第194話 おいでよ、オーレムの森

 ファグナス邸での話し合いから一夜明けた翌日。

 トアは朝早くからある場所を目指して要塞村を出た。

 その場所はクラーラの出身地であるオーレムの森だった。

 実は、あの話し合いの後、新しいオーレムの森の長アルディから、正式に要塞村と同盟関係を結ぶため、儀式に参加してほしいとのことだった。

 トアとしても、オーレムの森とは友好関係を強めていきたいと思っているので、その申し出はふたつ返事でOKを出した。

 

 そういったわけで、トアは朝早くから冥鳥族と共に要塞村を上空から守る巨鳥ラルゲに乗ってオーレムの森を目指していた。

 ちなみに、旅のメンバーはトア、クラーラ、エステル、ローザ、そしてさらに、


「トア村長、あたしも一緒に行っていいかしら?」


志願したのは今や白衣姿が様になっている要塞村専属医のケイスだった。


「お城にいた時から、エルフの住んでいる森に興味があったのよ。エルフ族自体はクラーラやセドリックたちと出会うことで願いが叶ったけど、やっぱりエルフの森に一度は行ってみたいなぁと思って」

「俺は構いませんが……」


 トアはチラッとクラーラへ目配せ。

 今でこそ、要塞村で当たり前のように他種族と交流をしているエルフたちだが、人間でも王族となると身構えてしまうのではないかと考えた。

 かつて帝国により迫害を受け、中には奴隷のような扱いを受けていたオーレムの森のエルフたち。その時の影響が、今の他種族との交流遮断につながっていた。ケイスはザンジール帝国の人間ではなく、セリウス王族の人間だが、オーレムの森のエルフたちにとってどういった印象を抱くのか、クラーラの判断を仰ぐことにした。


「問題ないとは思うけど……」

「そう? だったら行っても平気?」

「う、うぅん……」


 クラーラの反応は微妙なものだった。

 それは恐らく、ケイスが王族だからということではなく、もっと別のところに問題があるからだろう。


「オーレムの森にはいないのよねぇ……ケイスさんみたいなタイプ」

「あたしみたいなタイプ?」

「なんというか、その……」

「オーレムの森のエルフにオネェはおらんのじゃろ」


 言いにくそうにしているクラーラに代わり、ローザがストレートに告げる。


「あらそうなの?」

「え、ええ……でもまあ、大丈夫かな?」


 これに関してはクラーラとしても自信がないらしい。

 と、まあ、一部不安要素はあるものの、とりあえず同行して様子を見ることにした。




 ラルゲに揺られることしばらく。

 クラーラとしては里帰りしたばかりで懐かしみは薄いが、トアやローザからすると一年ぶりくらいに訪れるオーレムの森に到着した。


「よくぞ来てくれた、トア村長!」


 到着早々、アルディを中心に多くのエルフ族たちから歓迎を受けた。

 トア、エステル、ローザは以前この森を訪れ、宴会にも参加しているためエルフたちとは面識があった。そんな中で、やはりエルフたちが気にしているのは新登場のセリウス王族であり今や要塞村名物となったオネェ医師のケイスだ。


「はじめまして、エルフ族のみなさん♪」


 フレンドリーな笑顔振りまくケイス。

 そんなケイスに対して、エルフたちは困惑気味だった。

 信頼できる人間であるトアが連れてきたのだから悪いヤツではないのだろうというのが総意ではあるが――問題はやはりその性別。

 見た目は男っぽいが、口調や仕草は女性そのもの。

そんなケイスにどう対応すればいいのか困っているようだ。

 微妙な空気を察したケイスは、自らオネェであることを説明。最初はよく理解していないようだったが、根気強く説明してなんとか理解してもらえたようだ。

 さらに、ケイスが王族の人間であることを知ると、むしろそっちの方に驚く者が多かった。


「せ、セリウス王家の方が……」

「あれ? アルディさんには伝えていましたよね?」

「あ、ああ……しかし、こうして直に会うと……」

「やだわ、もう! そんなに緊張しないで♪ 今は要塞村でお医者さんをしているただのオネェよ♪」


 ウィンクを飛ばして「もっとフランクに接していいのよ♪」と合図を送るケイス。だが、それはまだちょっと難しそうだ。トアたちでさえ、最初の頃は「相手は王子様」という考えが先行していたくらいだ。


 ともかく、ケイスの紹介も終わったところで、早速本題の今後について会談がもたれることとなった。

 会談にはトアとローザ、そしてケイスが飛び入りながら参加することとなった。ケイスは王位継承権を半ば放棄した形だが、今後セリウス本国との接触があるならどういった対応を取るべきか、そのアドバイスを受けるためにアルディが参加を依頼したのだ。




 トアたちが会談をしている間、クラーラとエステルは森の中を散策していた。


「会談に出なくてよかったの?」

「難しい話って苦手なのよね。それに……もうちょっと村の様子を見ておきたいなって思ったからちょうどよかったわ」


 クラーラにとってここは生まれ故郷。

 やはり懐かしさがあるのだろう。

 ふたりは森の中を流れる小川を並んで歩いていた――と、その時、


「「!?」」


 ふたりは異様な気配を察知して身構える。

 クラーラは愛用の大剣を構え、エステルも愛用の杖に魔力を込めた。

 そんなふたりの眼前に――空から「何か」が降ってきた。

ズドォン!

地面に着地したと同時に轟音と土煙が辺りを包み込む。


「な、なんなの……?」

「油断しちゃダメよ、エステル!」


 腰を落として臨戦態勢をとるクラーラ。その言葉にハッとなったエステルは表情を引き締めて再度杖を構えた。

土煙が晴れていくと、上空から森へと落下してきたモノの正体が明らかとなる。


「!? ひ、人!?」

「誰よ、あんた!!」


 エステルが驚き、クラーラが叫ぶ。

 落下物の正体は人だった。

 ――いや、厳密にいえば詳しい種族までは断定できない。

 なぜなら、その人物は全身を黒いローブで包み、顔には仮面を装着していたからだ。


「……ただ者じゃないわよ、あいつ」

「ええ……そうみたいね。あと、こっちを敵視しているみたい。戦う気満々ってオーラが漂っているわ」

「やっぱりそう思う? ……私も同じことをかんがえていたわ」


 クラーラとエステルはお互い口にこそ出さないが、パーベルで八極のヴィクトールと戦ったことを思い出していた。

 あの時はクラーラが突っ走り、結果としては惨敗だった。

 目の前にいる敵が、ヴィクトールと同等の力を持っているとは限らないが、実力はかなりのものがあると発するオーラから分析するエステルとクラーラ。

 だから――油断はしない。

 ふたりの連携で目の前の敵を倒す。

 言葉にして伝えたわけではないが、エステルとクラーラは互いに思っていることをアイコンタクトで読み取った。

 一方、無言のままのローブの人物。

 何も動きは見えなかった――と、思ったその時、突如ローブの人物は身をかがめ、右足で強く地面を蹴り上げた。目潰しだ。


「甘いわよ!」


 クラーラは相手の細かな動作を見逃さず、行動を先読みしてこれを回避。相手の真横に回り込んで攻勢に出た。


「はああああっ!!!!」


 大剣を振って相手に突進していくクラーラ。完全に虚を突いたはずだが、敵もカウンターを予想していたようでクラーラの攻撃を寸前のところでかわした。

 ――が、それは罠だった。


「これでどう!」


 クラーラの攻撃は囮だった。

 回避して反撃に出ようとしたところを、エステルの魔法が襲う。戦いの場が森の中ということもあり、大地の魔法を使用。地面から生えた無数の蔦が敵の足に絡まる。


「!?」


 足元の自由が奪われたローブの人物はバランスを崩した。


「今だ!」


 最大の好機到来に、クラーラは飛びかかる。


 ――が、次の瞬間、



「えっ!?」


 

 クラーラは突然動きを止めた。

 手にしていた剣が地面に転がる。


「クラーラ!?」


 想定外の異変に、エステルは動揺。だが、異変はこれだけにとどまらなかった。

 ローブの人物は武器を手放し、脱力したクラーラに近づくと何やら耳打ちをする。その直後にクラーラはなんとローブの人物に抱き着いた。


「えっ!?」


 何が起きたのか、情報の処理が追いつかずパニックになるエステルを置き去りにして、その人物はクラーラをお姫様だっこするとそのまま驚くべき跳躍力をもって森の奥へと消えていった。


「クラーラが……さらわれた?」


 誰もいなくなった森で、エステルは茫然としたまま呟いた。

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