第51話 冬のフェルネンド

 フェルネンド王国に冬が来た。

 王都はいつもと変わらぬ喧騒だが、行き交う人々の服装は日を追うごとに厚みが増し、吐く息は白くなっている。

 大陸内でも北部に位置するフェルネンドの冬は他国に比べて厳しい。


「それにしても寒いなぁ」

「冬なんだからしょうがないでしょう」

「分かっちゃいるけどよぉ……そうだ! 俺とネリスで肌を合わせて温め合えば――」

「却下!」

「相変わらずおまえたちは賑やかだな」

 

 クレイブ、エドガー、ネリスの三人はヘルミーナの図らにいよって久しぶりに三人で王都の警邏任務を遂行していた。任務――という形を取ってはいるが、平和な王都をブラブラと散策するようなもので、聖騎隊の中では「ラッキーデー」と呼ばれている。


 トアとエステルがフェルネンドを離れたことで、クレイブをリーダーとする部隊は解散を余儀なくされた。その後、それぞれが別部隊へと配属されたため、こうして三人で顔を合わせての任務は随分と久しぶりだった。


「そういや今朝からヘルミーナ隊長の姿が見えないようだったけど、どっか行ったのか?」

「今日は朝から王国議会に出席するって言っていたじゃない」

「あ、そうだっけ?」

「今回の王国議会は何やら重大な発表があるとのことだったが……少し嫌な予感がするな」

「おいおい、勘弁してくれよ。おまえの嫌な予感はよく当たるんだから」

「でも、確かに……あのディオニス・コルナルドが幹部になってから、ここ最近の聖騎隊はおかしな動きが目立ったわ」

 

 クレイブとネリスは聖騎隊の動きに関して不信感を募らせていた。エドガーもふたりほどではないが、おかしな点があるというのは勘付いている。

 

「いずれにせよ、今日の王国議会でその謎は解消されるだろう」

「あとで詳しい議会の内容をヘルミーナ隊長に聞かないとね」

「ったく、仕事熱心だなぁ。そんな大したことにはならねぇよ。それよりも、今くらいは楽しもうぜ?」

「まあ……って、今もその仕事中よ!」


 ネリスに頬をつねられるエドガーを見て、クレイブは「ははは」と笑う。

 エドガーの言う通り、大したことではないようにと願いながら。



  ◇◇◇



「こんなバカなことが……」


 ヘルミーナ・ウォルコットは怒りに打ち震えていた。

  

 事の発端は数日前に西方の大国ダルネスで大規模なクーデターが起きたことにある。

 クーデターとはいっても、現在の王政に反対する一部過激派によって起きた小規模な暴動であり、その日のうちに鎮圧された。

 フェルネンドはこのクーデターを警戒し、ダルネス領土周辺に兵を展開していた。それ自体は決して珍しいことではないのだが、問題はその規模だ。

 ダルネス周囲へ割いた戦力は戦争でも仕掛けるかのような大規模な陣容だったのだ。

 これについて、疑問を抱く兵士は少なくなかった。

 ダルネスは大国同士とはいえ密な付き合いをしている国ではない。だからといって、これほどまで警戒する必要はあるのか。

 さまざまな憶測が飛び交う中で行われた今回の王国議会。そこで飛び出したのは誰もが予想だにしなかったものとなった。


「我らフェルネンドはダルネスの制圧に動く」


 そう高々と宣言したのはディオニス・コルナルドであった。


「! 血迷ったか、コルナルド!」


 かつて、世界各国へ侵略戦争を仕掛けたザンジール帝国を倒したのは、打倒帝国の意思に賛同する多くの国家をまとめあげたフェルネンドだ。しかし、今ではそのフェルネンドが帝国と同じ道を辿ろうとしている。

ヘルミーナはすぐさま反対しようと声をあげた。

だが、周囲の反応はまるで違った。


「この時を待っていた!」

「我らフェルネンドが世界統一国家の頂点となるのだ!」

「フェルネンド万歳!」


 議会に参加していた多くの兵士が、ディオニスの決断を称える。

 その反応に、ヘルミーナは愕然とし、視線をある男へと移した。

 男の名はジャック・ストナー。

 聖騎隊大隊長であり、クレイブの父だ。

 ジャックは表情を一切変えていない。今回の決断に対して異を唱えるようなこともしなかった。――つまり、ジャックもまたダルネス制圧に賛成派のようだ。


 しかし、相手のダルネスはフェルネンドには及ばないといっても大国であることは間違いない。そこと正面からぶつかり合えば、こちらも被害は少なくないだろう。そうなった時、他国が黙っているはずがない。ダルネスと友好関係を結んでいる国が、弱ったフェルネンドへ総攻撃を仕掛けるのは目に見えていた。


 そうした不安要素も飛び出す中、ディオニスはそれについても対策はあると述べる。


「確かにダルネスが強い。だが、我らに心強い味方がいる」


 会場がざわつく。

 心強い味方とは――誰もが「もしかして」と希望を抱く中で、ディオニスはゆっくりとその援軍の名を口にする。


「我らはすでに八極と接触し、協力を得ることに成功している。それも、ひとりではなく三人からの協力だ」


 八極。

 巨大戦力を誇る帝国に対し、たった八人で驚くべき戦果をあげた伝説の英雄たち。

 彼らの中から三人が、フェルネンドの援軍として加入するとディオニスは告げた。


「おお! あの八極が我らの味方に!」

「もう恐れる物はない!」


 一斉に湧き上がる歓声。

 だが、ヘルミーナをはじめ、一部の兵士たちからは落胆や絶望といった感情が読み取れるくらい表情がうかがえた。




 議会終了後。

 ヘルミーナは親しい同僚隊長であるジャンのもとを訪ねていた。


「率直に聞く。今日の議会についての君の意見を知りたい」

「失望したよ」


 ヘルミーナの問いかけに、ジャンはため息を交えながら答えた。


「俺は帝国を打ち破るため、世界中に声をかけ、一丸となって戦いを挑んた清く勇ましいフェルネンドに憧れて聖騎隊へ入った。……だが、これでは俺が嫌う帝国のやり方と一緒ではないか」


 ジャンは頭を抱えて唸った。

 特に正義感の強い彼は、今回のフェルネンドの決断が許せないのだろう。


「ならば、これからどうする?」

「除隊覚悟でかけ合うさ。こんなバカげた戦争はすぐにやめろってな。八極が味方するっていうのもなんだかキナ臭い」


 八極については王国戦史の教本に載っているくらいの情報しかしらないジャンだが、彼らは好き好んで戦いに参加しているようには思えなかった。


「君はどうする?」

「私も同じ考えだよ。ただ、部下に報告をしないと」

「そうか……君のところにはストナー大隊長のご子息がいたな」

「ああ……けど、彼はきっと父と違う考えを持っているはずだ」


 クレイブの性格をよく知るヘルミーナは、今回の聖騎隊の決断に対し、きっと反対するだろうと踏んでいた。その考えに父であるジャックが賛同しているとなると、息子クレイブの心中は複雑なものだろう。


「とにかく、ダルネスへの一斉攻撃は今から一ヶ月後……それまでに、なんとかしないとな」

「やれるだけの抵抗はしてみるさ」


 ジャンとヘルミーナは固い握手を交わし、反対派として抗議活動に出ることを誓った。




 戦争開始まで、残り一ヶ月。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る