第296話 物産展とモニカの思い出
鉱山の町エノドア。
そのエノドアの平和を守る自警団の駐屯所では、団長のジェンソンをはじめ、クレイブやヘルミーナといった優秀なメンバーが揃っている。
そんな中、自警団の事務仕事を担当しているのが、団長であるジェンソンのひとり娘――モニカだ。かつては家で父の帰りを待つだけだった彼女だが、今では立派な事務員として自警団に欠かせない存在となっている。
そんなモニカは、ある日、休暇となった父ジェンソンと共に要塞村を訪れていた。
理由は、要塞村市場の商人たちを統率するナタリー・ホールトンが企画した、ある物産展を訪れるためだ。
「わあっ! 懐かしい!」
市場で初の物産展――そのテーマはズバリ、モニカたちがエノドアに移住するまで暮らしていたディマースだった。
もともと、ディマースは小さな国ではあるが、独特の食文化があり、それが今、ストリア大陸でちょっとしたブームになっている。そこに目をつけたナタリーが企画し、今回実現したのだ。
その際、ディマースの出身であるモニカやジェンソンにも意見を聞いており、今回はそのお礼も兼ねて、なんでも無料で食べ放題という特製パスを進呈した上で、ナタリーが招待したのだ。
「いらっしゃい、ふたりとも」
「ナタリーさん!」
「今日はお招きいただき、感謝する」
モニカとジェンソン親子は頭を下げるが、ほぼ同時にナタリーも頭を下げていた。
「おふたりの助言をもとに、こうして物産展を開けましたし、大成功しています。今日はゆっくり楽しんでいってください」
「ありがとうございます!」
元気よくお礼を述べたモニカは早速出店を見て回ることにした。父ジェンソンは《娘を見守る会》で世話になっているジンやゼルエスに挨拶へいくらしいので、ここからは別行動をとることに。
「あら、モニカじゃない」
「いらっしゃい」
「今回の成功の立役者ですね」
「わふっ♪」
途中、エステル、クラーラ、ジャネット、マフレナの四人と遭遇。彼女たちもこの物産展を楽しんでいるようで、連れ回されている村長のトアは、交互に「あ~ん♪」と食べ物を与えられていた。
「……いいなぁ」
ボソッと呟くモニカ。
あんなふうに食べさせたい相手がいないわけじゃない――が、
「トア、このディマース特産の野菜を使ったベジタブルケーキもうまいぞ。さあ、口を開けるんだ」
その相手であるクレイブ・ストナーは、エステルたちと同じようにトアへケーキを食べさせようとしているが、エドガーとネリスに首根っこを掴まれて回収されていった。
「はあ……」
あの様子では、クレイブを振り向かせるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「……でも、無理なのかなぁ」
エノドアに移住して二年以上経つが、未だにクレイブを振り向かせることができていない。最近では、もう不可能ではないのかと不安にもなってきた。
その時、
「あら? もしかしてジェンソンさんところのモニカちゃん?」
ひとりのおばちゃんが、モニカに声をかけた。それはモニカのよく知る人物だった。
「えっ!? ジェシーおばさん!?」
「そうよぉ、元気だった?」
「はい!」
おばちゃんの名前はジェシーといい、ディマースに住んでいた頃のお隣さんだった。母親を早くに亡くし、父の帰りをひとりで待つモニカを不憫に思ってよく家に招待して一緒に夕食をとっていた。
懐かしい人物との再会に、モニカのテンションは一気に上がる。
「こっちでの生活はどう?」
「とても楽しいですよ。職場のみんなも優しいですし。ジェシーおばさんの方は?」
「元気でやっているよ」
近況を報告し合うモニカとジェシー。
だが、ジェシーはモニカに元気がないことをすぐさま見抜いた。
「モニカ……もしかして、何か辛いことでもあるのかい?」
「それは……」
原因は今もエドガーとネリスに連行されているクレイブのことだが――ディマースにいた頃に比べると、やりたいことがたくさん増えて、楽しく暮らせているのは確かだ。それに、父のジェンソンも一緒にいてくれる。
「なんでもないの、ジェシーおばさん」
「そうかい?」
「うん! だって私――エノドアって町が好きだし!」
それだけは、間違いなく胸を張って言える。
クレイブとの仲が進展するのはもう少し時間がかかりそうだが、せっかく彼と近い距離にいられる自警団に入ったのだ。振り向いてくれるまで、これからもっとアプローチしていけばいいだけのこと。
「待っていなさいよ、クレイブ!」
「ふふ、モニカが元気になってくれたようでよかったわ」
要塞市場で最初の物産展は、少女モニカに大きな勇気を与える結果となった。
「!? な、なんだ……悪寒が……」
「いい加減、誰かさんの気持ちに応えろってことだろ?」
「それができれば苦労はしないんだけどねぇ」
「な、なんのことだ? というか、いい加減放してくれないか、ふたりとも」
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