第294話 魔人と忍者
アスロット家の令嬢トーニャとの騒動は無事に解決。
バーノン王子とチェイス・ファグナスにこってり絞られた当主のマクウェル・アスロットは深く反省し、娘の将来のため、これからは考え方を改めることを約束し、庭師シモンと共に領地へと戻っていった。
その際、トーニャにはいつでも要塞村を訪れていいことを告げる。
彼女はトアへの想いだけでなく、親しい友人と呼べる存在がいなかったことから、仲の良い五人の関係性にも憧れを持っていたらしい。
「いつでも来てよ。歓迎するから」
「エノドア自警団も同じだ」
「ありがとうございます……トアさん、クレイブさん」
トーニャはトアたちと別れ際に涙を流したが、その表情は晴れやかなものだった。
◇◇◇
騒動から数日後。
この日も要塞村市場は朝から盛況だった。
市場へと続く整備された道には、要塞村に住む鋼の山出身のドワーフたちによる手作りの門まで設置されている。
その門に、ふたりの少女がたたずんでいた。
「ここが要塞村市場ですね! 噂通り、凄い活気です!」
「タマキ、あんまりはしゃぐと転ぶわよ?」
「ネリス殿……私はそこまで子どもじゃないですよ!」
エノドア自警団に勤めるふたり――ネリスとタマキは、休日を利用して市場を訪れていた。久しぶりに、丸一日の休みということで、ふたりは前々から行きたいと思っていた要塞村市場を私服姿で見物し、その後、エステルをはじめとする要塞村の女子陣(クラーラ、マフレナ、ジャネット)たちと過ごすことにしていた。
「それにしても……本当に凄い賑わいね」
鉱山の町であるエノドアにもこういった市場はあるが、ここまで大規模なものではない。それもそのはずで、エノドアで店を持つ者たちほぼすべてが、この要塞村に支店という形で店を出している。それにプラスして、エノドアや獣人族の村、最近ではアーストン高原から移り住んできたグウィン族までもが店を出し始めている。
恐らく、セリウス国内を見渡しても、トップクラスの賑わいなのではないかとネリスは考えていた。
その後、朝食代わりの屋台巡りをし、出店を見て回った後、ふたりはエステルたちと合流するべく、市場の奥にある居住区へと向かう。
この居住区に関しては、誰もが入れるというわけではない。
というのも、ドラゴンのシロだったり、魔虫族のハンナや精霊女王アネスといった、子どもだけどとんでもない力を秘めている者がいたりと、まだまだ一般人と関わらせるには配慮がいりそうな存在もいるからだ。
ネリスはトアとエステルの古くからの友人であり、市場ができる前から何度も要塞村を訪れていて、村民と顔馴染みであるため、通ることが許されている。タマキも、付き合い自体は短いが、その人間性は元上司(?)であるケイスのお墨付きがあるため、通れるのだ。
「さて、と……エステルはどこかしら」
「今日はアネスと一緒に、一日要塞の中で過ごすと言っていましたが……」
エステルを探して辺りを見回していると、
「おや? ネリス殿じゃないですか。今日はどういったご用件でありますか?」
現れたのは魔界からやってきた魔人族のメディーナだった。
「ちょうどいいところで会ったわね。エステルがどこにいるか知らない?」
「エステル殿でしたら、先ほど大地の精霊たちが管理している農場でお見かけしたでありますよ」
親しく話すネリスとメディーナ。
一方、メディーナとの接点がほとんど初めてとなるタマキの視線は釘付けとなっていた。
紫色の肌に金色の目。
この世界に住むどの生物にも該当しない特徴を持った、魔界生まれの魔人族。
ジッと見つめているうちに、そのメディーナと目が合った。
「あなたは確か……タマキ殿でしたな」
「は、はい」
返事をした次の瞬間――メディーナの目つきが変わった。
「あなたが噂のニンジャでありますね!!」
「……はい?」
ニンジャという単語に異常な熱意をのぞかせるメディーナ。
タマキはヒノモト出身者だけが持つと言われるジョブ――《くノ一》を有している。どうやらメディーナはそのことを知っているようだ。
ただ、メディーナのテンションにタマキはついていけてないので、ネリスが助け舟を出す形で話し始める。
「メディーナ……ニンジャなんて知っているの?」
「魔界ではニンジャを知らない者なんていませんよ! 何せ、カーミラ様も人間界にいる凄いヤツと何度もお話していましたから!」
カーミラというのは、ローザやシャウナと同じく、帝国と戦った八極のひとり、《魔人女王》と呼ばれた凄腕の魔人族だ。
そんなカーミラの部下でもあるメディーナは、彼女に心酔しているため、カーミラが気に入っていたニンジャに関心があるようだった。
「本物……本物のニンジャ……」
メディーナは瞳を潤わせながら、憧憬の眼差しをタマキへと向けられる。
「ある時は炎となり、風となり、水となり、自然と調和して悪を討つ――そんな偉大なニンジャに、カーミラ様だけでなく、多くの魔人族が憧れを抱いていますよ」
「いくらなんでも過大評価が過ぎます!」
その後、正しいニンジャ――ではなく、忍者の知識を、タマキはメディーナへ懇切丁寧に説明をした。結果、自分たちが抱いていたニンジャの姿はだいぶ誇張されたものであることを理解する。
――が、この時の出来事がきっかけで、魔人族のメディーナとヒノモト人のタマキは親しい友人となり、それからも交流を続けることとなったのであった。
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