第48話 親子の再会

 藍色をした大きな翼をいっぱいに広げ、気持ちよさそうに空を舞う巨鳥ラルゲ。

 その背中に乗るのは計八人。

 内訳はトア、クラーラ、エステル、マフレナ、ジャネット、ローザ、ルイス、メリッサ――である。


「それにしても、本当に大きな鳥ですね」

「わふっ! ここまで大きいのは見たことないです!」


 初めて見る巨鳥に興味津々のジャネットとマフレナ。だが、エルフ族のルイスとメリッサは見慣れているようで、冷静に解説を挟んだ。


「人懐っこくて大人しい性格の鳥なので、飼いならして移動手段として用いているところが多いですよ」

「それに私たちエルフ族と遜色ないくらい長寿なんだって!」


 巨鳥の話題で盛り上がっている女子組の横で、トアは難しい顔をしていた。理由はハッキリとした位置が特定できていない目的地にある。


「オーレムの森は東にあるってことでしたけど、具体的にどの辺りにあるんですか?」


 トアが尋ねると、飛ばされないようとんがり帽子を手で押さえながらローザが答えた。


「オーレムの森はこの先にある山をふたつ越えた先じゃ。心配せんでも、ワシはオーレムの森へ何度か足を運んだことがある」

「そ、そうなんですか? なら安心ですね」

「でも、山ふたつって……クラーラはそんな長い距離を移動してきたの?」

「う~ん……正直どの道を辿って来たのか、よく覚えていないのよねぇ」


 エステルの問いかけに対して曖昧な返事のクラーラ。村を出て半年は経過している今だからこそ戻りたいという気持ちも生まれたが、追い出された当初はそれほど執着をしていなかったようだ。


 それからしばらく飛び続けると、周囲よりもやや背の高い木々に囲まれた一帯を発見。よく見ると、森は先を尖らせた木製の壁で囲まれており、侵入者を寄せつけない造りとなっているようだった。


「あれがオーレムの森じゃ」

「警戒厳重って感じですね」

「エルフとはもともとそういうものじゃ。用心深くて思慮深い性格といえばよいのかのぅ」

「用心深くて思慮深い……」

「……なんで私を見るのよ」


 クラーラはどちらかというとノリと勢いで生きているタイプっぽいので、同じエルフでもそうしたイメージはまるで湧かないのだ。


「特にこのオーレムの森に住むエルフは今時珍しい純血主義を掲げる一族……ただ、そのせいで近年は人口が減少傾向にあると聞いたが」

「その通りです。……堅物の頑固爺さんばっかりで参っちゃうわ」


 クラーラはうんざりしたように言う。

 だが、その顔はどこか哀愁が漂っていた。

 どんなに悪く言っても、そこは生まれ育った森、そして、自分を見守ってくれていた仲間たちのいる場所。見捨てられるわけがなかった。


 ローザの合図で森の近くに降り立ったラルゲをその場に待機させ、トアたちは森の方へ歩いていく。しばらく進むと、森の中へ入るための検問所のような建物が見えてきた。そこには武装したエルフたちの姿が。


「! 誰だ! そこで何をしている!」


 大所帯での移動だったため、トアたちの存在はすぐに気づかれた。

しかし、こちら側にはオーレムの森出身者が三名もいる。それを、近づいてきた兵士風の若い男エルフたちも察知したようだ。


「なっ!? く、クラーラか!? それにルイスにメリッサまで!?」

「お久しぶりです、ジェイルおじさん」


 そのうちのひとりはクラーラと面識があるようだ。

腰に携えている剣の柄に添えていた武骨な手を放し、「元気だったか!」とクラーラの両肩をガシッと掴む。


「いろいろありましたけどこの通り、元気ですよ」

「そうか。よかったよかった。アルディもきっと喜ぶよ。会っていくだろう?」

「でも……いいんですか? 私は追放された身なのに」

「それについては心配無用だ。長老から言われているんだよ……もし、クラーラが戻ってくるなら村に入れてやれってね。長老もやりすぎた罰だったと後から少し後悔していたみたいだからな」


 どうやら、すでにクラーラの許しは出ているようだ。


「若気の至りというヤツじゃな。あの男にも思い当たる節があるのじゃろう」

「……もしかして、前大戦時にここの長老と一緒に戦ったとか?」

「確かにあやつも参戦しておったな。じゃが、どちらかというとアルディの方が長い付き合いになるな」

「! ぱ、パパを知っていたんですか!?」

「まあのぅ。名前を聞くまで分からなかったが」


 ローザとクラーラの父アルディはいわゆる戦友という間柄らしかった。


「むむ? ……もしやあなたは枯れ泉の魔女殿!?」

「そうじゃ――が、面倒なことになりそうじゃからとりあえず中へ入れてもらってもいいかのぅ? もちろん、後ろにおる他の連中も含め」

「お願い、おじさん。ここにいるみんなは……私にとって恩人なの」

「もちろん構わないぞ!」


 クラーラの頼みに、ジェイルは悩む素振りさえ見せず、ふたつ返事でOKを出した。

 こうして、一行はオーレムの森へと入っていく。



  ◇◇◇



 鬱蒼と生い茂る木々に囲まれて歩くこと数分。

 一際巨大な木の根元にある木造家屋がクラーラの実家だ。


「ここがクラーラの家か……」

「そうよ」

「わふっ! じゃあここにクラーラちゃんのお父さんがいるんですね!」

「そのはずよ。ね? ルイス」

「はい!」


 ルイスからの返事を聞いてから、クラーラは扉に手をかけてゆっくりと開ける。すると、


「ゴホッ! ゴホッ!」


 何者かの咳が聞こえてきた。


「パパ!?」

「! お、おお……クラーラか……よく戻った」


 そこにはベッドへ横たわっている父アルディの姿があった。

 いきなり元気のない父の姿に、ルイスから教わった体調不良の話が思い返される。それは嘘情報であったが、一瞬、そんなことを忘れて本気で父を心配するクラーラ。

 ――ここまではアルディの計算通り。

 だが、ここで予期せぬ来客がもうひとり。


「玄関開けていきなりベッドとは……随分と手の込んだことをするではないか、アルディよ」

「! げぇっ!? か、枯れ泉の魔女殿!?!?」


 予想外過ぎる人物の登場に、アルディは飛び上がって驚く。


「なんじゃ、元気そうではないか」

「うっ!? ……ゴホゴホ」


 わざとらしく咳を再開――が、すでにメリッサの凡ミスによってそれが演技であることは知れ渡っていた。そんなこととは露知らず、アルディは迫真の演技を続けるが、


「あ、あの、アルディさん?」

「なんだ……ルイス……」

「もうバレているんで演技はいいですよ」

「え?」


 ルイスからの言葉を受けてアルディは来客たちの反応を見る。

 全員が何とも言えない微妙な表情をしていた。


「……コホン」


 今度は小さく咳払いをして顔を上げた。


「よく戻った、クラーラ」


 先ほどまでの重病設定を即座に捨て、キリッと引き締まった表情で話し始めたアルディであったが、トアたちはその変わり身に笑いを堪えるので精一杯だった。


「まったく……お主という男は昔から変わらんのぅ」

「うっ……それを言われてしまうと……」

「娘のクラーラが心配だった。だから帰ってきてくれて嬉しい。これでいいじゃろ?」

「は、はい……」

 

 大戦時には戦友として共に戦地を駆け抜けた仲でも、ローザの方が一枚も二枚も上手のようだった。


「クラーラ、おかえり」

「……ただいま、パパ」


 何はともあれ、こうしてクラーラは久しぶりに故郷の実家へと戻ってきたのだった。

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