第300話 人魚族の島へ
人魚族が住む島――カオム島。
豪雨の日に出会った人魚族のルーシーは、長であるデイロがさまざまな種族が仲良く暮らしている要塞村と交流したいと考えており、自分は使者として訪れたと告げた。
ザンジール帝国との大戦が終わった後、人魚族は長らく自分たちのみで生活を続けてきたのだが、最近になって長が海淵のガイエルから息子のデイロへと変わり、方針がガラリと変化したという。
それまでの考え方とは違い、人間との交流を目指すようになったのだ。
手始めに、エルフやドワーフ、さらには銀狼族に精霊族と、さまざまな種族が暮らす要塞村との交流を目指すようになったらしい。
トアには人魚族と同じように、終戦後、人間と関わりを持たなかったエルフ族やドワーフ族と交流を深めている実績がある。人魚族の新しい長のデイロはそれを考慮してトアとの接触を試みたようだ。
「それじゃあ、留守の間は頼みます」
「任せなさい」
「私たちがいるから大丈夫よ」
「トアの方こそ、気をつけて」
「わふっ! いってらっしゃい、トア様!」
トアが不在の間、要塞村の中心となるのは古株のジンとゼルエス、そして同じ人間であり、そちら側の事情に精通しているナタリーとケイス、それに八極のひとりであるシャウナの計五人だ。
トアたちは守護竜シロの背に乗り込み、要塞村の村民だけでなく、今日から復興のため暮らしていた場所へと戻るグウィン族や獣人族の村の人々にも見送られながら、大空へと舞い上がっていった。
――ちなみに、ローザは愛用の箒に跨り、単独飛行でトアたちのあとを追う。
◇◇◇
ルーシーの案内で飛行を続けることおよそ二時間。
「あっ! 見えてきました!」
魔力切れで足を維持できなくなり、フォルが背負った樽型の水槽に入ったルーシーが眼下に広がる青い海を見て叫んだ。
「いよいよか……」
「当たり前の話ですけど、周辺に人が暮らしている様子は見られませんね」
「オーレムの森や鋼の山と状況は似ているわね」
「そうなんですか? だったら、私たち人魚族がクラーラさんやジャネットさんたちのようにみんなと仲良くできる可能性もあるってことですね!」
「十分仲良くできると思うわよ?」
「というか、今も仲良くできていると思いますし」
「! そ、そうですね! そうですよね!」
ドワーフ族であるジャネットとエルフ族であるクラーラ。
互いに、トアと出会うまでは人間との接点がほとんどない種族だっただけに、人魚族のルーシーに対してはシンパシーを感じているようだ。そのため、すんなりと馴染め、まるで昔からの友人のように話している。
そんな光景を微笑ましく眺めているトア――が、その穏やかな時間を裂いたのは眼下のように目を光らせていたローザだった。
「トアよ。あれを見ろ」
「? どうかしたんですか? ――うん?」
トアが目にしたのは、カオム島周辺の海域に展開する数隻の船。
遠くてハッキリとしたことは分からないが、船であることは間違いない。人間に限らず、他種族との交流を避け続けてきたはずの人魚族――その人魚族の島近くに船がある。
「……妙ですね」
「じゃろう?」
トアとローザは顔を見合わせると同時に頷き、フォルの背負った水槽越しにクラーラやジャネットと楽しげに会話をするルーシーへ尋ねた。
「なあ、ルーシー」
「なんでしょうか?」
「島の周辺に展開している船についてなんだけど――」
「へ? 船? ――うわあっ!? なんですか、あの船!?」
驚きに目を丸め、思わず背負っていたフォルの兜を吹っ飛ばしてしまう勢いで身を乗り出すルーシー。ちなみに兜はジャネットが落下ギリギリのところでなんとかキャッチに成功していた。
「目に見えるだけで五隻……どういうこと? 人魚族は他の種族と交流はしていないんでしょう?」
「そ、そうです! 現に私も、トアさんたちが初めて見る人魚族以外の種族なんです!」
必死に訴えるルーシー。
その様子から、嘘を言っているようには思えなかった。
だとすると、
「あの船……人魚族の島に何か用があるのか?」
トアがそう呟いた瞬間、思い浮かんだのはアーストン高原のグウィン族だった。
ひっそりと暮らしていた彼らは、聖鉱石の居場所を知ることができるため、それに目をつけたフェルネンド王国聖騎隊によって襲撃されかけていた。結局、プレストン率いるオルドネス隊は、トアの手によって成敗されたが――もしかしたら、今回も同じようなことが起きようとしているのかもしれない。
しかも、今回はプレストンの時とはスケールがまったく異なる。
「と、とにかく、あの船に乗っている人たちの目的について聞いてみよう」
「それが先決じゃな」
トアはシロに高度を下げるように指示を出し、まず初めに所属不明の船と接触を試みる。その際、ドラゴンであるシロが近づいては警戒されると思い、ローザの箒に乗らせてもらって接近することにした。
「落ちぬよう気をつけるんじゃぞ、トア」
「はい」
シロを近くの森に下ろし、クラーラたちには待機しておくよう告げて、トアとローザは五隻の船に近づいていった。
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