第299話 被害報告と旅支度
人魚族からの使者・ルーシーによってもたらされた、要塞村との交流。
これまでも多くの種族と交流を続けてきたトアとしては、この申し出を断る理由がない――のだが、今回はそれよりもまず、大雨による被害報告を領主であるチェイス・ファグナスへ届ける必要があったため、すぐさま人魚族がいるという島へは旅立たず、まずはチェイスの屋敷へと向かうことにした。
ファグナス家の屋敷には、すでにエノドアのレナード町長、そしてパーベルのヘクター町長が報告に訪れていたようで、ルーシーとの話し合いをしていたトアは最後だった。
「――以上が、要塞村周辺の被害状況です」
「そうか。獣人族の村とグウィン族については復興まで時間がかかるだろうが、とにかく人命が失われるようなことがなくてよかった。これもトア村長の迅速な判断のおかげだな」
獣人族とグウィン族は、トアからの提案によって、キシュト川が大きく荒れ始める前に要塞村へと避難し、難を逃れることができたのだ。
チェイスは、その判断力を称えた。
「あのまま降水量が増え続けたら大変なことになっていましたから……正直、今日晴れてくれなかったら、要塞村だってどうなっていたことか」
「うーむ……私が領主となってからは、このように雨続きだった年はなかったな。続いたとしても、せいぜい二、三日程度だったろう」
暖冬だったり冷夏だったり、気象についてはその年によって大きく異なった動きを見せることがある。今回の雨続きもそうした特異な気象によってもたらされたものだろう――それが、セリウス王国全体での意見だった。
「ともかく、この後行くんだろう? ――人魚族のところへ」
「はい。交流を提案しているのは、長のガイエルさんではなく、その息子のデイロさんという方らしいですが……」
「あの《海淵のガイエル》が病に倒れているとはなぁ……」
「知っている方なんですか?」
「直接の面識はないが、噂は耳にしている。かなりの豪傑だって話だ」
ヴィクトールが八極に誘うくらいだから、相当な実力者だろう。トア個人としても、どんな人物であるのか、会うのも楽しみにしていた。もっとも、現在療養中とのことなので、面会は難しいかもしれないが。
「恐らく、その病を理由に長の座を息子のデイロに譲るつもりなのだろう」
「じゃあ、この交流は、そのデイロさんにとって初仕事になるわけですね」
「かもしれんな」
その話を聞いて、トアはオーレムの森のエルフたちを思い出した。
長がクラーラの父であるアルディに代わってから、要塞村を起点に人間との積極的な交流を開始した。このように、長の代が変われば、それまでの風習にも変化が起きる。デイロの申し出もその類だろうと考えていた。
「陸のエルフに海の人魚族……獣人族や精霊族もいるし、いよいよ全種族が要塞村の一員になる日が見えてきたな」
「いや、さすがにそれは……」
トアとしてはまったく意識していないのだが、今回の人魚族との交流次第で、エルフ族やドワーフ族などと同じく、村民として移住することになれば――さらに他種族の層が厚くなっていく。
そのうち、本当に、チェイスの言った「全種族が要塞村の村民に」という話も実現できてしまうかもしれない。
ファグナス邸での報告を終えたトアは村へと戻り、人魚族のいるストリア大陸最東端の島――カオム島へ向かう準備を始めた。
まず、トアは各種族の代表者たちを円卓の間へと招集。
そこで、人魚族との交流を本格化するため、長代理を務めるデイロを訪ねることにしたと報告。その上でカオム島に向かうメンバーを発表した。
トアの他は案内役のルーシー、それからクラーラ、ジャネット、ローザ、フォル、の四人が同行することとなった。ちなみに、今回もアーストン高原の時と同様、移動には守護竜シロにお願いする。
その決定事項を伝えるため、ルーシーの部屋を訪ねてみると、
「あっ、トア村長♪」
なんと、ルーシーに人間とまったく同じ足が生えていたのだ。
「ル、ルーシー!? どうして足が!?」
「全員ではないですが、人魚族は魔力を操ることでヒレを足に変化させることができます。といっても、制限時間付きですが」
「まるで昔の僕みたいですね!」
なぜか胸を張るフォル。
「そういえば……あんたって、昔は要塞村を離れた五時間くらいしか動けなかったのよね」
「ふふ、鋼の山に来た時は途中で魔力が切れて、最後はクラーラさんがおぶって持ち帰ったんでしたね」
「……アレも今や遠い思い出ですよ」
クラーラとジャネットからツッコミを入れられると、フォルはそっぽを向いて知らんぷり。
「ま、まあ、ともかく――ルーシー、朗報だよ」
気を取り直して、トアはルーシーにカオム島へ向かうことを告げた。
「本当ですか!?」
「ああ。道案内を頼むよ」
「お任せください!!」
鼻息も荒く、ルーシーはヤル気満々。
こうして、トアたち要塞村一行は、人間との交流を始めようとする人魚族が待つ島――カオム島へ向けて出発するのだった。
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