第49話 長老との会談と新たな八極
オーレムの森にクラーラが帰って来た。
その一報はあっという間に広がり、森の中は祝賀ムード一色となった。
「この後に宴会をやるってさ」
「何もそこまで大事にしなくても……」
トアから宴会開催の知らせを聞いたクラーラは困惑したように言うが、その表情は緩んでいた。
トアたちも宴会の会場づくりに参加しようとエルフたちのもとへ向かうが、その途中で年老いたひとりのエルフに声をかけられる。
「戻ってきたか、クラーラよ」
「! ちょ、長老!?」
クラーラの背筋がピンと伸びる。
この白髪に白鬚のエルフこそ、クラーラに家を破壊されて追放処分の罰を与えたオーレムの森の長老であった。
ローザを除く面々はそんなクラーラにつられて同じように背筋が伸びた。
その様子をしかめっ面で眺めていた長老は、トアとローザに視線を送ると顎に蓄えた白髭を撫でながら口を開く。
「君が要塞村とやらの村長ですな?」
「は、はい!」
「それに枯れ泉の魔女殿も……ご無沙汰しおります」
「そうかしこまらないでくれ」
長老はふたりに挨拶をするとある提案を持ちかけた。
「少し、話をしませんかな?」
「話ですか?」
「いろいろと聞きたいんだ――クラーラのことを」
「いいじゃろう。ワシも話したいことがあるからちょうどよい。いくぞ、トアよ」
「あ、は、はい」
半ば強引にトアはクラーラたちと別行動を取ることになった。
◇◇◇
クラーラがジョブの力で吹っ飛ばしたとされる長老の家はすっかり元通りになっているらしく、立派な外観だった。
「まあ、かけてください」
長老に促され、トアとローザは木製のテーブルに設えられた椅子へと座り、向かい合う形で長老も椅子へと腰を下ろした。
「まずはクラーラの件について……トア村長には本当によくしてもらったようで、感謝しておりますよ」
「いえ、そんな、俺の方こそ大変お世話になっています」
頭を下げた長老に対し、トアもペコペコと何度も頭を下げた。
「あの子がここへ戻ってきた時の表情で分かりましたよ。あなた方と本当にかけがえのない時間を過ごしてきたのだと」
「そうですか……俺自身、クラーラといる時間はとても楽しいですし、その楽しい時を共有できていたと知れてとても嬉しいです」
はにかんだ笑みを浮かべて答えるトアに、長老の顔から険しさが消える。その表情は孫を見守る好々爺のごとき優しいものであった。
「本当に……君には感謝してもしきれないくらいだ」
「その辺にしておけ。いつまで礼の言い合いをしているつもりじゃ? キリがなくなるぞ」
うんざりしたようにローザが言い放ち、ふたりはようやくお礼の言い合いを中止。その様子を見て、「やれやれ」とこぼしながら、ローザが新たな話題を振る。
「ところで長老……《ヤツ》はこの村に戻ってきたか?」
「!?」
真剣な口調で問うローザ。
その内容について心当たりがある長老はギクリと体を強張らせてしばらく沈黙。
「どうなんじゃ?」
「か、帰って来てはいません」
「そうか……」
「ふぅ」と息を漏らし、ローザは出された紅茶の入ったカップへ口をつける。
この状況――トアは尋ねるしかなかった。
「あの、ローザさん……ヤツって誰なんですか?」
「お主は王国戦史で我らのことを学習したのだろう? じゃったら、なんとなく心当たりくらいはあるのではないか?」
「王国戦史? ――あっ!」
トアは思い出した。
ローザと王国戦史――つまり八極絡みであること。
そしてここはエルフたちの住むオーレムの森。
以上の情報から、ひとつの可能性が導き出された。
「八極の一角を担うエルフ族の女性――《死境のテスタロッサ》はこのオーレムの森出身だったんですね?」
「その通りじゃ。……それにしても、まさかクラーラがテスタロッサと同じオーレム出身じゃったとは」
妙な縁を感じたのか、ローザは苦笑いを浮かべる。
「《死境のテスタロッサ》……どれくらい強いんですか?」
「ヤツもまたシャウナたちと同じように前線に出る戦闘要員じゃった」
「じゃあ相当強いんですね」
「ヤツよりも強いエルフ族を、ワシは他に知らん。……それも、桁違いの強さじゃ」
かつての同僚について語るローザだが、トアは違和感を覚えた。
同じ八極のガドゲルやシャウナについて言及している時は懐かしみだったり嬉しさだったりがにじみ出ているのだが、《死境のテスタロッサ》について語る時のローザはどこか悲しげな顔をしていた。
「あの……そのテスタロッサさんに用があったんですか?」
「久しぶりに顔を合わせたいと思ったのじゃ。――何せ、ヤツが八極に名を連ねるまでの力を得た理由がワシらの……」
そこで、ローザは口をつぐんだ。
流れで話をしてしまったが、そこから先は相手のことも考えて語るべきではないと判断したのだろう。トアもそれを察して黙る。とても気にはなるが、ローザの気持ちを汲み、それ以上追及するようなことはしなかった。
「同じ村出身なら、もしかしてクラーラはテスタロッサさんと面識があるんですか?」
「面識も何も、クラーラに剣術を教えたのはテスタロッサだ」
「えっ!? そうなんですか!?」
村長からの爆弾発言にトアだけでなくローザも驚く。
「意外じゃな……しかし、クラーラが何も言わなかったところを見ると、テスタロッサが八極のひとりであることを知らなかったようじゃが」
「まあ、クラーラがテスタロッサに懐いていたあの頃は、まだ彼女が元気だった頃のことですし」
「元気だった頃?」
トアはそのワードに引っかかりを覚えて思わず繰り返す。長老は「しまった」と手で口をふさいだが、時すでに遅し。
「そうか……テスタロッサはまだ戻らぬか」
重苦しくなった空気を振り払うように、ローザは話題を変える。
「……彼女はここへは戻らないかと思いますが」
「まあ、そうじゃろうが……もし、戻ってきたらワシのところを訪ねるように言ってもらえぬかのぅ」
「屍の森の要塞村ですな」
どうやら、ローザがクラーラの里帰りに同行した真の目的は、かつての仲間であるテスタロッサが故郷であるこのオーレムの森へ戻ってきていないか確認するためでもあったようだ。
詳しい事情を聞くに至らなかったが、他の八極とは違い、何やら複雑な事情が絡み合っているようだった。
長老との会談を終えて外へ出ると、空はオレンジ色に染まり始めていた。
宴会場の準備も着々と進められているようで、賑わいが増していた。
そんな賑わうエルフたちの中に、エステルやジャネット、そしてマフレナを発見する。三人とも、若いエルフたちと何やら楽しそうに会話をしながら準備を手伝っていた。
「歓迎してもらう立場の者が手伝ってどうするんじゃ」
「いつもの癖じゃないですかね」
ふたりは微笑ましくその光景を見ていた。
エステルたちのもとへ向かって歩きだすと同時に、ローザが口を開く。
「さっきの話じゃが……テスタロッサは人間を愛したのじゃ」
「へ?」
唐突に、ローザは死境のテスタロッサについて語り始める。
「仲睦まじいふたりじゃった。周りも祝福しておった。……しかし、人間とエルフでは寿命に圧倒的な差がある」
「それって……」
トアがその先の言葉に詰まると、ローザは静かに頷いた。
「テスタロッサの恋人は老いて死んだ。が、テスタロッサ自身はまだまだエルフ基準で若者の年齢。分かってはいたことじゃが、テスタロッサが負った心の傷はあまりに大きく……ヤツは禁忌魔法に手を染めた」
「き、禁忌魔法?」
「死者蘇生――ヤツは死霊術士となったのじゃ」
この世界には、絶対に使用してはならないとされる魔法がいくつかある。
それを禁忌魔法と呼び、その中のひとつが死者蘇生魔法だ。
ただ、このような禁忌魔法と呼ばれる類には、使用者にもそれなりのリスクが伴うものが多い。死者蘇生もまた例に漏れることなく、使用者は代償を払わなければならない。
「死者蘇生魔法で恋人をよみがえらせようとしたテスタロッサは……これに失敗。恋人はよみがえらず、自身は禁忌を犯した穢れた身としてダークエルフとなった」
「! 死境のテスタロッサはダークエルフだったんですか!?」
王国戦史の教本にはそこまでの記載はなかった。
「今は、な。恐らく、クラーラに剣術を教えていた時は普通のエルフだったのじゃろう。そのことも踏まえて、テスタロッサの件についてはしばらく他の村人には伏せておくことにするかのぅ」
不意に、ローザは足を止めた。
「トアよ。……お主もその恋人と同じ人間じゃ。クラーラだけでなく、マフレナやジャネットよりも確実にお主は先に死ぬ」
「そうですね……」
それは避けられない問題。
テスタロッサの話を聞いているうちに、トアはそれが不安に思えてきた。
「まあ、もしどうしても死にたくないというなら、ワシに相談するといい。ワシだってもうとっくにくたばっている年齢じゃが、こうしてピンピンしておる」
「そ、そういえば……」
「あまりオススメはせんが、一応、禁忌魔法ではないから代償を払う必要はない――いや、死ににくい体になるということ自体が、ある時は代償のように辛く感じることもあるがな」
「ローザさん……」
人間でありながら、三百年以上の時を生きるローザもまた、テスタロッサのように重い「何か」を背負って生きているのだろう。
「暗い話になったが、これから始まるのは楽しい宴会。気持ちを切り替えて楽しもうではないか!」
ローザはニコリと微笑み、トアの手を取った。
いつか、ローザのように長く生きる道を選ぶのか。
もしそうなったら、エステルも――
「……いや、今はいいか」
この先のことはまた後で考えよう。
今はローザの言ったように、これから始まる宴会のことだけを考えればいい。
ローザに手を引っ張られながら走るトアの表情に、いつもの明るさが戻っていた。
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