第293話 真相

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…………………………………………………………………………………………………




 トアと庭師シモンがパーベルを立ち、エノドア診療所に到着した時にはすでに夕闇が迫ろうという時間帯であった。


 診療所では、すでに目を覚ましたトーニャがちょこんと申し訳なさそうにベッドの上で正座をしている。その周りにはエノドア自警団の面々とエステルの姿があった。


「お嬢様!!」


 庭師のシモンはトーニャの姿を確認するとすぐさま駆け寄る。

 その素早さは自警団一のスピード自慢でもあるクレイブでさえ反応できないほどであった。

 シモンの反応を見たエドガーとネリスとヘルミーナ、そしてエステルは彼がトーニャに対して主従の関係以上の気持ちを胸に秘めていることが瞬時に読み取れた。

 ――気づかないのはトアとクレイブのふたりのみ。


「シ、シモン? どうしてここに?」

「お嬢様が突然妊娠したなどと言い残して家を出たと聞き、もういても立ってもいられてなくて……」


 トーニャの手を取って、涙ながらに語るシモン。

 最初はその勢いにおされていたトーニャだったが、徐々に表情が青ざめていく。真っ先に気づいたネリスが口を開いた。


「トーニャ様……こちらのトア・マクレイグの子を妊娠したとうかがいましたが……」

「あっ! そうだった! すっかり忘れてたぜ!」


 叫ぶエドガーの頬をつねりながら、ネリスは続ける。


「失礼を承知でお尋ねしますが――本当にそのお腹の中にいる子はトア・マクレイグとの子なのですか?」

「そ、それは……」


 言い淀むトーニャの反応を見たエドガーとネリスとヘルミーナ、そしてエステルは彼女の妊娠話は嘘だと瞬時に読み取れた。

 ――気づかないのはトアとクレイブのふたりのみ。


「……あのふたり、あんなに鈍かったかしら?」

「クレイブはもとから戦闘以外だとそういう気づきに弱いところがあったけど……トアは昔に比べたら鈍ったよなぁ」

「そうよねぇ……トアがもう少し早く私の気持ちに気づいてくれていたら……」

「「あっ」」


 エステルの瞳から光が消えかけたところで、コソコソ話は終了。

 それから、改めてトーニャ・アスロットから真相を聞くこととなった。






 トーニャ・アスロットには、縁談の話が持ち上がっていた。

 まだ表立って話がまとまったというわけではないが、某貴族がトーニャをいたく気に入っているらしく、それに父のマクウェルも乗り気となって進めていったらしい。

 これらはすべて娘のトーニャに一切知らされることなく、本人が気づいた時にはすでに取り返しのつかないところまで来ていたという。


「……ひどい話だ……」


 その話を聞いた時、トアの脳裏に浮かんだのは、あのディオニス・コルナルドだった。

《大魔導士》のジョブを持ち、フェルネンド国民からも英雄視され始めていたエステルの力と人気を悪用するため、新聞社に捏造記事まで作らせて結婚を迫ったディオニス。

 だが、実際はそううまく事が運ぶはずもなく、偽の記事に騙され、傷心のままフェルネンドを去ったトアを追って、エステルも国を出ていった。それが結果として、今のフェルネンドの現状を引き起こすきっかけとなっている。


 相手の素性どころか顔さえ知らない相手との結婚――ひと昔前の貴族ならば、そう言ったこともあったのだろうが、さすがに近年では耳にしたことがない。


 とりあえず、トーニャがなぜ家を飛び出したのか、その理由については発覚した。

 問題は、親が勝手に決めた婚約者との話をぶち壊すために設定した架空の妊娠――その相手を、なぜトアにしたのかという点。


 が、これもほぼネリスやエドガーの想像通りだった。


 かつて、フェルネンド聖騎隊養成所時代に、このセリウスへ演習のため遠征していたトアたちが偶然出くわした誘拐未遂事件。それを解決したトアに、被害者だったトーニャは一目ぼれをしたのだという。

 だが、トアのエステルを見つめる視線を目の当たりにしたトーニャは、自分の入り込む余地はないと悟り、静かに身を引いた。

 それから数年経ち、父と口論になった際、咄嗟についた嘘にリアリティを持たせるためついた偽りの父親の名――トーニャは初恋の相手であるトアの顔と名前が浮かび上がり、口にしたのだ。


 トアが要塞村の村長としてセリウス王家からも一目置かれていることをトーニャは知っていた。なので、自分の嘘がきっかけでトアに迷惑がかかると気づき、慌てて彼のいる要塞村を訪ねようと、なんとかエノドアまで自力でたどり着いたのだという。





 ――その後、無事に父マクウェルのもとへと戻ったトーニャ。

 だが、真相を知ったバーノン王子とチェイスから、「さすがにそれはない」とお説教を食らった挙句、実は結婚相手にしようとしていた男が、違法な魔草を育て、裏で売買し、巨額の富を得ていたことが発覚し、結果としては結婚しなくてよかったというオチがつくことになったのだった。


 さらにそれからしばらく後、トーニャは本当に自分のことを想ってくれている庭師の青年と、身分の差を乗り越えて結ばれるのだが、それはまた少し未来の話である。









 騒動が落ち着いてからしばらくして――


「そんな! 私が地下古代遺跡で調査をしている間に、地上でそんな面白そうな事態が起きていたなんて!?」

「この状況下でシャウナ様が地下に潜っていてくれたことを僕は神に感謝しますよ」


 涙目で悔しがるシャウナに対し、フォルは容赦ない率直な感想をぶつけるのだった。

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