第46話 東からの使い

 ふたりの少女が深い森の中を歩いている。


「ねぇ……ルイス?」

「何、メリッサお姉ちゃん」

「そろそろ休憩にしない?」

「またぁ? ついさっき休んだばかりじゃない」

「だってぇ……」


 メリッサとルイス――顔のよく似た双子の姉妹である彼女たちだが、性格には大きな違いがあった。

 姉のメリッサは運動神経抜群で考えるよりも先に体が動いてしまう肉体派。一方、妹のルイスは体を動かすよりも頭を働かせる方が得意な頭脳派である。

 双子でありながらも対照的な性格であるがゆえに、彼女たちの旅路は非常に困難なものとなっていた。

 

「とりあえず、こうもハイランクモンスターばかりに出くわすとなると……私たちは屍の森へ足を踏み入れたと見て間違いなさそうね」

「し、屍の森!? じゃ、じゃあ、早く地図を使って脱け出すためのルートを考えないと!」

「その地図は三日前にお姉ちゃんが焚火の燃料にしちゃったじゃない」

「! あ、あれはその……手が滑って……」


 バツが悪そうに口ごもるメリッサ。

ルイスは「はあ」とため息をついてから空を見上げる。


「……そろそろお昼を過ぎてから三時間くらいかしら。とりあえず、辺りが暗くなる前に安全な寝床を確保しましょう」

「え? で、でも、早く抜け出した方が……」

「むやみやたらに歩き回って体力を消耗する方が怖いわ。木に登って、高いところから現在地を把握しよう。運よく川でも見つかれば、それに沿って歩いていくうちにどこかの集落へ出るはずよ」


 先ほどと変わり、今度はルイスが先頭に立って歩きだした。


「休憩するんじゃなかったの?」

「もうそれどころじゃなくなったわ」


 ここがもし本当に屍の森だとするなら、一刻も早く抜け出したいところ。だが、だからといって冷静さを欠いた行動を取れば、より一層事態は深刻なものへと落ちていく。ルイスはそのことをよく知っていた。


 ふたりは手近にあった木に目をつけ、これを登って上を寝床としようと決めた。


「念のため、持ってきたロープを木にしっかりとくくりつけておくこと。お姉ちゃんは寝相が悪いから特に注意ね」

「はーい」


 そんな会話を交わした直後、地面が大きく揺れだした。


「な、何?」


動揺するメリッサの視界の先に、揺れの正体が姿を現す。それは、巨大なイノシシ型モンスターであった。


「! な、なんて大きさなの!?」


 ルイスは驚愕に目を見開く。

 これまでも何体かモンスターを相手に戦い、勝利を収めてきた姉妹だが、体長ゆうに五メートルはある巨体を持つタイプは初めての遭遇だった。


「くっ……こうなったら、やるしかないわ。私たちは『あの人』に再会するまで絶対に負けられないんだから!」


 体力は限界スレスレ。

 それでもルイスは自らを奮い立たせて剣を握る。護身用として持ってきた物であり、扱い方を習ったわけじゃない。それはメリッサも同じで、身体能力こそ高いが戦闘経験はまったくない素人である。


 目標を発見したイノシシ型モンスターは鼻息も荒く、一直線にルイスたちの方へ全速力で突っ込んでくる。


「「!?」」 

 

 自分たちの住んでいる村の家屋に相当するサイズの巨大なモンスターが猛スピードで突っ込んでくる――その迫力に気圧されたふたりは思わず武器を手放してしまった。避けなくてはという意識はあるが、足が震えてまともに動かず、揃ってその場にペタンとしゃがみ込み、動けなくなる。


 万事休す。


 死を覚悟したルイスとメリッサ――が、その場に乱入してきた者がいた。

 


「わっっっっふぅぅぅぅぅぅ!!!」



 黄金色に輝くモフモフの尻尾を揺らしたその少女は、強烈な蹴りをイノシシ型モンスターの側頭部へと叩き込む。凄まじい一撃を食らい、頭がへこんだイノシシ型モンスターは白目をむいてその巨体を地面へと横たえる。


「な、なんなの……」

「凄ぉい……」


 五メートル級のモンスターをたった一撃で葬った少女に戦慄を覚えるルイスだが、姉のメリッサは蹴りを叩き込んだ少女へ憧憬の眼差しを向けていた。


「よくやったぞ、マフレナ! 金狼状態になってもしっかりと意思を保つことができているじゃないか!」


 そんなふたりの背後から、同じくモフモフの尻尾を持った中年男性が走り抜けていき、金色の少女を抱きしめた。


「わふっ! やったよ、お父さん!」

「ああ! 見事だ! さすがは我が娘!!!」


 親子のアツい愛情表現を前に、もう何がなんだか分からなくなった妹ルイス。とにかく、せめて現在地が知りたくて目の前のモフモフ親子へ尋ねた。


「あの、お取込み中すいませんが」

「うん? ……おおっ!? これは珍しい!」


 モフモフ少女の父――ジンは驚きのあまり声のボリュームがアップ。

 それは、少女たちがただ双子だからというわけではない。


「初めて見るな――双子のエルフとは」


 ルイスとメリッサはただの双子ではなく、エルフ族であったのだ。

 このようなリアクションは決して初めてではないため、ふたりとも特に焦る様子もなく、落ち着いて現状把握に努めようとしたのだが、ジンの娘であるマフレナが口走った言葉でその状況は一変することとなる。

 

「わふっ! エルフ族といえば、うちの村にいるクラーラちゃんと同じですね!」

「「!?」」


 ふたりはすぐさまマフレナへと詰め寄る。


「あなた! クラーラさんを知っているんですか!?」

「どこなんですか!? クラーラさんは今どこに!?」

「わ、わっふぅ!?」


 ふたりのあまりの変貌ぶりにたじろぐマフレナ。ジンが仲介に入ることでなんとか冷静さを取り戻すことができ、改めて質問をすることに。


「すいません、取り乱しました」

「とりあえず正気に戻ってくれてよかったが……君たちにとってクラーラは特別な存在のようだね」

「クラーラさんは恩人ですから」

「私たちは助けてくれたクラーラさんに弟子入りするためにその行方をずっと追っていたんです」

「わふっ♪ つまりずっとクラーラちゃんを探して旅をしていたわけですね。でしたら、村へ案内しますよ」

「い、いいんですか!?」


 突然のマフレナの提案に、ルイスは再び驚いた。


「ああ。同郷の仲間が訪ねてきたと知ったら、きっとクラーラも喜ぶだろう」


 ジンもルイスやメリッサが純粋にクラーラへの面会を希望していると判断し、村へ案内することに賛成した。


「「よろしくお願いします!」」


 ルイスとメリッサは双子らしく、ピッタリと息の合ったお辞儀でジンとマフレナに礼を述べた。




 ジンとマフレナの案内で要塞村へと辿り着いたルイスとメリッサの双子エルフは驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。

 まず、種族構成があり得ない。

 自分たちと同じエルフ族は今のところ確認できないが、銀狼族、王虎族、ドワーフ族、大地の精霊、なぜか言葉を話すモンスターたち――などなど、滅多にお目にかかれない種族が当たり前のようにあちこちを歩き回っている。


「わふっ? ここにはいないみたいですね」

「村長のところに行っているのかもしれないな」

「そ、村長……」


 これだけの伝説的種族をまとめあげている村長――それはきっととんでもない、それこそ神に等しい存在なのだろう。ルイスは恐怖を覚えたが、姉のメリッサは激レア種族たちを前に子どもみたいにはしゃいでいた。


「姉さん……少しは落ち着いてよ」

「だってだって! 凄いよ、ここ!」


 興奮気味に村の様子を眺めているメリッサを尻目に、ルイスは高鳴る鼓動を抑えようと手を胸に当てながら村長と思しき人物を探していた。


「一体誰なのかしら……」


 風格漂う王虎族のリーダーか。

 若さと勇猛さを併せ持つドワーフのリーダーか。

 それとも、昼間から酒を飲み、女子にセクハラをしている黒蛇族の女性か。


「……あれはないわね――って、黒蛇族!?」


 シャウナの姿を見たルイスがたまらず大声を出す。


「ルイス、いきなりどうしたの?」

「ど、どうしたって、あそこにいるのは間違いなく黒蛇のシャウナ様よ! あの伝説の八極のひとりなのよ!」

「えっ!? ホント!?」


 ふたりはキャーキャーと騒ぎながらシャウナに声をかけていた。その時、背後からマフレナに声をかけられる。


「ルイスちゃん、メリッサちゃん、クラーラちゃんはトア様の部屋にいるんだって」


 モンスター組からクラーラの居場所を聞き、その結果を報告しにきたのだ。


「そのトア様というのが村長なのですね?」

「そうだよ♪」

「分かりました。――案内をしてください」


 覚悟を決めたルイスは姉のメリッサを引き連れ、クラーラと再会するためトアの私室を訪れることにした。



 ◇◇◇



私室でフォルやクラーラとゆったり昼食を楽しんでいたトアはノックに反応して部屋のドアを開けた。


「は~い――って、マフレナ? 今日は随分と早い帰りだったね」

「トア様に会いたいという方がいたので連れてきました」

「あ、いや、私が会いたいのはクラーラさんなので」


 そう否定した少女を一目見て、トアはエルフ族であることに気づく。

 一方、室内にいたクラーラも聞き覚えのある声に反応してドアの方へと視線を向け――懐かしい顔に思わず声をあげた。


「ルイス!? それにメリッサまで!?」

「「! クラーラさぁぁぁぁぁん!!」」


 室内にクラーラがいるのだと気づいたふたりはトアを押しのけて室内へと入り、クラーラと熱い抱擁を交わす。


「久しぶりじゃない! どうしてここに?」

「あっ! そうでした! 大事な用件があったんです!」


 我に返ったのはメリッサの方が先だった。


「クラーラさん! どうか落ち着いて聞いてほしいです!」

「何よ、改まって」

「実は……アルディさんが――クラーラさんのお父様が病を患い、意識不明になってしまったんです!」

「えっ? パパが?」


 次の瞬間、クラーラの顔は困惑の色に染まった。

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