第297話 雨季がもたらした出会い

 初夏を迎えたセリウス王国は雨季に入っていた。

 特に、要塞村のあるファグナス領はここ数日大雨が続いていた。


「うーん……今日も止む気配がないな」


 要塞村村長のトアはため息をつきながら鉛色の空を眺める。ここ数日続いている大雨の影響で、市場も休業を余儀なくされていた。それだけでなく、近くを流れるキシュト川が氾濫の危機に瀕しており、今日も朝から雨具を装着したドワーフやモンスター組を引き連れて作業のために出かけていた。


 念のため、数日前から氾濫を危険視して作業を続けていたが、日に日に雨の勢いが増しているのでその対策にも無理が生じ始めていた。


 被害は要塞村だけではない。


 エノドアでは大雨により鉱山での仕事ができなくなり、こちらも休業状態。

 パーベルも海が大荒れとなり、漁業ができず、他国からの船も入れない状況だった。


 さすがに天候だけはどうしようもない。

 トアは村民を危機から守るため、キシュト川へ足を運ぶ。

 

「トア! 大変なことになっているわよ!」

「マスター……これは……」


 同行したエステルとフォルから驚きの声が漏れる。トアや作業をしに来たドワーフたちも同じように驚愕している。


 キシュト川は氾濫寸前だった。

 激しく流れる川の水は、土が入り混じった茶色をしており、まるで意思を持った生き物のようにさえ映る。


「これは……まずいな」


 川が氾濫したら、間違いなく村に影響が出る。

 要塞村だけの問題ではない。

 この近くには獣人族の村と、最近この辺りに移住してきたアーストン高原のグウィン族も住んでいる。ちなみに、現在、それらの村の住人たちは一時的に要塞村へと避難しているため命の危険はないが、このまま豪雨が続けばそうも言っていられなくなる。


 すぐにでも作業を開始しようとするドワーフたちだったが、


「ダメだ、村長! 風まで強くなってきやがった!」

「このままでは我らも濁流に呑み込まれちまう!」


 豪雨にプラスして、風の勢いも増してきた。

 これ以上川に近づけば、そのまま引きずり込まれかねない。


「くっ……仕方がない。ここは一旦退いて――」


 トアが全員に撤退の指示を出そうとした時だった。

 激しい雨風に紛れて、この場にいない「誰か」の声が響く。


「今、声が……」


 要塞村へ引き上げていくエステルたちから離れて、トアは再び川へと向かう。相変わらずの凄まじい濁流――その中に、人影を捉えた。


「!? まさか!? 呑み込まれた人が!?」


 ハッキリとは認識できなかったが、人であることは間違いない。

 トアはさらに川へと近づくが、


「マスター!! 危ないですよ!!」

 

 フォルによって引きとめられる。


「フォル! 濁流の中に人がいたんだ! もしかしたら、要塞村の村民かもしれない!」

「本当ですか!? で、ですが、これ以上はマスターでも危険です!」

「……いや!」


 トアはフォルの制止を振り切って川ギリギリまで近づく。

 そして、聖剣エンディバルを鉛色の空へと掲げる。

 すると、神樹ヴェキラから注ぎ込まれる金色の魔力がトアを包み始めた。悪天候でありながらも、トアの周りはまるで宝石をちりばめたような輝きを放っている。


「いくぞ!」


 振り上げた聖剣を、トアはそのまま振り下ろす――と、キシュト川が大きくふたつに分断されたのだ。


「な、なんだ!?」

「川が割れたぞ!?」

「トア!? 一体どうしたの!?」


 異変に気付いたドワーフ族やエステルも駆けつけてきた。

トアは大急ぎで事情を説明すると、ドワーフたちが川へと急ぎ、分断されたことであらわとなった川底を歩きながら人を探す。

その結果――目的の人物は見事保護された。


「あ、相変わらず、マスターと聖剣はなんでもありですね」

「作ってくれたジャネットに感謝しなくちゃな」


 救出成功の一報を耳にしたトアは大きく息を吐いてホッと胸を撫で下ろす。

 だが、大慌てで戻ってきたドワーフたちが連れてきたその人物を見た瞬間――先ほどまでとは質の違った衝撃がトアを襲う。


「なっ!? そ、そんなまさか!?」


 トアだけでなく、エステルやフォル、そして救助活動に当たったドワーフたちも一様に困惑していた。

 なぜなら、助けたのは――



「驚いたな……この子は――人魚族じゃないか!」

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