第53話 真冬対策
「ああ~……」
ドワーフ族の鋼姫ことジャネットは困り果てていた。
日に日に寒さが厳しくなってくる季節。
そんな気候的変化の影響を最もに受けるのは王虎族である。彼らは寒さが増すと動きが鈍くなるという体質であった。それは狩りの成果にハッキリと表れており、王虎族で狩り専門としている若者は罪悪感を覚えていた。
そんな彼らを救うため、リーダーのゼルエスは村長のトアを頼った。そのトアは何か妙案はないかとジャネットへ相談しにきたわけだが――まったくもって解決策が浮かんでこないのである。
「お嬢、あまり悩み過ぎるのはよくないですぜ?」
若手ドワーフのリーダーを務めるゴランが、苦しむジャネットへ救いの手を差し伸べる。だが、一度決めたことに対して妥協を許さぬ父譲りの職人気質が、ジャネットを製作へと駆り立てていた。
「……問題点はふたつあると思うんです」
「ふたつ……と、いうと?」
「ひとつは彼ら王虎族が家で暖を取る方法……仕事帰りとか、早朝や夜の特に寒い時間帯に暖を取る手段がないか……」
「それなら、暖炉を作ってみては?」
「暖炉を設置するには部屋の大きさが狭い人もいるんですよ。家族持ちならそれで大丈夫でしょうけど、一人部屋で暮らしているとどうしても部屋のサイズが……」
「なるほど……で、もうひとつの問題点とは?」
「ひとつ目が解決したとして、そこから抜け出せなくなる可能性の考慮です」
「抜け出せなくなる可能性?」
ゴランはジャネットが懸念しているものの正体が掴み切れず首を捻った。
「例えば……冬の朝、人肌の温もりでホカホカなお布団から出るのは相当な気力が必要になるでしょう?」
「! た、確かに……ついついもう少し寝ていたいと感じてしまいます」
「私たちでさえそうなってしまうのだから、寒さに弱い王虎族の方々が暖かくて快適な部屋を造りだすアイテムを手に入れてしまうと――」
「それが原因で部屋に引きこもってしまうわけですね!」
「っ! そ、その通りです」
過去の体験から引きこもりという単語に一瞬心を抉られたジャネットだが、すぐに持ち直して話を進める。
「以上のことから、この課題はこれまで我らドワーフ族が請け負ってきた仕事の中で最難関のものであると断言できます」
「これは……我らドワーフ族が全力で挑まなければならないようですな!」
「ええ……場合によっては、父ガドゲルの力も借りねばならないでしょう」
ついに八極の名前まで出し始めたジャネットは、とにかく現場をチェックしてみようと数人のドワーフを引き連れて要塞村を見回ることにした。
◇◇◇
「う~む……」
家族を持たない若い王虎族の部屋を訪れたジャネットは、やはり部屋の狭さがネックになると改めて実感した。
「室内の壁同士の距離が近すぎますね。これだと火を使った際に別の物に燃え移る可能性があります」
「魔力を与えることで熱を帯びる鉱石が鋼の山で採掘できます。それを利用できませんか?」
「私もそれを考えていました……しかし、部屋全体を効率的に温めるとなると……」
ジャネットをはじめ、参加したドワーフたちは皆一様に唸り始めた。
そこへ声をかけた人物が。
「あれ? こんなところでどうしたんですか?」
銀狼族のマフレナだった。
「マフレナさん……いや、実は王虎族のみなさんの寒さ対策を考えていて……」
「そういえばいつも寒そうにしていますね。私はどちらかというと寒いの好きですけど。雪とか見ると思わずはしゃいじゃいます!」
「……なんとなくその姿が想像できますね。尻尾とか凄いことになってそう」
無邪気なマフレナの反応に、先ほどまで険しかったドワーフたちの表情が和らいだ。
「でも、なぜ銀狼族だけ寒さに強いのでしょうね。王虎族の方たちと以前住んでいた場所は同じなのでしょう?」
「お父さんから聞いた話なんですけど、私たち銀狼族は大昔、ずっと北にある大地に暮らしていたそうです。その時の名残で、王虎族の方々とは違い、冬になると体毛の量が増えるんですよ。特に足元が」
「足元……」
マフレナからの言葉を受けたジャネットの脳裏にある閃きが舞い降りる。
「……イケるかもしれません」
「! お嬢!」
「ゴランさん――早速で申し訳ないですが、ローザさんから巨鳥ラルゲを貸してもらい、鋼の山に飛んで先ほど話に出た発熱鉱石をありったけ持ってきてください!」
「了解!」
「私はトアさんに直談判し、実験用の部屋を用意していただきます。他の皆さんは、今から私のいう道具を用意してきてください」
「「「「「おう!!!」」」」」
一斉に慌ただしくなるドワーフたち。
そんな彼らの勢いに取り残されたマフレナへ、ジャネットはポンと肩を叩きお礼の言葉を贈った。
「あなたのおかげですよ、マフレナさん。これで多くの王虎族が寒さから救われます」
「わふっ♪ よく分かりませんけど、お役に立てたようでよかったです!」
思わぬ救世主となったマフレナに礼を告げると、ジャネットはアイディアを形にするべく急ぎ足でトアの部屋へと向かった。
――それから二日後。
「で、今日がそのお披露目ってことか」
「はい!」
余程自信があるのか、ジャネットの瞳はキラキラと輝いていた。
トアの他、エステルやクラーラなどを含めた多くの村人たち――特に王虎族が注目をする中で、ジャネットは早速完成品を披露する。
「こちらです!」
トアが用意した実験用の部屋に設置されていたのは――毛布が挟まった足の短いテーブルであった。
「? これ、ただのテーブルじゃない?」
「毛布があるからあったかいとは思うけど……」
クラーラとエステルは目新しい要素のないそれに困惑気味。
「ならばそのおふたりにこの製品のお試し係をしてもらいましょう」
「「えっ!?」」
ジャネットからの指名を受けたふたりはさらに困惑の色を濃くしつつ、覚悟を決めて腰を下ろし、毛布の中へ足を突っ込んだ。
「「ふあああ~……」」
途端に、両者から何とも言えない声が発せられた。
「何これ~……」
「あったか~い……」
へにゃん、と音がしそうなくらい惚けた表情で机に顔を突っ伏す。
「い、一体何が……」
「あの毛布の中に秘密がありそうですね」
フォルの分析した通り――というか、それしかない。
「僕は温度に対して敏感ではないので、次は是非ともマスターがお試しください」
「えっ!?」
「大丈夫ですよ、トアさん。ほら、あのふたりの惚けた顔を見てください。あの先に待っているのは……楽園ですよ?」
ジャネットの言う通り、エステルとクラーラの表情はこれ以上ないくらい蕩けているように見える。ゴクリ、と唾を飲み、覚悟を決めてトアは両足を毛布の中へと突っ込んだ。
「!? あったか!?」
それはまさに楽園であった。
「このテーブルの反対には魔力を与えることで熱を持つ発熱鉱石を埋め込んであるんです。さらにこの耐熱加工した毛布と木材を組み合わせることで熱を外へ逃がさない造りとなっています。使用しない時は鉱石を取り外して水につけておくだけで大丈夫です」
「な、なるほろぉ……」
冬の厳しい寒さを忘却の彼方へ放り投げる温もりに、トアの言語能力に異常発生。
三人が同じようなリアクションを示したことで、依頼主でもある王虎族から「俺も!」「私も!」と声があがった。
「ふふふ、どうやら成功のようですね」
「しかしジャネット様、このアイテムには少々問題があるように見受けられます」
「むむ? それはどこですか?」
「どこも何も……アレが問題です」
フォルの言う問題とは――すっかり温かさに心身を奪われたトアとエステルとクラーラの三人であった。
「あのテーブルの仕組みは理解しましたが、それによって業務を放棄する者が少なからず現れると思われるのですが」
確かに、今のトアたちにいつも通りの仕事をこなすのは難しいかもしれない。なぜなら、あの状態に陥っている三人を寒い外へ引っ張り出さなければならないからだ。
だが、もちろんその対策も講じてある。
「さすがはフォルですね。しかし、ちゃんと考えはありますよ――これです!」
自信満々にジャネットが差し出したのは、縦10cm、横5cmほどの布製の袋だった。フォルはそれを手に取ってみる。すると、布の中でシャリシャリと音がした。
「砂ですか?」
「厳密にいえば、このテーブルにも使っている発熱鉱石の粉末です。それを、これまた耐熱効果抜群と評判の巨大芋虫型モンスターが吐き出した糸で作った袋に入れています」
「ふむ……これならば程よい熱さをキープしつつ、どこへでも持ち運ぶことができますね」
「そうです。それは携帯用なんです。これならば外での作業もだいぶマシになるんじゃないですか?」
「す、素晴らしい!!」
いつの間にかふたりの横で話を聞いていた王虎族リーダーのゼルエスが感激の涙を流していた。
「ありがとう、ジャネット……君のおかげで、もう冬の寒さに悩むことはない!」
「いえいえ、みなさんのお役に立ててよかったですよ」
謙遜するジャネットに、王虎族たちは最大の感謝を込めて胴上げを開始。
鳴りやまぬ「ジャネット!」コールの中、当人は恥ずかしさと喜んでもらえた嬉しさで複雑な表情を浮かべていた。
――それからジャネットは村人たちから「冬の女王」という異名を授かったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます