第3話 正体不明の案内人

「どわあああああああああああああっ!?」


 目の前に立っている西洋甲冑に驚き、叫び声をあげるトア。


「な、何! 何が起きたの!」


 つられてクラーラも飛び起きた。


「? 何を驚かれているのですか、マスター」

「むしろ驚かないって選択肢はないよ!」

「朝から騒がしいわね――って、な、何よそいつ!」


 なんの前触れもなく現れた西洋甲冑に対し、クラーラは剣を抜いて臨戦態勢を取る。


「お二人揃って失礼極まりないですね。まるでバケモノでも見たかのような反応じゃないですか」

「まさに今その心境よ!」


 クラーラの絶叫に、トアは激しく首を上下に振った。


「まずはその兜を取って顔を見せなさいよ! それが礼儀ってモンでしょ!」

「初対面の相手に剣の切っ先を向けている人が言うセリフとは思えませんね。……ですが、一理あります。それでは――」


 西洋甲冑に身を包んだその人物が兜に手をかけて外す。


「「!?!?」」


 直後、トアとクラーラは言葉を失う。


「いかがでしょうか?」


 右手に兜を持ったその人物の素顔は――なかった。


「か、顔がない!?」

「どうなっているのよ、あんたの体!」

「すいません、中の人は目下のところ捜索中なんです」


「はっはっはっ」と笑い飛ばすボディなしの西洋甲冑。中に着込んでいる人間がいないのに動き回り、挙句の果てには会話までしている。遭遇したことのない存在を前にパニックとなるトアとクラーラであったが、先に冷静さを取り戻したクラーラがあることに気づく。


「その甲冑に刻まれているのは――魔法文字ね」

「おや、もうタネがばれましたか。ご指摘の通り、僕はこの甲冑に刻まれた魔法文字によって動く自律型の甲冑兵士です」

「魔法文字? 自律型甲冑兵士?」

 

 聞き覚えがある。

 これも、聖騎隊養成所時代に座学で得た知識だ。それによると、魔法文字とは、文字に魔力を込めてさまざまな命令を実行させるものらしい。そして、かつて帝国側では深刻な兵士不足になり、中に人を入れず、自分自身で戦う甲冑兵士を造り上げようとしていたとか。

しかし、実際に計画は失敗に終わったと教本には書いてあった。そもそも、甲冑サイズの物体を、それも自我を持って行動するように命令するような魔法文字は聞いたことがない。

 それはクラーラも同じのようだった。


「でも、いくら魔法文字だからって、あんたみたく自由奔放に振る舞うように命じるなんて聞いたことがないわ。……さてはモンスターね?」


 下ろした剣を再び構えるクラーラ。

 喋る甲冑は兜を定位置に戻して両手をあげた。敵意はないという意思表示らしい。


「まあまあ、落ち着いてください。僕に戦う意思はありませんし、モンスターの類でもありません。僕はある人物にここを守るよう命じられていた者です」

「ある人物? ここを守る?」


 トアは首を傾げた。

 ここは建築途中で終戦を迎えた要塞。守るも何も、まだ完成していないのだからそのような役目は必要ないはず。それとも、完成を前にこの自律型甲冑兵を配置したというのか。


「その人物って?」

「今は亡き皇帝陛下です」

「! 帝国の……じゃあ、君の仲間は?」

「まだ試験的に導入されていた段階でしたので、量産化には至っておりません。なので、残念ながら僕だけです」


 そう語る時だけちょっとテンションが低かった。


「じゃあ、あんた一人でここを守っていたってこと?」

「ええ。ただ、約百年前に終戦を迎えると、僕への魔力供給は断たれてしまったため、ずっと休眠状態が続いていました」

「そこから目覚めたってことか? いつ?」

「昨夜です」

「昨夜!?」


 最近どこから下手するとついさっきの出来事だ。


「もしかして、俺たちが来たことが何かきっかけになっているのか?」

「あなた方というか、あなたのおかげなんですよ、マスター」


 甲冑はトアへ視線を移し、そう言った。


「俺?」

「そういえば、さっきからトアのことをマスターって呼んでいるわよね。あなた、何か心当たりはないの?」

「い、いや……」


 皆目見当もつかない。

 可能性があるとすればジョブによる効果――だが、トアのジョブは《洋裁職人》なので、自律型甲冑兵を自在に操るなんて大それたマネはできない。


「あなた……実はとんでもない能力を隠し持っているんじゃない?」

「いやいやいや、俺のジョブは《洋裁職人》っていうなんの役にも立たないものだよ」

「《洋裁職人》? 聞いたことがありませんね」


 甲冑がそう言うのも無理はない。

 なぜなら、これまで何千人という兵士の適正職診断を行ってきた歴史があるフェルネンド王国の神官たちでさえ、誰も耳にしたことがないジョブだったのだ。


「ですが、僕には分かります。マスター……あなたのおかげで僕は百年ぶりに目覚め、こうして再び要塞内を歩き回ることができているのです。もう絶対に無理だと諦めていたことが可能になったのです」


 オーバーリアクション気味に感謝を伝える甲冑。

 ははは、と苦笑いをしつつ、トアはクラーラへと視線を移す。彼女は何やら考え込んでいるようで、顎に手を添え、「うーん」と唸っていた。


「何かあった?」

「……私、思ったんだけど。あなたのジョブって《洋裁職人》じゃないんじゃない?」

「へ?」

「でなくちゃ、この甲冑が百年ぶりに動けるようになって、あなたをマスターって呼んでいる理由が説明できないわ。こちらをからかっているようには見えないし」

 

 クラーラの指摘はもっともである。

 だが、トアには本当に心当たりがなかった。

 しかし、次のクラーラの言葉が大きな衝撃を与えることになる。


「あなた……自分の能力を使った経験はある?」


 ハッとなるトア。

《洋裁職人》――字面だけでやれることが限られそうだし、そもそも裁縫などの細かな作業は苦手なトアにはうまく使いこなせない代物。

 だが、それは使いこなせていないのではなくて、そもそもそんな能力は最初から使えないのだとしたら。使えないというか、存在していないのだとしたら。甲冑が言ったように、この要塞に関わる別の能力なのだとしたら。


「……うん?」


 トアの頭の中で、限りなくゼロに近いだろうが、もしかしたらそうなのかもしれないという薄い可能性が浮上した。



「洋裁」職人。

 ようさい職人。

「要塞」職人。



 あの時――適性検査の現場で最初に「ようさい=洋裁=服飾関係」という式を口にしたのは同じ養成所を出た同期の人間。これまでに例のないジョブだったため、言葉の意味が「洋裁」で変換され、それを口にし、それが周囲に伝播していった結果、トアの能力が服飾関係だと結論付けられたのではないか。

 その可能性は十分に考えられる。


「もしかしたら……いや、でも、そんな都合のいい話が」

 だが、自分が壁に手を当ててベースと呟いてから事態は大きく動いている。

 まったく関連がないという方向へ結びつける方が難しい。


「でしたら確かめにいきましょうか」


 事もなげに言い放つ甲冑。


「確かめるって?」

「マスターのジョブが《洋裁職人》ではなく《要塞職人》の方だとしたら、この要塞内に眠るアレを復活させた可能性が極めて高いと思われます。僕への魔力供給が再開したのも、アレの復活が欠かせませんからね」

「「アレ?」」


 トアとクラーラは同時に首を傾げた。


「おや? ご覧になっていませんか? アレは外から見てもかなり目立つサイズだと思うのですが」

「勿体ぶってないで教えなさいよ」

「まあ、実際に見た方が早いでしょう。こちらへ」

「あ、ちょっと待ってくれ――フォル」

「え?」


 トアが甲冑を呼び止める。

 その際に使用したのは「フォル」という名前。


「フォル……それは僕のことでしょうか」

「ああ。いつまでも甲冑じゃなんだか可哀想な気がしてな。君は僕らと会話をすることで意思の疎通が図れる。人間と大差がない。だから、名前を付けようと思って」

「でも、なんでフォルなの?」

「ここは無血要塞ディーフォル。だからフォル」

「安直ねぇ」


 クラーラは呆れた感じで言うが、当のフォルはまったく異なる反応であった。


「フォル……素晴らしい名前ですね。大変気に入りました。今後はフォルと名乗ることにします、マスター」


 自律型甲冑兵のフォルはこうして名前を手に入れた。



  ◇◇◇



 フォルの案内でトアたちは要塞の西側へ向かって歩き続ける。


「なあ……そのアレっていうのがあるのはまだ先か?」

「まだちょっとかかりますね」


 トアの適正職診断の結果が正しかったのかどうか、その真意を探る鍵となる「アレ」――それを求めて要塞内を移動するトアたち。


「それにしても……」


額にたまる汗を二の腕で拭う。

 歩いてみてさらに実感がしたが、この要塞は本当に広い。養成所時代、個人的に興味があったので調べてみようとしたが、未完成のまま放置された要塞だけあって詳細な記録は残っておらず、建物の内部構造はおろか具体的な敷地面積さえ不明であった。

 そのことを思い出すと、途端にこの要塞への興味が増し、キョロキョロと辺りを見回してみる。

一方、疲れ始めたクラーラは文句を言い始める。


「ねえ、いつまで歩くつもり?」

「間もなく到着しますよ」

 

 不機嫌そうに尋ねるクラーラを軽くあしらった直後、フォルの足が止まる。


「着いたのか?」

「いえ、ここから下へ行きます」


 フォルが指さした先には地下へと通じる階段が。


「え? 下へ? ……大丈夫なんでしょうね」

「ご安心を。あなた方を取って食べようなんてしませんから」

「いまいち信用できないのよねぇ……少しでも変なマネしたら斬り捨てるから」

「ご自由に」


 フォルはそう言い残して階段を下りていく。


「……行こう」


 トアはほんの数秒躊躇ったが、自分に与えられた本来の能力が分かるかもしれない、とフォルの後を追う。

 

「ちょ、ちょっと! 置いて行かないでよ!」


 さすがに一人取り残されるのは嫌だったのか、クラーラは急いでトアの背中を追った。

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