第47話 オーレムの森へ
クラーラの父親――アルディが病に侵され重体。
この衝撃的な一報はあっという間に要塞村の隅々まで行き渡り、誰もがその安否を気遣っていた。
村長であるトアは危険な旅路と知りながらも娘であるクラーラに事態を知らせるために旅を続けてきたルイスとメリッサへ部屋を用意し、とりあえず、この日は要塞村で過ごすようにと提案をした。
さすがに事態が事態なので、いつもは明るく陽気で騒ぐことが大好きな村人たちも歓迎会は自重する流れとなり、しんみりとした空気が要塞村を包んでいた。
「大変だったね」
「い、いえ、これくらいなんともないですよ」
「そうです。クラーラさんにアルディさんの容態を一刻も早く知らせなくてはと必死でしたから……」
双子のエルフはどちらも憔悴した顔でそう言った。
顔がそっくりなルイスとメリッサだが、一応区別の仕方がある。
ふたりとも長い金髪をサイドテールでまとめているのだが、ちょっと天然キャラな姉のメリッサは右側から髪を垂らしていて、しっかり者の妹ルイスは左側から髪を垂らしていた。
現在、双子エルフからより詳しい事情を聞くため、村に住む各種族を代表した人物たちが集会場に顔を揃えた。
銀狼族のジン。
王虎族のゼルエス。
精霊族のリディス。
モンスター族のメルビン。
ドワーフ族のジャネット。
そしてエルフ族のクラーラ。
さらに八極からローザとシャウナのふたりにエステル、フォル、マフレナが加わった。
「…………」
そうそうたるメンツを前に、妹のルイスは緊張気味。対照的に、姉のメリッサは八極のふたりへ熱い視線を送っていた。
「ともかく、ご家族が倒れたとなったら会いに戻った方がいいのでは?」
切りだしたのは王虎族のゼルエス。それにジャネットが続く。
「そうですね。……私も父が倒れたと知ったらきっとどこにいても戻って来ます」
「引きこもっていた時とはえらい違いじゃな」
「い、いいじゃないですか、別に」
ローザからのツッコミに顔を赤らめるジャネット。
そんなふたりの横に座るジンが口を開いた。
「だが、クラーラは確か追放処分を受けた身……その辺は大丈夫なのか?」
「ええ。さすがに身内に何か起きた場合は特例となるって長老が言っていました」
「なので、私たちで迎えにきたんですよ!」
とりあえず、クラーラが村へ戻ること自体に問題はなさそうだが――肝心のクラーラは先ほどから黙ったまま。
きっとショックを受けているのだろうとトアが心配していると、それまでずっと言葉を発しなかったクラーラが控えめな声量でふたりに尋ねた。
「ルイス。パパは本当に病気なの?」
「はい。いつもの豪快さは鳴りを潜め、とても苦しそうでした」
「そう。……ねぇ、メリッサ」
「はい!」
「私が村にいた頃からいつもやっていたパパとの剣術稽古は今も続けているの?」
「もちろんです! 村を出るその日もみっちり鍛えてもらいました!」
「ちょっ!?」
クラーラの策略にハマったメリッサがあっさりとボロを出した。
「はあ、やっぱりね」と項垂れるクラーラだが、事情を呑み込み切れないでいる要塞村の住人たちからは困惑の声があがる。
「そ、それじゃあ、クラーラのお父さんが危篤状態っていうのは……嘘?」
代表してトアがメリッサに問う。
「えっ!? なんでバレちゃったの!?」
当のメリッサは先ほどのやりとりで嘘が発覚したことに気づいていないようだった。それよりも村人を驚かせたのがクラーラの頭脳的な誘導であった。
「あのクラーラが見事に誘導してみせたな」
「明日は大雪ですね」
「失礼ね! 私だってやる時はやるわよ!」
ローザとフォルから何やら含みのある視線を送られたクラーラは猛抗議。
一方、事態を把握した妹のルイスはここまでかと観念した様子で、大きく息を吐いてから真相を語り始めた。
「申し訳ありませんでした」
まずは深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べる。
「お気づきの通り、私たちは嘘をついていました。――ですが、これもすべてはクラーラさんにオーレムの森へ帰って来てもらいたいがためのことなんです。それに、病気とまではいきませんが、アルディさんがずっと元気がないというのは間違いありません」
その点についてはトアも疑ってはいない。
何せ、この要塞村には前例があったから。
「娘を心配するあまり元気をなくす……どこかで聞いたような話じゃな」
「いやまったく」
「……こっち見ないでもらえますか?」
今度はジャネットがローザとフォルから含みのある視線を送られている中、トアはさらに詳しい話をふたりから聞きだそうと声をかける。
「つまり、君たちは元気のないクラーラのお父さんのため、クラーラを村へ戻るよう説得しにきた、と?」
「端的に言えばそうです。長老も、反省しているようなら百年追放の刑も軽減してもいいと話しています」
「あの頑固爺さんがそこまで言うなんて……パパ、本当に落ち込んでいるのね」
ここで初めてクラーラの表情が暗いものへと変わった。
それからしばらくの間、何かを考えるように俯いていたクラーラであったが、急に顔を上げたかと思ったら気合を入れるように頬をパチンと両手で叩き、トアへと向き直る。
「ねぇ、トア……お願いがあるんだけど」
「いいよ」
「まだ何も言ってないわよ!?」
「村へ戻るんだろう?」
「うっ! ……うん」
トアに先を越されたことが釈然としないのか、クラーラは叩いた頬を膨らませて拗ねたような態度を取る。
「オーレムの森へ行くならワシも行こう。あそこの長老とは知り合いじゃからクラーラの件で助力できるかもしれん」
村への同行を希望したのはローザだった。
「わふっ! クラーラちゃんの故郷ならば私も是非行ってみたいです!」
「エルフ族の住む森ですか……興味をそそられますね」
「私も行ってみたいな」
「僕は鋼の山の二の舞になるとご迷惑をおかけするので留守番をしていますね」
「エルフ美少女たちを拝めないのは残念だが、私も残っていた方がよさそうだ。地下迷宮も非常に興味深いしね」
マフレナ、ジャネット、エステルも同行を希望。
逆にフォルとシャウナは留守番役に名乗りをあげた。
「クラーラさん……」
「そんな顔しないでよ。別に怒っているわけじゃないし……むしろちょっと感謝しているくらいよ」
実を言うと、クラーラは最近ホームシック気味だった。
要塞村での生活に不満はない。むしろ追い出された身である自分にとって、今の生活は望外な幸せと言っていい。
それでも、故郷への想いはやはり忘れがたいものがある。
百年間の追放処分。
エルフからすればそこまで長い期間ではないのだが、その百年が過ぎるよりも前に、間違いなくトアとエステルはこの世からいなくなるだろう。
それを想像したら、たまらなく寂しかった。
生まれて初めて長寿であることを恨んだ。
もし、トアとエステルがいなくなってしまったら、きっとクラーラは要塞村へ居続けることが難しくなるだろう。思い出のたくさん詰まった村に残って生きていくには、あまりにもふたりの存在が大きすぎた。
「私だって……たまには家族の顔も見たくなるわよ」
「クラーラさん……」
ルイスの肩を軽く叩いて、「気にしなくていいわよ」と付け足すクラーラ。
こうして、オーレムの森行きは決定したのだった。
◇◇◇
メンツが整ったところで、次なる問題は移動手段であった。
ルイスたちの話ではオーレムの森から歩いて結構な日数がかかったという。さらに厄介なのが、彼女たちが正確な道順を覚えていないという点だった。
しかし、意外なところから解決策が飛んできた。
「移動についてはワシに任せておけ」
そう言ったのはローザであった。
「何か策があるんですか?」
「以前、お主がフェルネンドへ戻るという話をしておったじゃろう」
「! そういえば、あの時もフェルネンドへ一時間で行けるって言っていましたね」
結婚話が捏造と発覚したのをきっかけにエステルへ自分の気持ちを伝えるためフェルネンド王国へ戻ろうとしたトア。結局、覚えのない罪で手配書が出回っていたため断念したが、その際にローザが超高速の移動手段があると話していたことを思い出した。
「今こそそいつの出番じゃろう」
ニヤリと笑うローザ。
その顔はいつもと変わらぬ自信に溢れていた。
「それで、その移動手段ってなんですか?」
「まあ、待っておれ。さっき呼び出しからそろそろ――お? 来たようじゃな」
小さな顔を空に向けていたローザが目を細める。
その視線の先には青空が広がっていた。
なんの変哲もない青空と思っていたのだが、よく見ると透き通る青に一点の黒が。
「あれは……」
空に現れた黒い点は徐々に大きくなっていき、地上へと降り立つ。
「クエェェェェッ!!!」
勝ち鬨のごとき雄叫びをあげて大地に足をつけたその生物は――巨大な鳥であった。
「巨鳥ラルゲ……ワシの古い友人じゃ」
「こ、こいつに乗っていくんですか?」
「もちろん。その方が早く着くじゃろ」
何事もなくラルゲの背中へと登っていくローザ。
「ほれ、早く乗らんか」
とりあえず大人しい性格のようなので乗ってみることに。途中、特に暴れたりもしなかったのですんなりと搭乗は完了した。
「では、行くとするか」
ローザがラルゲに話しかけると、その大きな翼を広げてゆっくりと大空へ舞い上がる。
目指すは――オーレムの森。
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