第5話 要塞リフォーム
昨日の木の実の残りを食べた後――午後からは別行動を取ることにした。
すべての発端はクラーラの何気ない一言から。
「お肉食べたいわね」
これに対し、フォルが一つの提案を差し出す。
「この森には家畜としても扱われている金牛が野生で生息しています。そいつの丸焼きをディナーにしましょう」
「名案だとは思うけど、丸焼きといっても最低限はさばけないといけないでしょ? 私そういうのはちょっと苦手だし」
「ご安心を。金牛の処理でしたら僕ができます」
「はあ~、あんたって便利にできているのね」
「お褒めいただき光栄の極みです。あ、それと、要塞から外へ出ますと、神樹からの魔力供給が断たれてしまうので、そこからの連続稼働時間はおよそ五時間になります。今からですとちょうど夕刻辺りになりますか。それまでには獲物を仕留めて戻ってきましょう」
「前言撤回。やっぱ面倒ね」
そんなやりとりがあったので、クラーラとフォルは金牛狩りのため森へと入っていった。最初はモンスターと遭遇するかもしれないと警告したが、《大剣豪》のジョブを持つクラーラと全属性の攻撃魔法を使用できるというフォルがコンビを組んだら、大概のモンスターは瞬殺できるだろうと考え直し、食糧調達を全面的に任せることにした。
要塞に残ったトアの役目はとにかくジョブの持つ追加効果の全容を掴むこと。これに専念しなければならない。
というのも、魔法系や剣術系など、メジャーなジョブについての知識はあるが、神官たちでさえ知らないという《要塞職人》についてはもちろん何一つ持ち合わせていなかった。そのため、一刻も早く、詳細な能力把握が必要だった。
「今後の生活を豊かにしていくには……俺の能力が鍵を握るんだ」
言い聞かせるように呟いたトアは、まず石柱で試した要塞の修繕についてさまざまな実験を試みることにした。
――結論から言うと、自分でもビックリするくらいすんなりと修繕スキルを習得することができた。
習得というと聞こえはいいが、実際は直したい箇所に手を当て、目を閉じ、魔力と意識を掌に集中させて自分が「何をしたいか」と頭の中に思い描く。そして、
「リペア」
こう唱えるだけでボロボロだった壁や足場はみるみる建築当初のような美しいものへと変化した。
「《工芸(クラフト)》」
これを唱えると、小さな石が自分の望んだ通りの小さなウサギの石像へと変わった。これをうまく活用すればさまざまな道具を入手できる。ちなみに、リペアの時もそうだったが、クラフトというかけ声も誰かに教わったわけではなく、能力を使用する際に自然と頭の中に浮かんだものだ。
「便利な物だな。強度も問題なさそうだし……この調子で、三人分の個室が用意できるよう進めていこう」
まずは各人が落ち着いた時間をすごせるように個室を用意することにした。
例の神樹から近い位置にある部屋。何年も放置されていたため荒れ放題となっているが、ここもトアの力で瞬きをする間に綺麗な姿へと早変わりする。
「我ながら……さすがに驚くな、この能力」
掃除がいらないから便利だ、というのが現段階での自己評価――だが、トアには自分に与えらられたジョブである《要塞職人》の底知れぬ力を感じ取っていた。
具体的にどう凄いのかは説明できない。漠然とした感覚的な話だが、そもそもジョブを持った者の多くはこんな感覚になるらしいというのは座学の授業で耳にしていたので特に驚きはなかった。
「さて、と……さすがにまだクラーラたちは戻ってこないよな」
能力を把握しながらじっくりと物事を進めていこうとしたのだが、一時間とかからず三人分の部屋が用意できた。
驚いたのは修繕だけでなく、さまざまな道具を生み出せるということだ。
そこら辺に放置されている木々に手を添え、イス、机、そしてベッドやクローゼットといった家具の形状を頭に思い描いて「クラフト」と唱えると、あっという間にその家具が完成してしまうのだ。
「職人いらず――ていうか、俺が職人か」
これまで戦い方やそれに準じた知識しか持ち合わせていなかったトアにとって、「物作り」という作業は新鮮で楽しかった。事前知識や技術がなくとも、簡単手軽に造れるというのもあるだろう。
個室が完成したあとは時間が余ったのでもう一つ部屋を造ることにした。
それは調理専用の部屋――キッチンだ。
ここは木造ではなく石造りにしようと思い、これまたそこら辺に落ちている手頃な石を使用する。
「クラフト」
まずは調理台。次に調理器具。慣れてきたので、完成した料理を食べるために必要な皿とナイフにフォーク、そして長机とイスも用意した。
リペアとは違い、ゼロから物を生み出す場合は素材となる物が必要となるが、それは石だったり木だったり、手軽な物で十分だ。
そんな調子で造り続けていくうちに、トアはある不安を覚えて手を止めた。
物作りが楽しくてすっかり失念していたが、能力を使用するには魔力が必要になる。扱える魔力の数値は生まれ持ったもので個人差があり、トアは平均よりやや高いくらいだ。
能力を使い続ければ魔力が尽きる。魔力が尽きたら絶命するというわけではないが、とてつもない疲労感に襲われる。これはトアも養成所時代に経験があった。
少し張り切りすぎて魔力をかなり消費したのではないか――そういった不安があったが、今のところ体に目立った変調はない。
「それほど魔力を使わないのか?」
疑問に感じたが、それはすぐに解消された。
目の前にある天を貫くほどの巨大な樹木――神樹ヴェキラ。
膨大な魔力を生み出すその神樹は、終戦と同時にやむなく廃棄される流れとなった。それがトアの能力によってよみがえり、今も膨大な魔力を生み出している。その魔力の大半は、よみがえらせた張本人であるトアへと供給されていた。
「凄い……体の奥底から魔力が湧き上がってくる」
これまでに感じたことのない力。
今ならなんでもできそうだ――そんな自信を漲らせてくれる。
「よーし、まだまだやれそうだな。もっといろいろと試してみよう」
神樹の力によって魔力をほぼ無限に供給できるようになったトアは、俄然ヤル気になってさらなる効果を研究しようとするが、外から何やら物音がしてきて一旦作業を中断する。
「帰ってきたかな?」
夢中になって作業をしていたが、すでに西日が差す時間帯となっていた。今日はここまでにしておこう。
狩りに出ていたクラーラとフォルを出迎えるため、トアは要塞の外へ。同時に、溢れ出るほどの魔力の供給が止まった。
「要塞から出ると魔力の供給はなくなるのか……」
その辺、自律型甲冑兵のフォルと同じ仕様らしい。
「ったく、手間取らせてくれたわよね」
「それでも、最後の踵落しは見事でしたよ。森の賢者と呼ばれるエルフ族とは到底思えない豪快な一撃でした」
「やーね! そんなに褒めても何もないわよ?」
「褒めたつもりではなかったのですが」
微妙にかみ合っていない会話をしながら、クラーラとフォルが帰還。二人は出発の際に持っていった縄で仕留めた獲物を縛り上げ、そのまま持ち帰ってきたようだ。
「おかえり、二人とも――って、どわあっ!!」
二人が仕留めてきた獲物を見て驚愕するトア。
それは体長五メートルを越える超巨大な牛だった。
「ただいま、トア!」
「ただいま戻りました、マスター」
平然と手を振りながら戻ってきた二人。引きずっている獲物のサイズとは不釣り合いなのほほんとしたリアクションだった。
「いやいやいや! どうしたの、それ!」
「晩ご飯」
「これは金牛といって、食肉用に品種改良された牛です。通常の牛よりも短期間で成長し、肉は脂が少なく赤身が多いという特徴があって――」
「そうじゃなくて! どうやってそんな大物を!」
「剣で」
「魔法で」
オーバーリアクションのトアに対し、二人は淡々と答える。
だが、よくよく考えたら、一人は《大剣豪》のジョブを持つエルフ族で、もう一人は神樹から得られる魔力によって動く全自動甲冑兵。実力があり、おまけにキャラも濃いこの二人が力を合わせたら、大体のモンスターは退けられそうだ。
「クラーラ様は本当に凄かったですよ」
「へぇ~」
「暴れ回る金牛をご自慢の剣技とお得意の体術であっという間に仕留めたのですから」
「いや~」
照れるクラーラ。
「仕留めた金牛を見て、『トアは喜んでくれるかな? えへへ』とはにかんだ笑みを浮かべる姿は齢数百を数えるエルフといえどまさに少女らしい一面であり――」
「バラすなって言ったでしょうがあああああっ!!!」
クラーラの強烈な回し蹴りがフォルの兜にヒットし、ガンガンと音を立てて吹っ飛んでいった。ボディだけになったフォルは頭を追いかけて走り出す。
「はあ、はあ、はあ……」
息を荒げるクラーラを見て、トアは決意する――聞かなかったことにしよう、と。
「さ、さあ、とりあえず中に入って。個室は造ったし、あとサプライズで他にも造った部屋があるんだ」
気を取り直して、トアは改装した部屋をお披露目するためクラーラを要塞内へ案内する。
「うわっ! すごっ! このキッチン、トアが造ったの?」
「見事なお手並みですね」
「こっちは個室? 広いし、家具も揃っているじゃない! これ全部あなたが造ったの?」
「驚きましたね。よもやこれほどまでとは」
トアの案内で要塞内に入ったクラーラは、能力を駆使して造り上げたキッチンと個室を見て感嘆の声を上げた。いつの間にか兜をつけて戻ってきたフォルも驚きを隠せない様子。
先ほどのクラーラではないが、なんだか照れ臭かった。
ジョブが《洋裁職人》と勘違いされた後は、周りの目が気になって心身ともに大きく疲弊していったのだが、今、こうして自分の能力を褒められている現実は、なんだかくすぐったく感じる。
「これだけ立派なキッチンを用意していただいたのでおいしいご飯を作りましょう」
「え? フォルは料理できるのか?」
「そういった仕様です」
「便利な仕様だなぁ」
「わ、私だって料理くらいできるわよ!」
なぜか対抗意識を燃やすクラーラだが、どう考えても無理そうだ。
「例えばどれくらいできる?」
「斬る! 焼く! 食べる!」
「それは料理と言わないぞ」
とりあえず、クラーラにキッチンを使わせない方向で話は固まった。
◇◇◇
フォルの料理の腕は一級品だった。
出されたメニューは金牛のステーキ。
地下にある神樹の周りにできた池の水は飲料水としても使用できるらしく、井戸代わりになるとのこと。そこから得た水と、周辺に自生する木の実を利用してステーキ用の特製ソースまで用意していた。
「では、お召し上がりください」
「おいしそうだ。いただきます」
「いただきます。……て、あんたエプロン付ける意味あるの?」
「雰囲気です」
トアとしてはあえてツッコミを入れなかったのに、どうしても気になったクラーラが言及する。ただまあ、その気持ちは痛いほど分かった。甲冑がエプロンを着ている光景はシュールを通り越して前衛芸術的なオーラさえ感じる。
深く掘り下げると負けた気がするので、とりあえず料理を口にする。
「っ! うまっ!」
噛むたびに溢れる肉汁。
脂身が少ないためしつこくなく、添えられたソースの酸味も相まって飽きが来ない。
「……悔しいけど、本当においしいわね」
「気に入っていただけたようで何よりです」
クラーラも素直に味を褒めていた。
フォルは食事をとる必要がないため、トアとクラーラでステーキに舌鼓を打っていたが、唐突にフォルが立ち上がり、何やら外を見つめている。まだ壁やら天井は修繕できていないので諸々筒抜け状態であったが――それがよろしくなかったようだ。
「弱りましたね」
「どうかしたのか、フォル」
「マスター……僕は今、自分の料理の腕を呪っています」
「? なんだよ、急に」
「僕の作った料理を目当てに――モンスターが集結しつつあります」
「「はあっ!?」」
トアとクラーラは同時に大声を発する。
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