第52話 中の人
フェルネンド王国に不穏な動きが見える中、そんな事情を知らないトアたち要塞村の面々は近づきつつある冬に向けた対策を練っていた。
参加者はトア、エステル、クラーラ、マフレナの四人だ。
「農場の方はリディスさんたちが寒さに強い野菜を育てているそうなので問題なさそうね」
「問題は漁の方よね。この時期はあまり魚が獲れないみたい」
「わふぅ……メルビンさんたちも『面目ない』って落ち込んでいました。メルビンさんたちは何も悪くないのに……」
「じゃあ、モンスター組のみんなに冬の間、別の仕事をしてもらうことにしよう」
トアの提案に他の三人は「賛成」と声を揃える。
「そういえば、前にファグナス様が言っていた新しい町っていつ頃出来るの?」
クラーラの言葉を受けてトアは数日前の出来事を思い出した。
オーレムの森から帰還した翌日――月に一度の報告のためファグナス邸を訪れたトアに、当主のチェイス・ファグナスはこう提案していた。
『実は、鋼の山の他にもうひとつ鉱山が発見されたんだ。枯れ泉の魔女殿を経由し、ガドゲル殿に相談した結果、そちらは自由にしてよいという承諾を得たので、近々炭鉱の町を新しく造る予定でいる。ただ、場所が場所だけに、モンスターの襲撃が予想されるため、自警団を組織しようと思うのだが、できれば君の村からも数名こちらに参加をしてもらいたい。もちろん相応の報酬は払う』
信頼できるファグナスの言うことなので約束を反故にすることはないだろう。
トアは、冬場については町の自警団にモンスター組を推薦することにした。モンスターということで町人から警戒されることもあるだろうが、人間の言葉を話し、礼儀作法も心得ている彼らならばすぐに打ち解けられるだろう。
早速この話をモンスター組に持ちかけると、全員が「是非!」と乗り気であった。とりあえず町が完成するまでまだ時間がかかるので、それまでは牧場や農場の手伝いに回ってもらうことに。
不漁への対策を講じたところで、トアは要塞内部の修繕作業へと取りかかる。
多くのエルフたちが移り住み、彼らの住まいを要塞内に用意したのだが、これからまた住人が増える可能性もあるということで少しずつ空き部屋を使えるように直していかなくてはと思い立ち、最近はこちらに力を入れている。
エステルたちもそれぞれの持ち場に戻り、午後からの仕事に精を出すぞと気合を入れ直したトア。そこに、声をかけるふたりの女性が。
「ああ、探しましたよ、トアさん」
「トア村長、悪いが少し付き合ってもらえないか?」
ジャネットとシャウナだった。
「? 珍しい組み合わせですね」
「そうですか? 割と顔を合わせていますよ、私とシャウナさん」
「地下迷宮を探る冒険者として、フォルの改装計画に関する書類を集めているからね」
「あ、じゃあ、もしかして僕を呼んだのって……」
「そうだ。――フォル改装計画の第一段階がつい先ほど完成した」
「ドワーフ工房でフォルも待っています。来てくれますか?」
「もちろんだよ」
以前話に出ていたフルアーマー・フォルの計画。
ジャネット曰く、フォルを本来旧帝国が望んでいた完璧な形にするには、少なくとも五枚はあると思われる改装設計図が必要とのこと。
すでに一枚は見つけており、シャウナが先日地下迷宮へ潜った際に二枚を見つけてきたのだという。そして、その二枚の設計図をもとにして、ジャネットがフォルの改装に成功したと報告に来たのだ。
早速、トアはドワーフ工房へと向かう。
そこにはフォルの姿が――しかし、外観からは目立った変化が見られない。
「? どの辺が変わったんだ?」
「主な改良点はここですね」
首を傾げるトアへ、フォルは改装部分である胸部を指さした。そして、その部分をパカッと開いて中身を見せる。
「! そこって開閉式だったのか!?」
「そうなんですよ。定期メンテナンスの際に見つけたんですけど、最初は中身がなくて、『なぜこんな空間が?』と疑問に思ったのですが……設計図の発見によってその謎がようやく解けました!」
ジャネットが胸を張ってフォルの胸部に埋め込まれたパーツを指さす。
それはピンク色に輝く大きな鉱石のように見える。
「これがフォルの新装備?」
「ええ。言ってみればこれはフォルの心臓です。これまでは神樹の魔力が届く要塞近辺でしか自由に行動できませんでした」
「確か、要塞外での連続稼働時間は五時間なんだっけ?」
「そうです。ですが、改装設計図に記載されていた方法を採用することで、見事この胸部に埋め込まれたパーツの効果で要塞外でもほぼ自由に行動が可能になったのです!」
「そ、それは凄い!」
オーレムの森など、遠征をする際には稼働時間の関係で留守番を余儀なくされてきたが、これからはフォルも遠征に帯同できる。
「魔力を蓄えて供給できるアイテムってこと?」
「はい。神樹近くの地底湖にこのアイテムを浸し、十分魔力を吸収してから設置しています。先ほど『ほぼ自由』といったのは、この吸収した魔力が尽きるまでの時間です」
「それはおよそどれくらい?」
「約十年ですね」
「! なるほど、それなら当面は大丈夫だね」
フォルの要塞外での活動におけるウィークポイントはこれで完全改善となった。
すると、今度はシャウナが口を開く。
「さて、盛り上がっている最中ではあるが、ここでもうひとつ盛り上がる品物を提示しようかな」
「え? まだ何かあるんですか?」
「まあね。ただ、これは地下迷宮でお披露目といこうか。――アイリーン嬢にも大変関係の深いモノだからね」
「アイリーンにも?」
地下迷宮に閉じ込められているテンション高めの幽霊アイリーン。
彼女とも関係のあるシャウナが見つけたモノ。
その正体を知るため、トアたちは地下迷宮へ移動する。
◇◇◇
「あら? 今日は随分と大所帯ですのね」
冒険者たちの控室になっている地下迷宮の第一階層の看板娘となっているアイリーンが、いつもよりたくさんのメンツを引き連れてやってきたシャウナに驚いた様子だった。
「やあ、アイリーン。今日はちょっとお土産を持ってきたんだ」
「お土産?」
「そうだ。フォル、君もこっちへ来てくれ」
「はい」
ふたりが近づいてきた頃合いを見計らい、シャウナは目の前にあるテーブルへ一冊の本を置いた。表紙には「アラン・ゴードル」という著者と思われる人物の名前しかない。
「アラン・ゴードル……」
その名にいち早く反応したのはアイリーンだった。
「知っているのかい、アイリーン」
シャウナが尋ねると、アイリーンは顎に手を添え、しばらく思案した後にゆっくりと口を開いた。
「名前だけなら……この要塞にいた兵士さんの会話に何度か出てきたはずですわ」
「そうか。フォル、君はどうだい?」
「僕はサッパリですね」
フォルの方は見当がつかないらしく、肩をすくめて首を横へ振った。
「では、中身を見てみることにしようか」
ぺラリとシャウナが表紙をめくる。
指名されたフォルとアイリーン以外にも、トアやたまたま居合わせたテレンスたち冒険者たちも興味深げにのぞき込んでいた。
内容から察するに、どうやらこの本はアラン・ゴードルという人物の日記らしい。それも義務的に書かれたものではなく、個人的に書かれたもののようだ。
『今日からここが俺の職場になる。いつ完成するかも分からん名も知らない要塞だが、国家反逆罪ってことで牢獄にぶちこまれ、腐りかけの飯を漁るよりかはずっとマシな生活を送れるだろう。そういやいつだったか、兵団長が言っていた自律型甲冑兵士とやらをここで造っているとかなんとか。相変わらず上の連中は戦うことしか頭にないらしい。飢餓とか浮浪児とか、もっと解決を優先すべき問題はあるだろうに』
『記念すべき俺の最初の任務は餌やりだ。……いや、餌やりなんて言われたものだからてっきり実験用の動物でも飼っているのかと思いきや、普通の女の子じゃねぇか。しかもこの子はあのクリューゲル家の娘さんらしい。父親に和平路線を推奨したが、反逆者扱いを受けてここにぶちこまれたとのことだ。どうやったらあんなクソジジイからこんなまともな子が生まれるんだ? 本来ならば彼女のような存在が政治の表舞台に立つべきだ』
「……このクリューゲル家の娘って、もしかしてアイリーンのことか?」
「彼はアイリーン様の食事当番だったようですね」
トアとフォルはアイリーンへと視線を移す。
アイリーンは手で口を押え、少し震えていた。
「この日記の……少々乱暴な語り口……おじさまにそっくりですわ」
「や、やっぱり……じゃあ、このアラン・ゴードルって人はつまり――」
「僕の……中の人?」
フォルは再び視線を日記へと移す。
『今朝方、本隊から新しい装備の補充が届いた。が、俺はそれを突っぱねた。装備っていうのは何も新しけりゃいいってもんじゃない。武器でも防具でも、使い慣れた相棒とも呼べる存在があってこそだと俺は思う。だから、俺は新しい甲冑より、使い慣れた相棒にまだまだ働いてもらうつもりだ』
「! この相棒って絶対にフォルのことだよ!」
「この方が……僕の中の人……」
さらに読み進めていく。
『本隊から招集がかかった。戦争に反対した俺を国家反逆罪だなんだといってここへ押し込めておきながら戦況が不利になった途端、掌を返してきやがった。そりゃあれだけあちこちにちょっかいかけてりゃ反感買うに決まっている。子どもでも分かりそうなものだ。子どもといえば俺は当然招集を断ったんだが、あいつらは従わなければ元部下の子どもたちを兵に仕立てるを言いだしやがった。あいつらの子どもってまだ七、八歳だぞ? 一番大きくても確か十歳だったはずだ』
「そんな小さな子どもまで、戦場へ送りだそうとしていたなんて」
「思えば、終盤の帝国側は行動のほとんどがやけっぱちに見えたなぁ……」
過去に思いを馳せているシャウナだが、そんな彼女に対する記述もあった。
『しかしあの八極って連中は何者だ? 特にあの黒蛇の女はやべぇ。たったひとりで三千人はいた部隊を全滅させやがったぞ。できればもう二度と戦いたくないものだ』
「…………」
「レディに対してそのような視線を送るのは失礼だぞ、トア村長」
「し、失礼しました」
いつも女子にセクハラ言動を働いてはいるが、改めてシャウナが八極の一員であることを知らされる一文だ。
気を取り直してさらに読み進める。
『仕方がないので出撃の準備を整えていたが、あいつら俺の大事な相棒を自律型甲冑兵の試作機として実験に使用するから新しい甲冑に変えろと言ってきやがった。なんでも、優れた兵士の甲冑ならば戦闘能力も高いだろうとかいう訳分からん理由だ。俺が優れた兵士って部分には大いに賛同するが、そんな理由で相棒は譲れない。抵抗を試みたが、結局それは無駄な足掻きだった。まあいいさ。どうせこの戦いで帝国は負ける。そしたらこっそりここへ戻って、相棒を回収していこう。それまで待っていてくれよ』
『とうとう出撃の朝が来た。この日記も今日で最後になるだろう。相棒は地下施設へと移送されたようだ。相棒だけでなく、あのアイリーンという少女も、すでにいつもの部屋にいなかった。できれば、最後の挨拶くらいはしておきたかったが残念だ』
――ここで、日記は途絶えている。
トアたちが読み終えたと察したシャウナが追加情報を告げた。
「そのアラン・ゴードルという人物について調べてみたが……戦死者リストの中に名前は載っていなかった。運良く生き残ったか、或は――」
「末端兵の情報はすべて載っているわけではありませんからね。もしかしたら見つかっていないだけで、今もどこかに彼の亡骸があるかもしれません」
日記を閉じたフォルは静かに語る。
アイリーンは目に涙を浮かべていた。
「おじさまは最後までわたくしのことを……」
「……シャウナ様、この日記帳を譲っていただけませんか?」
「むろん、これは最初から君たちへ譲渡するために持ってきた物だ」
「ありがとうございます」
フォルは礼を述べて、その本をアイリーンと一緒に再度読み始めた。
「……ずっと探していた人が見つかったってわけですね」
「あの日記を見る限り、フォルを愛用していたアラン・ゴードルという兵士は帝国側には珍しい戦争反対派だったようだな。……彼の名をローザに伝えておこう。調べ物が好きな彼女ならば、より詳しい情報を得られるかもしれん」
「お願いします」
シャウナはローザへ本件のことを伝えるため、地下迷宮を出た。
トアはシャウナを見送った後、再びフォルたちへ視線を移す。
特に何かを語るわけではないが、ふたりは熱心に日記を読み続けていた。
それもそのはず――あの日記の中には、ふたりが探し求めていた人がいるのだから。
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