第50話 さらば、オーレムの森
オーレムの森で行われる宴会は、要塞村の宴会に匹敵する賑やかさであった。
特にクラーラは久しぶりの故郷での宴会ということでいつも以上にテンションが高く、もはや手が付けられないくらいであった。
父アルディや長老は元気なクラーラの姿を見て目を細めている。
かつて、八極のひとりである《死境のテスタロッサ》の愛弟子として剣術の腕を磨き、念願だった大剣豪のジョブを手に入れたことで起きた失敗(長老の家を破壊)。
だが、今日まで森に住むエルフのほとんどが経験したことがない、森の外でたくましく生きてきた経験がクラーラを大きく成長させた。それを、アルディと長老は理解している。だからクラーラの追放処分を今日付で取り消したのだ。
晴れて自由の身となったクラーラだが、要塞村を出る気は毛頭なかった。
その旨はすでに長老たちに伝えている。
父アルディは娘が再び遠くへ旅立つことに涙を流したが、ルイスやメリッサから村の様子を伝え聞いたことと宴会を通して村長であるトアの誠実な人柄に触れたことで踏ん切りがついたようだった。
そんな賑やかな宴会から一夜明け――長老宅。
要塞村からの来客たちはそれぞれ森のエルフたちの家に一泊することとなり、トアはその中で長老の家に泊まる運びとなった。
窓から差し込む木漏れ日で目が覚めたトアは、大きな欠伸をしながら部屋を出る。すると長老が数名の若いエルフと話し込んでいる最中だった。
「どうかしたんですか?」
「おお! トア村長、ちょうどいいところに!」
若いエルフのうちのひとりがトアを発見すると鼻息荒く駆け寄って来る。
「実は折り入ってお願いがあるのです!」
「お、お願いですか?」
その迫力に押されながらも、トアは落ち着いて青年エルフのお願いに耳を傾けた。
「我々エルフたち合計二十二名を要塞村に移り住まわせてもらいたいのです」
「ええ!?」
突然の申し入れに、トアは目を丸くする。それから、助けを求めるように長老へと視線を送ると、長老は未だ興奮冷めやらぬ若者エルフを制止してから話し始めた。
「我らはこれまで純潔至上主義を貫いてきた。――だが、そんなものはもはやなんの意味ももたらさない。我々が絶えぬようにするには他所からの血を入れるのもまたひとつの手段であると考えている」
「つ、つまり……」
「もはや純血という呪縛など必要はないということだ。これからの世界は柔軟な思考で立ち向かっていかなければならない……その点、トア村長の要塞村はさまざまな種族の者たちが協力し合って生活していると聞く。そのような環境に、是非とも我が村の若者たちを触れさせたいと、私だけでなく若者たち自身も思い立ったのだ」
長老の考えに、トアは賛同する。
トアはトアで、若いエルフの加入は歓迎すべきことだった。
というのも、ドワーフたちと力を合わせて造った大規模な牧場は現在経営者が不在のため開店休業状態であったからだ。そこに、若いエルフたちをあてがい、村の掟に従って働いてもらおうと考えていた。
というわけで、トアはその場にいたエルフたちに今思いついた案を語る。
エルフたちは皆一様に「喜んで!」とこの案を呑んでくれた。
ちなみに、要塞村への移住組にはルイスとメリッサの双子も参加していた。
移住の話がまとまったところで、トアは要塞村から同行しているエステル、ジャネット、マフレナに事の顛末を報告。
彼女たちも新しい村人の加入に賛成の意思を表明してくれた。
「みんなが住んでくれるのなら心強いわ」
若いエルフはクラーラとも顔馴染みの者たちばかり。これまで、村でエルフといえばクラーラのみだったので、同族がいるということは精神的にもかなり楽になるだろう。
それに、ラルゲがいればいつでもこの村へと戻って来られる。これからはエルフの森との交易も盛んに行われるだろう。
残る問題は移動方法だ。
ここまで、巨鳥ラルゲの背に乗ってきたトアたちだが、若者たち全員となると何度か村と森を往復しなければいけない。だが、そんな懸念はローザの一言で消し飛ぶ。
「ならば数を増やそう」
「えっ!? 増やせるんですか!?」
「ラルゲはな――六つ子なんじゃ」
森の外で、巨鳥ラルゲが六羽も整列している。
その光景は圧巻の一言だった。
「さて、それでは要塞村へ戻るとするか」
「はい!」
六羽のラルゲの背に乗り、順番に空へと舞い上がる。
最後に残ったのはトアたち村人組。
「…………」
中でもクラーラは長々と父アルディと話し込んでいた。
もう少しオーレムの森へ残ることも提案したのだが、「早く村へ戻らないとあっちのみんなが寂しがるでしょ?」と言って却下された。
「体には気をつけるんだぞ、クラーラ」
「それはこっちのセリフ。パパこそ私がいないからってお酒ばかり飲んじゃダメよ?」
「ははは、肝に銘じておくよ」
最後に、親子はハグを交わして別れた。
「親子か……」
その光景をラルゲの背中から眺めていたトアは幼い頃の自分と重ね合わせて少ししんみりした気持ちになっていた。
「お待たせ」
戻ってきたクラーラはトアの横へと座る。そして、手にしていた紙をトアへと渡した。そこには「トア村長へ」と達筆な文字が。
「これは?」
「パパから村長さんへ渡してくれって」
「俺に?」
きっと、「娘をよろしく頼む」的な内容なのだろう。
とりあえず中身を確認するため手紙を開いてみる。
『このたびは娘のためにわざわざお越しいただき、本当にありがとうございました。娘の元気な姿を再び見ることができたのも、あなたが村長を務める村の生活が楽しいからなのだと思います。少しやんちゃなところがありますが、どうかよろしくお願いします』
手紙の内容は父らしい子を想うものであった。
「アルディさん……うん? もう一枚ある?」
トアはもう一枚の手紙に目を通す。
『追伸――ちなみに、オーレムの森に住むエルフの掟では重婚が可能です。トア殿はとても魅力的な恋人を大勢連れているようですが、どうかその中にクラーラを加えていただけないでしょうか。昨晩、それとなくトア殿の印象を尋ねてみたりしたのですが、当人も満更ではない様子だったので、ちょっと攻めればすぐに落ちると思います。また、あの子は母親にとてもよく似ているので恐らく首筋当たりをそっと』
「…………」
トアは静かに手紙を閉じた。
「あれ? もう読み終わったの? 結構な量の文章書いていたみたいだったけど」
「あ、う、え、えっと……つ、続きは村に戻ってから読もうかなって」
「……なんか顔赤くない?」
「うえっ!? そ、そそ、そんなことないんじゃないかな?」
「手紙を見せて」
「いや、でも」
「見せなさい」
「……はい」
クラーラの真顔から発せられる圧倒的オーラに気圧されて、トアはアルディからの手紙を渡した。
その文面を見たクラーラの顔はみるみる赤くなり、その場で手紙を破り捨てる。
「ねぇ……トア」
「は、はい」
「どこまで読んだ?」
「……首筋のくだりまで」
「!?」
嘘をついても見破られそうなので素直に告げたが、今回はその策が裏目に出た。
その後、要塞村に着くまでの間、「私は首筋が弱いわけじゃない!」という力説を聞くハメになった。しかも終わった途端に「トア、さっきのクラーラの首筋に関する話なんだけど」と静かに背後からエステルに声をかけられて一から長々と説明する事態に陥ったのであった。
要塞村へ帰還後、早速エルフたちに牧場仕事を任せることに。
牧場で育てるのは金剛鶏と金牛の乳牛種――以上。
食肉用の金牛も飼育対象となっていたが、銀狼族や王虎族が大地の精霊たちの作った野菜の味に感激し、最近では肉や魚ばかりでなく野菜の消費も同じくらいに伸びてきた。そのこともあり、狩りにおける食肉の確保を減少させることを決定。その分、地下迷宮だったり、ドワーフたちの手伝いだったり、要塞村周辺の警備だったりに人員を割くことにした。
こうして、要塞村に新しい仲間が加わった。
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