第9話 強敵(?)襲来
「お、女の子?」
とんでもなくおっかないモンスターかと思いきや、現れたのは人間の、それも年端のいかぬ少女であった。
長いピンクの髪に大きく丸い瞳。とんがり帽子と黒のローブ、手にした杖も合わせ、その出で立ちはいかにも「魔法使い」という感じだが、年齢からしてまだ適正職診断は受けていないと思われる。
だから、きっとごっこ遊びをしているのだろう――トアはそう判断した。
「か、可愛い……」
マフレナも少女の可憐な姿に見惚れている。
だが、フォルは未だ警戒心を解いていない。
「マスター! それにマフレナ様! 油断をしてはなりません!」
語気を強め、警戒を怠るなと語るフォル。
「ふぉ、フォル? でもあの子は――」
「マスター、ここはハイランクモンスターがうようよいる超危険地帯ですよ? そんな場所にあんな年齢の女の子が一人でいる……どう考えても普通ではありません」
「っ!」
そうだった。
あまりにも予想外だったため思考が鈍っていたが、ここは超危険地帯。クラーラの話では人間がこの森へ入り込むとまず間違いなく生きては帰れないとされ、「屍の森」という通称で呼ばれているほど。
周辺国家からは隔離されたその森に現れたその少女は、ハイランクモンスターが生息する森に一人でいるにも関わらず平然とした様子。
「そっちの男は人間か。……大した魔力を持っているわけでもないのに、よくこの森で生きておれるな。で、こっちのは――ああ、帝国の忘れ形見か。それに銀狼族まで……少し目を離しすぎたかのぅ」
少女はトア、フォル、マフレナをまるで品定めでもするかのように交互に見やって、そう言った。短い言葉であったが、本質をズバリと見抜かれており、トアはドキッとする。
「き、君は一体……何者なんだ?」
ようやく声を絞り出し、少女に問う。
「ワシか? ワシの名はローザ・バンテンシュタインじゃが」
「ろ、ローザ・バンテンシュタイン!?」
「知っているんですか、トア様」
「ああ……」
マフレナの言う通り、トアはその名に聞き覚えがあった。
だが、彼女が本当にトアの知るローザ・バンテンシュタインならば、一つ確かめておかなければならないことがある。
「……本物のローザ・バンテンシュタインならば、すでに年齢は百歳を越えているはずだ」
ローザ・バンテンシュタインの名を知らぬ者など少ないだろう。なぜなら、前世界大戦において連合軍側の勝利に大きく貢献したとされる、たった八人で構成された実働部隊――《八極》の一人だからだ。
「枯れ泉の魔女」の二つ名で知られる彼女は、間違いなく世界平和を実現させた英雄の一人である。
トアは王国戦史の教本でその名を見かけた記憶があった。歴代でもトップクラスの実力を持つ魔女であり、数多の戦場でその力を発揮。終戦後は隠居して静かに暮らしていたとあったはず。――だが、よく思い出してみると、死亡したという記述は教本になかった。
「まさか……まだ生きていたのか?」
「失礼な小僧じゃな。花も恥じらう齢三百ちょっとの乙女じゃぞ?」
普通の人間ならば三回くらい転生していそうな年齢だった。
「なぜ、その魔女様がこちらの要塞へ?」
実力を感じながらも臆した様子を見せないフォルが尋ねた。
すると、《枯れ泉の魔女》ローザは意外な答えを口にする。
「この要塞ディーフォルは現在ワシの所有物となっておる。ほれ」
ローザが指をパチンと鳴らすと、どこからともなく一枚の紙が現れた。フヨフヨと浮かぶその紙には、何やら文字がびっしりと書き込まれている。
「ワシはここの領主であるファグナス家から正規の手続きをもってこの要塞の所有権を認めてもらっておる、これはその証明書じゃ」
「所有権――あっ」
トアは気づく。
終戦後、帝国領地は各国に分け与えられた。ということは、ここは現在もどこかの国の貴族が治める領地のはず。つまり、本来ならば勝手に住んで生活を営んではまずいのだ。法律上はちゃんと領主に許可を取らなくてはいけない。
《枯れ泉の魔女》ことローザはその許可を得ている。
一方、トアたちは無許可。
どちらが悪いかは一目瞭然だった。
「さてさて、お主らの質問に答えたわけじゃから……今度はこちらの番じゃ。ここで一体何をしておる? 返答次第では――分かるな?」
静かな迫力をのぞかせるローザ。
百戦錬磨の《枯れ泉の魔女》を相手に、トアたちが勝てる公算はゼロに等しかった。
「――む?」
クラーラや銀狼族や王虎族のみんなになんて言おうか悩んでいると、ローザが構えていた杖を下ろした。
「お主……ああ、そっちの人間の」
「は、はい!」
杖の先がトアへと向けられ、慌てて返事をする。
「お主から神樹の放つ魔力を感じる。……もしや、お主が神樹ヴェキラをよみがえらせたのか?」
「え? あ、一応、そういうことになっています」
《要塞職人》の能力によって神樹ヴェキラが復活。それはフォルから与えられた情報であったが、地下で金色に輝くその姿を目の当たりにしているので間違いない。
「俺の《要塞職人》というジョブが使える能力によって復活したみたいです」
「《要塞職人》? ……聞いたことのないジョブじゃな」
腕を組んで首を傾げるローザ。その姿は年相応に可愛らしく、正体を知らないものからすれば普通の少女にしか映らないだろう。
ローザはしばらく考え込んだ後、膝をポンと叩いてからトアたちへ言い放つ。
「お主たちをここから追いだすのは一旦保留じゃ。それより、神樹ヴェキラについての話が聞きたい」
「は、はあ……」
なんだかよく分からないが、とにかく今すぐここから出ていかなくてもよくなったらしい。
トアはローザの希望を叶えるべく、昨日作った自分の自室へと案内し、そこで詳しい話をすることになった。
◇◇◇
突如来訪した要塞の持ち主である《枯れ泉の魔女》ことローザ・バンテンシュタインはトアの部屋にいた。
「おぉ……あのくたびれた無血要塞が、ここまでになるか」
案内の途中、すっかり変化した要塞内の様子に、ローザは感心しきりであった。魔女として世界トップクラスの実力を持つ彼女でさえ、《要塞職人》については何も知らないという。その能力の一端を垣間見て、トアへの認識が改まったようだ。
「最初は浮浪者の類かと思ったが、やるではないか」
「あ、ありがとうございます」
「それに、戦争のために使うのではなく生活のために使うという発想や見事。その能力があればここを好きなように改装し、ディーフォル本来の姿である《万能要塞》として運用することもできたろうに」
腰をバシバシと叩かれながらトアは褒められた。住居としての利用についてはトアではなくクラーラの発案なので複雑であった。
部屋に到着し、話し合いを始めようとすると、先にローザが口を開いた。
「お主たちがここで暮らすことを認めよう」
あっさりと居住の許可が下りた。
「い、いいんですか?」
「悪用されていないと知れたし、何より……ここで生活している者たちの笑顔がいい。互いが互いを思いやり、協力をしておる。百年前、ワシらは人々がこのように暮らしていける世界を作ろうとして帝国と戦ったのだ」
在りし日を思い出し、目を細めるローザ。
それはきっと壮絶な戦いだったに違いない。
「ただ、お主たちをここへ住まわせるのに一つ条件をつけたい」
「じょ、条件ですか」
「何も難しいことではない。――ワシもここに住まわせてもらいたいのじゃ」
「へ?」
思いもよらぬ条件であった。
「そ、それは全然構いませんが」
「感謝するぞ」
ローザは喜んでいるようだが、あの《枯れ泉の魔女》ならばこの要塞よりもずっと過ごしやすい屋敷とか用意できそうなものだが――というトアの疑問に対して、ローザ本人の口から真意が語られる。
「終戦後、ワシはずっとここで神樹を守り、研究を続けておった」
「神樹の?」
「うむ。神樹ヴェキラは帝国魔導士が死んで以降、ずっと眠ったままの状態じゃったが、いつどんなきっかけで目覚めるか分からない――その際、ワシが近くにおって、こいつを悪用しようとする者から守らねばと考えていた」
神樹ヴェキラから放出される魔力は質が高く、根を浸す地下の水は回復水としての効果が得られるほどの影響力がある。確かに、悪用されたらどうなるのか――それは想像を絶するものだ。
「ワシが一ヶ月ほど昼寝をしておる間にヴェキラから大量の魔力が放出されているのを感知してのぅ。手遅れかと肝を冷やしたが、目覚めさせたのがお主のような誠実で優しい若者でよかったよ」
「ローザさん……」
ローザは見ていた。
ここまで案内される途中、銀狼族や王虎族の人々が、「トアさん」、「トア殿」とにこやかな表情で語りかけているのを。そこで悟る。この集落はこの少年を中心に回っている。力で支配しているのではなく、共生することを考えて行動をしている。だから、周りの人々は彼に対して友好的であり、同時に尊敬に近い思いを抱いて接している、と。
その後、ローザは自分の住まいを確保するといい、トアの部屋の対面にある壁にそっと手を当てる。
「? そこには何も――」
「ここで十分じゃ」
次の瞬間、壁が縦長の長方形に光ったかと思うと、ドアが現れた。
「え? え? ドア? なんで?」
「ここがワシの部屋じゃ」
ドアを開けて中へと入っていくローザ。トアが後を追っていくと、そこに広がっていたのは驚愕の光景であった。
「広っ!?」
ドアの向こう側には何もなく、外へ出るはずが、そこにあったのはまるで豪邸の一室だと錯覚してしまうほどの広さを持った部屋だった。まず目につくのがそびえ立つ本棚。一番てっぺんは霞んで見えないくらい高い。そして各所を彩る豪華な装飾が施されたアンティーク家具の数々。素人目にも高価と分かるほど露骨に派手な造形だった。
「一体何がどうなって……」
「ここはワシの魔力で生み出した特殊な空間じゃ。前の住まいもそうじゃったが、ドアを設置することでどこからでも戻ってくることができる。いやはや、こんな便利な代物を生み出せてしまう己の才能が怖いのぅ。かっかっか!」
「は、はあ……」
「そういうわけじゃから、これからよろしく頼むぞ♪」
ニコニコ顔のローザは実に満足そうに頷き、グラスに注がれていたワインを飲み干した。
――その後、「また新しい女を連れ込んだのか!」と狩りから戻ったクラーラに怒られたのだが、それはまた別の話である。
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