第298話 長旅の目的

 激流に呑まれ、気を失った人魚族の少女を保護したトアたち要塞村の面々。

 すぐさま村へと戻ると、ドワーフたちは空き部屋のひとつに大きな水槽を作り、そこを神樹の根が浸かる地底湖の水――通称・聖水で満たす。

 

 その後、事情を聞きつけた村医のケイスが合流し、人魚族の少女の診察を開始。外傷は特に見られなかったが、泳ぎが得意なはずの人魚族が、あの濁流で溺れるとは考えにくいということで、恐らく、何かしらの理由で体力が落ちていたのではないかと説明した。


 ローザやシャウナも交え、さまざまな意見が出たのだが、結局のところ、彼女が目覚めて直接説明を受けるまで分からずじまいということに。


 夜の間は、睡眠を取る必要がないフォルを見張りにつけ、その日は大雨への対策に戻ることとなった。



  ◇◇◇



 翌朝。

 昨日までの豪雨が嘘であったかのような快晴となった。


 トアはまず、ジャネットを含めたドワーフたちを引き連れて氾濫寸前だったキシュト川の様子を見に行くことに。

 近隣の村とをつなぐ橋は壊れてこそいなかったが、水位が下がり、流れが穏やかになってから詳細な調査が必要になると判断。そのため、しばらくは川の状況を見てから次の行動を決定することとなった。


 村に戻ると、トアは早速主要なメンバーを揃えて、人魚族の少女が入った水槽のある部屋へと移動する。部屋に入ると、すでに少女は目覚めていて、見張り役をしていたフォルと楽しげに会話をしていた。


「どうやら目が覚めたようだね」

「! あ、あなたは!?」


 トアが声をかけ、水槽から顔を出していた少女と目が合う――次の瞬間、


「もしや要塞村のトア・マクレイグ様ですか!?」


 少女はそう叫んだ。


「えっ? 俺のことを知っているの?」

「はい! もちろんです! 私はあなたに会うため、遥々ここまでやってきたのですから!」


 どうやら、人魚族の少女はトアがお目当てらしかった。

 一気に警戒心を強めるエステル、クラーラ、ジャネット、マフレナの四人。ローザとシャウナは半笑いで肩をすくめ、体調チェックに来たケイスはニヤニヤしている。


 気を取り直して、ケイスによる問診を終えると、本題に入った。


「……君の名前は?」

「ルーシーと申します」


 礼儀正しく名乗ったルーシー。

 トアはその素性を知るべく、さらに質問を続ける。


「俺に会うためと言ったけど……それはどうしてだ?」

「! そ、そうでした! あなたに助けていただきたいのです!」

「? 助ける?」


 ルーシーの顔が途端に青ざめる。

 

「なんだか切羽詰まっているみたいだけど……」

「一体何があったの?」

「訳を話してみください」

「わふっ! 力になりますよ」


 慌てふためくルーシーの様子から、ただ事でないと察したエステルたちは協力を申し出る。もちろん、その場にいたローザ、シャウナ、ケイスも同じだ。そんな、お人好したちをまとめる、お人好しの代表であるトアも当然――


「ルーシー、話してくれないか? 困っていることがあって、俺を頼りにしてくれたのなら、できる限り応えるようにするよ」


 そう伝える。


「あ、ありがとうございます!」


 ルーシーは再び深々と頭を下げると、要塞村へたどり着くまでの経緯について語り始めた。





 まず、ルーシーはストリア大陸の最東端に位置する島の出身であった。

 その辺りの海域は、オーレムの森に住むエルフたちのように、人魚族たちによる自治が認められていた。そのため、近くの町に住む漁師たちでさえ、近づくことはなく、交流さえもなかった。


 だが、そうした生活に大きな変化が起きる。


 長年、人魚族を束ねてきた長が病に倒れたというのだ。


 その人魚族の長に、同じく帝国と戦った経験のある八極のローザとシャウナは心当たりがあるようだ。


「人魚族の長はもしや……ガイエルか?」

「は、はい。そうです」

「《海淵のガイエル》か……いや、懐かしい。最後に会ったのは戦勝パレードだったか」

「そうじゃったかのぅ」


 どうやら、ふたりは人魚族の長と面識があるらしい。


「知っている方なんですか?」


「まあね。何せ、あのヴィクトールが是非とも八極にと誘ったくらいだ」

「白獅子のライオネル同様、すでに種族の長に就任していたということもあって断られたんじゃがな」


 八極のリーダーであるヴィクトールがスカウトする――それはつまり、他の八極と実力的には同等であると言えた。


「そのガイエルが、トアを呼んでおるのか?」

「いえ、読んでいるのは……ご子息であるデイロ様です」

「「息子が?」」


 ローザとシャウナは息子であるデイロの存在自体を知らなかった。

 そんなデイロが、要塞村のトアになんの用があるというのだろう。


「実は、オーレムの森のエルフ族のように、私たち人魚族もこれからは人間と共存していく道を歩んでいこうと考えているのです」

「なるほどね。それで、さまざまな種族との交流経験が豊富なトア村長に目をつけたってわけか……」


 デイロの狙いを分かりやすく解説するケイス。それは当たりのようで、ルーシーはゆっくりと首を縦に振った。


「私が使者として選ばれ、要塞村へと向かったのですが……まさかこのような荒れた天候になると思っていなくて……」


 長旅の疲れもあり、要塞村を目前にして力尽きてしまったのだという。


「会いたいって理由は分かったけど……どうして俺を知っていたんだ?」

「以前、うちの海域に住む人魚が、要塞村の人たちとお会いしたそうで、その時の印象をよく語っていたんです」

「えっ? 人魚族と会った? ――あ」


 最初は誰のことか分からなかったが、すぐに思い出した。


「エノドアと要塞村を結ぶ道路整備をしている時に会った……」

「ああっ! ウミトカゲとの夫婦ね!」


 クラーラたちも、人魚のことを思い出したようだ。この場にいる者で言えば、ケイス以外は全員その時の記憶がある。


「あの……どうでしょうか……?」

「……少し、考えさせてほしい。今回の雨の被害状況を報告しに行かないといけないし。――だけど、会うこと自体は前向きに考えているから」

 

 トアとしては、新しい種族との交流は望ましいが、村長として、近隣の被害状況の確認と今後の復興作業について、領主ファグナスとも相談したうえで、いろいろと検討する必要があった。


 諸々の見通しが立つまで、とりあえず、ルーシーには要塞村で過ごしてもらうということで、とりあえず、話し合いは一旦閉じることとなったのだった。

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