第295話 要塞村怪談話?
「ふぅ……暑いな」
周辺が夕闇に包まれる時間帯。
市場では商人たちが店じまいをはじめ、村民たちも仕事を終えて自分たちの家に戻り始めていた。
「マスター、今日のところはここらで引き上げませんか?」
「そうだね」
要塞の外壁を修復していたトアとフォルも今日の仕事をこれで切り上げ、夕飯前に汗を流すため風呂へ入ろうと話をしていた。
すると、
「絶対に見たもん!」
「あるわけないだろ、そんなの!」
どこからか口論が聞こえてきた。
その声を追って、トアとフォルが進んでいくと――たくさんの子どもたちが集まって何やら話をしているようだった。その話し合いがヒートアップして、先ほどの口論のように聞こえたらしい。
口論の中心にいたのはふたり。
まず、メガネをかけた小柄な少年ティム。彼はシスター・メリンカと共にこの要塞村にやってきた子だ。
もうひとりは精霊女王の生まれ変わりであるアネス。
かつて、この要塞村にある神樹ヴェキラの魔力を奪い取ろうと村を襲ったが、返り討ちにあってしまい、今は生まれ変わって子どもの姿となっている。ちなみに、アネスは魔虫族の赤ん坊であるハンナをおぶっていた。今やすっかりお姉さんが板についている。
ティムとアネスは眉を吊り上げてにらみ合っている。
どうにも険悪な空気だ。
「おいおい、どうしたんだ!?」
トアは慌ててふたりの間に割って入ると、事情を聞いた。
ふたりが言い争っていた理由は――
「幽霊を見た?」
と、いうことらしい。
どうやら、昨晩、アネスが夜中に目を覚まして窓の外へと視線を動かすと、屋上庭園にいくつもの光の球が見えたという。
「あれは人魂だよ!」
そう強く主張するアネス。
だが、ティムは真っ向から否定する。
「アネス、君が見たのは神樹の魔力だよ」
「あれは金色でしょ? 私が見たのは綺麗な緑色だったもん!」
「寝ぼけて見間違えたんだろう? それに、幽霊っていうならうちにもいるじゃないか」
「アイリーンさんの百倍は怖かったもん!!」
◇◇◇
「へっくち!」
「おや? 風邪でも引いたかい、アイリーン」
「いえ、シャウナさん……そうじゃなくて……なんだか幽霊としてのアイデンティティーが失われかけているような……」
「?」
◇◇◇
結局、子どもたちの言い合いはおさまりそうになかったが、保護者であるシスター・メリンカとエステルが登場したことで解散となった。
しかし、トアにはアネスが嘘を言っているとは思えなかった。
かといって、怪談話の類とも思えない。
そのため、みんなが寝静まった後、トアはフォルを連れて目撃情報のあった屋上庭園を見て回ることにしたのだった。
「どうだ、フォル。何か分かったか?」
「いえ……別段、怪しいものは検知されませんね」
フォルのサーチ能力を駆使して屋上庭園を調べて回ったが、手掛かりひとつ見つけることができなかった。
「やはり、アネス様が神樹の魔力を見間違えたのでしょうか」
「う~ん……」
腑に落ちない様子のトア。
――と、次の瞬間、足元が徐々に明るくなり始めたかと思ったら、小さな緑色の光球がいくつも浮かんできて、トアとフォルの周りを取り囲んだ。
「!? こ、これは!?」
「フォル! これだ! アネスはこの光を見たんだ!」
トアは聖剣を抜き、フォルも魔力を高める。
要塞ディーフォルに巣食う新たな敵の登場というなら、村長として迎え撃つつもりでいる。
だが、ここで予期せぬ事態が起きた。
「マ、マスター!?」
フォルが困惑した声でトアを呼ぶ。それはトアも同じで、今の状況に戸惑っていた。
なぜなら――目の前に現れた光から、まったく魔力を感じないのだ。
光はひとつひとつが意思を持っているかのように不規則な動きを見せている。また、現れたり消えたりと、存在自体が掴みにくい。
「神樹の魔力とは違う? いや、それ以前に魔力を感じないなんて……」
これまでに感じたことのない敵の気配。トアの表情に緊張が走る。
――が、
「! もしかして……」
いつまで経っても敵が動きを見せないことで、トアの脳裏にある予感が浮かんだ。
その答えを確かめるため、トアは聖剣を戻すと、静かに光球へと手を伸ばしていったのであった。
◇◇◇
次の日の夜。
トアとフォルは子どもたちと数人の大人たちを屋上庭園に呼んだ。
「村長、こんなところに僕らを集めてどうするんですか?」
「パパ……」
騒動の発端となったティムとアネス。
ふたりに真実を告げるため、トアはこの場に子どもたちを呼んだのである。
「さあ、もう少しで出てくるよ」
「一体何が――あっ!?」
不満そうなティムの足元から、緑色の光球が浮かび上がってきた。
「こ、これだよ! 私が見たのはこの光だよ!」
そう叫んだアネスは光球の正体を知るため、そっと手を近づける。すると、すぐにその真実が発覚する。
「こ、これって――虫!?」
「そう。アネスが見た光の正体は……蛍だったんだよ」
「「「「「ほたる?」」」」」
子どもたちから一斉に声が上がった。蛍を知らないらしい。
蛍の存在は一緒に来ていた大人たちをも驚かせた。
屋上庭園に蛍が居着いた理由だが、恐らく、ドワーフたちが屋上庭園の景観をより良いものとするために作った人工の川に集まってきたらしいというのが有力だ。
その後、この屋上庭園に生息する蛍たちは、村民たちにとって癒しの存在として定着することとなるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます