみてはいかがでしょう」

「農業?」

「はい。実を言うと、王虎族の女性がいくつか野菜の種子を持っているそうなので、それを植えて農園を作ってみてはどうかと」

「…………」

「? どうかしましたか?」

「おまえ……そんな真面目なことも言えたのか」

「マスターの中での僕の評価がどのようなものかが透けて見える発言ですね」


 ご立腹のようだが、正直、自業自得としか言えない。

 

「農園か……そうだ。金牛を家畜として飼育できないかな」

「ほほう、つまり牧場を作るというわけですね」

「そうだ。あと、ここがディーフォル要塞だとするなら、近くに国際河川のキシュト川があるはずだけど」

「確かにありますね」

「あそこで漁とかできないかな」

「良いアイディアだと思いますよ」

「私も賛成です!」


 トアとフォルは互いにアイディアを出し合い、それを実現してくためにはどうすればいいのか相談する。始めてから約十分後。議論が白熱し始めた頃、フォルが突然森の方へと兜を向けた。

 その様子は明らかに尋常ではない。


「……ハイランクモンスターか?」


 もっとも懸念される存在を口にしたトアであったが、フォルは兜を横へ振った。マフレナも異常を察知し、トアを守るように前に立つ。


「妙な気配です。……明らかに人間だと思われるのですが――人間にしては強すぎます」

「うん。それに、とっても嫌な臭いがします」

「何?」


 強すぎるという不穏なワードが聞こえてきたことで、トアの胸中を不安が過る。


「その強すぎるっていうのはどのくらいだ? ここにいる銀狼族と王虎族、それとクラーラに君が加わっても勝てないくらいか」

「「…………」」


 フォルとマフレナは無言。

 こういう時こそいつもの軽口を期待するのに黙ったまま。森に生息するハイランクモンスターさえ軽々と倒してしまうフォルたちが一斉にかかっても「勝てる」と断言できない相手。それはこの森のヌシとも呼べる存在かもしれない。


「マスター……下がっていてください。あと、要塞内に留まっている戦闘要員をかき集めてきてもらってもよろしいでしょうか」

「ここは私たちで時間を稼ぎます」

「お、おう――て、何? そんなヤバい相手がいるの!?」


 ボケを一切許さぬ緊迫したトーンで語るフォル。いよいよ事態は本格的にまずくなってきたと悟ったトアが銀狼族と王虎族の戦闘要員を呼びに行こうと踵を返した時だった。

 ガサガサ、と近くの茂みが揺れる。


「「!?」」


 咄嗟に構えるトアとフォル。

 張りつめた空気が流れる中、姿を現した「そいつ」は意外すぎる外見をしていた。


「おや? 何か変だと思ったら、やっぱりおかしなのが住み着いていたようじゃな」


 茂みから出てきたのは年寄りみたいな口調で話す十歳くらいの女の子だった。

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