第4話 目覚めた力
フォルの後を追って要塞の地下へと下りたトアとクラーラ。
薄暗い廊下を真っ直ぐに進むと、そのうちに「ピチャピチャ」と水が滴るような音が聞こえてくる。さらに歩いていくと、やがて開けた空間へと出た。
「うおっ!」
「わあっ!」
そこへ到達したトアとクラーラは驚きに目を丸くした。
広い空間の真ん中部分に陣取る巨大な樹。金色の粒子を纏い、幻想的な雰囲気が辺りに漂っている。
あまりにサイズが大きすぎるため、地下にありながらも上部分は完全に外へと出てしまっている。
ここで、トアは昨日見た塔のような建築物を思い出した。位置関係からして、この巨大な樹を見間違えていたのだろう。雨が降り、視界が悪かったからそう見えていたのだ。
「す、凄い……」
「え、ええ」
「あの金色のオーラみたいなの、全部魔力だ」
「一応、魔法は扱えるから分かるけど……相当ヤバい量ね」
「ああ、ヤバい量だ」
トアとクラーラはその迫力に圧倒された。
これまでに見たことないほど大きな幹に、地を這う太い根。その周辺には水が溜まり、池のようになっている。
「これは雨水か?」
「いえ、地下から湧き上がってくる天然水ですよ」
声のした方向へ視線を移すと、樹を見上げているフォルの姿があった。
「やっぱり、復活していますね」
「復活? ……あ、じゃあ、こいつがフォルの言っていたアレか」
「そうです。神樹ヴェキラ――莫大な魔力を生み出す樹です。百年前に役目を終え、要塞と共に廃棄されました」
「廃棄? 膨大な魔力を生み出し、神樹とも呼ばれるほどの樹を利用しようとは思わなかったのか?」
「ここはハイランクモンスターがうようよいる危険地帯ですからね。彼らに対抗できるほどの力を持った者以外が足を踏み入れたら、まず生きては戻れません」
「え……? そうなの?」
恐る恐るクラーラの方を見ると、「え? 知らなかったの?」と返された。一歩間違って先にモンスターと遭遇していたら間違いなく死んでいただろう。
「それに、そうそう扱える人なんかいませんからね。少しでも誤った対応をすれば、逆にこの樹に命を吸い取られ、養分となってしまいます」
さすがにノーリスクで莫大な魔力を得られるとはいかないようだ。
「ここの魔法関連の責任者は終戦後に戦犯として連合軍側に身柄を拘束されました。連合側は司法取引として、この神樹の扱い方を聞き出そうとしたようですが、その責任者の男は牢獄で自害したそうです」
「どうしても利用されたくなかったってわけか」
「それ以降はこの神樹を管理できる者がおらず、結果として魔力が尽き、供給がストップしたのです」
「それであんたも動けなくなっていたのね」
「ええ。ですが、今はこうして動けています」
それが意味するもの――それは何者かのジョブの効果によって生まれた奇跡。
クラーラにはすでに《大剣豪》の適性がある。となると、残ったのはトアのみだ。
「この樹の輝きをこうして再び目の当たりにできる日が来るなんて……これもすべてはあなたのおかげです」
「フォル……」
「まあ、僕、目はないんですけどね」
「…………」
会話のどこかでボケないといけない命令でも受けているのだろうか。
「まあ、それはさておき、やはり神樹の復活にはあなたが大きく関わっているということで間違いなさそうですね」
「俺が……神樹を……」
「でなければ、僕はずっとここで朽ち果てたままでした」
魔力を失い、死んだはずの神樹がトアの《要塞職人》の能力によってよみがえり、それに伴って魔力供給が再開されたためにフォルも以前のように動き回れるようになった――ということらしい。
「もっとも、僕だけよみがえってしまっても、もう守るべきマスターはこの世にいない……なので、誠に勝手ではありますが、あなたを次のマスターとして認識することにしました。ちなみに拒否権はありませんのであしからず」
「……まあ、君といると退屈はしなさそうだからいいけどね」
「最上の褒め言葉、ありがとうございます」
こうして、自律型甲冑兵士フォルは、トアを正式にマスターとすることとなった。
トアとフォルが握手を交わしていると、蚊帳の外状態だったクラーラが唐突に叫ぶ。
「なるほど! つまりトアがこの要塞をよみがえらせているってわけね!」
今頃になってようやく理解したらしい。
エルフ族は知性が高いという話だが、クラーラからは「アホの子」の資質が見え隠れしているように思える。
――気を取り直して。
その言葉を受けて、トアは自身の能力について理解を改める。
「《要塞職人》……それが俺の本当のジョブか」
「過去に例を見ない未知なるジョブですね。一体何ができるのか……手当たり次第にいろいろと調べてみてはどうでしょうか」
「あ、ああ……」
フォルはそう勧めてくれた。
最初はいまひとつピンとこなくて気持ちの高ぶりは少なかったが、徐々にそれを実感すると胸の奥が熱を帯びたようになってくる。
だが、トアには気になることがあった。
「なあ、フォル」
「なんでしょうか」
「俺のジョブは理解できた。……でも、要塞をよみがえらせたとしても、俺は別にどこかと戦争をしようなんて思わないし、ここを軍事拠点として利用しようなんて思わない。この力を使って、どこかの国に取り入って世界を支配しようなんてことも思わない」
要塞の機能をもっとも発揮させることができるのは――戦争だろう。
だが、トアにはそれを仕掛けようとする気持ちは微塵もない。
「だから悪いけど、俺はこの要塞を――」
「住めばいいんじゃない?」
「……何?」
振り返ると、クラーラがキョトンとした顔でこちらを見ていた。まるで「え? なんでそうしないの?」と、当たり前の発言だと言わんばかりに首を傾げている。
「い、いや、住むって……」
「今はもう要塞を使用するような規模で国家間が争うこともないんだし、どうせ誰も使う気がないから何年もずっと放置されていたんでしょ? だったら私たちで有効利用しましょうよ!」
「私たち」と、ちゃっかり自分を含んでいるところにしたたかさを感じるが、正直、クラーラのように明るい子がいてくれれば、仮にこれからここで生活をしていくのにありがたい存在となるだろう。
「クラーラ……今、私たちって言ったよな?」
「え? そ、そうだったかしら? ま、まあ? 私も住んでいた村を追い出された身なわけだし? まだ住む場所は決まっていないし? あなたがどうしてもというのならここに住んであげなくも――」
「よろしく頼むよ。じゃあ、いろいろと見て回ろうか。フォル、案内してくれ」
「お安い御用ですよ、マスター」
「最後まで聞きなさいよ!」
クラーラの猛抗議をサラッと流して、トアは神樹の間をあとにする。地上へと戻ると、昨日の豪雨が嘘のような青空に出迎えられた。
「それで……具体的には何から始めようか」
「とりあえず、寝る場所を確保しておいた方がいいんじゃない?」
「それもそうだな。――よし」
トアは一度深呼吸をしてから目を閉じた。
自分の内側に眠る力を使う――これは知識というより感覚が必要となる。自分が何をしようとして、そのためにどんな力が必要なのか。それが肝心だ。
例えば、水系魔法に適正がある魔法使いのジョブを持つ者がいたとして、その者が水魔法を使用する際には水のイメージを頭の中に思い描いて魔力を錬成する。
トアの場合はそれが要塞になる。
試しに、たまたま目に入ったボロボロの石柱を修復することにした。損傷がひどく、もう柱としての機能を果たしていないほどであるが、トアはまるで誰かに導かれるようにしてその石柱に手を添えた。
誰かにやり方を教わったわけじゃない。
ジョブがあれば、何をどうすればいいか本能的に分かる。トアが自然と石柱へ手を添えたということは、そうすることが正しい方法であると本能が教えている証拠であった。
今思えば、最初のベースもこれに該当する。
「いくぞ……」
トアは掌に意識を集中させる。そして、
「《修繕(リペア)》」
そう唱えた。
すると、先ほど地下で見た神樹ヴェキラが纏っていたようなオーラが自分の体を包み込んでいく。
初めての感覚だった。
これが、自分に与えられた能力を使うという感覚なのか。
その感覚を味わっていると、背後からクラーラの声がする。
「凄いわ! あっという間に石柱が元に戻った!」
驚きの声に反応して、トアは閉じていた目を開ける。クラーラが言った通り、今、自分が手を添えている石柱は、まるでついさっき建てられたかのように傷一つない完璧な状態へと復元されていた。
「お見事ですね。これがあれば、このディーフォルは完全な姿を取り戻せます」
「ああ。全体を修復するにはかなりの時間がかかりそうだけど、俺たちが休める個室くらいならすぐにできそうだな」
フォルが拍手をもってトアの能力を称えた。
人に褒められるという行為があまりにも久し振り過ぎて、妙な照れが生まれてしまったトアはどうしていいかわからず鼻をポリポリとかいた後、「う、うぅん!」と咳払いをしてから話し始める。
「よし、ここからは作業を分担しよう」
「そうね!」
「なんなりと申しつけてください」
ポンコツエルフに自律型甲冑という濃いメンツと共に、トアはディーフォル要塞のリフォームに向けて始動した。
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