第195話 クラーラ、さらわれる

「クラーラがさらわれた!?」


 謎のローブの人物との戦闘状態になり、その結果としてクラーラがさらわれてしまった――ここまでの経緯を、エルフの集落に戻ってきたエステルから聞いたトアは、すぐにクラーラ救出に向かおうと会談が行われていたアルディ宅を飛び出す。


「ワシらも行くぞ」

「もちろんです!」

「あたしも行くわよ!」


 加勢するため、ローザとアルディとケイスも続こうとするが、


「ま、待ってください!」

 

 呼び止めたのはエステルだった。


「なんじゃ、どうしたんじゃ、エステル」

「実は……さらわれた現場の近くにこれが落ちていたんです」

「それ……手紙? もしかして、犯人からの!?」


 トアからの問いかけに、エステルは小さく頷くことで返事をする。とにかく中を確認しようと、エステルから手紙を受け取ったトアはすぐさまチェックを開始。

そこに記されていた内容は――


「俺と一騎打ちがしたい……?」


 犯人であるローブの人物は、今日の夕方に森の奥地で要塞村村長であるトアと一騎打ちを希望すると手紙につづっていた。その一騎打ちにトアが勝利できれば、クラーラを無事に返すという。


「トア村長を指名してくるとは……もしかして知り合いなの?」


ケイスからの追及に、トアは首を横へ振った。


「皆目見当もつきません」

「……可能性があるとすれば――ヤツかのぅ」

「ヤツって……誰か分かるんですか、ローザさん」

「クラーラが抵抗をしなかったのは恐らく相手が顔見知りだったからじゃろう。クラーラと顔見知りであり、このオーレムの森を自由に行き来できる。おまけにトアの存在を知っている人物となると限られてくる」


 トアとアルディは顔を見合わせる。

 ローザが口走った「ヤツ」の存在――該当しそうな人物はひとりしかいない。

 

「八極……《死境のテスタロッサ》ですか?」

「可能性としては考えられるじゃろ?」


 死境のテスタロッサといえば、かつてローザやシャウナと同じく八極に名を連ねた《死霊術士》のジョブを持つダークエルフだ。さらに、テスタロッサはダークエルフとなる前、このオーレムの森で暮らしており、クラーラに剣術を教えた張本人でもある。


「で、でも、もし本当に死境のテスタロッサが犯人だとしたら、なぜクラーラをさらうようなマネを?」

「それは会って直接確かめてみるしかないじゃろう。それに、犯人がテスタロッサというのはあくまでもワシの仮説。本当はまったく知らぬ第三の人物かもしれんぞ?」


 未だ不明のままになっているローブの人物の正体。

 果たして死境のテスタロッサか、それともまったくの別人か。

 答えを知る時間――夕刻はすぐそこまで迫っていた。



  ◇◇◇



 森の木々が夕暮れでオレンジ色に染まっている。

 約束の時間になり、トアは指定された場所である森の奥地へと足を踏み入れていた。

 手紙にはトアがひとりで来るよう指示されていたため、ローザやアルディはこの場にいない――が、さすがにまったく関与しないというわけにもいかないので、ローザは小鳥の姿をした自身の使い魔を偵察用に送り込んでいた。この小鳥の瞳に映る光景は、ローザの持つ水晶玉に映しだされ、遠くにいてもトアたちの様子を確認できるようになっている優れものだ。


 トアが指定された場所にたどり着くと、そこにはすでにローブの人物とクラーラが待っていた。

 エステルが言った通り、クラーラは拘束されているわけでもないのに逃げだそうとする素振りさえ見せない。やはり、相手はクラーラの顔見知りで、尚且つ自分に危害を加える存在でないと把握しているようだ。


「約束通り、ひとりで来たぞ」

「…………」


 ローブの人物は無言のまま、腰に携えた剣を取った。


 その様子を、少し離れた位置で水晶玉越しにローザ、アルディ、エステル、ケイスの四人が見守る。


「敵の武器は剣か……テスタロッサではなさそうじゃな」

「となると、第三者って説が一気に有力となったわね」

「しかし、一体誰なんだ? トア村長とクラーラに面識があって、勝負を挑もうなどと考える人物……」

「あっ! 待ってください! 動きがありましたよ!」


 水晶玉に釘づけ状態のエステルが叫び、他の三人の視線も一斉にそこへ集中する。

 エステルが叫んだ理由――それは、トアと対峙するその人物が体の大半を覆い隠しているローブを脱ぎ捨てていたからだった。


「み、見てください、ローザさん!」

「うむ……あの特徴的な耳……それに服装から、相手はエルフ族の女のようじゃな」

「で、では、やはり相手は死境のテスタロッサ!?」

「……違う。ヤツはテスタロッサではない」


 エステルの言葉を、ローザは否定する。

 仮面はつけたままなので素顔こそ確認できないが、それでもローザにはテスタロッサではないと断言できる決定的な違いを発見していた。

 その決定的な違いとは――肌の色。

ダークエルフであるテスタロッサは褐色の肌であったが、トアと対峙するエルフ族の女性は透き通るような白い肌をしている。それに、髪の色もテスタロッサとは違って金髪だ。


「じゃ、じゃあ。あのエルフ族の女性は一体……」

「……もう少し様子を見守るしかあるまい」


 現状では手掛かりが少なすぎる。

 四人はもう少しの間、トアと女性エルフの様子を見守ることにした。


 慎重な判断を取るクラーラ救出部隊の面々に対し、女性エルフの方は武器である剣を鞘から抜き、切っ先とトアへと向ける。まるで「おまえも武器を取れ」と挑発しているような行動だった。

 トアはその誘いに乗り、聖剣エンディバルを構える。


「ここでクラーラちゃんが『やめて! 私のために争わないで!』って言いだしたら面白いのに」

「あの顔を見る限り、そこまでの余裕はなさそうじゃが」

「しかし、トア村長の剣の腕は神樹の加護も合わさって、そんじょそこらの剣士では歯が立たないほど強力なはず……クラーラがあそこまで心配そうにする理由が分からない」

「何か……他に心配事でもあるのでしょうか」


 ケイス、ローザ、アルディ、エステルの四人はそれぞれにここまでの感想を口にする。

 一方、トアとエルフ族の女性はジッとしたまま動かず。

 五分ほど睨み合いが続いた後――


「はあっ!!」


 先に仕掛けたのはトアだった。

 地面を強く蹴りあげて、一気に相手との距離を詰める。そのスピードに相手のエルフ族は一瞬戸惑ったように体がよろめくが、すぐに体勢を立て直してトアを迎え撃つ。

 ガギン!

 金属同士が正面からぶつかり合う音が森中に響き渡る。


「ぐっ!」

「っ!」


 剣の押し合いになったが、力は互角。

 両者ともにその場から一歩も動かない。


「トアとパワーが互角!?」

「……いえ、ここからが本番よ」


 動揺するエステルに対し、腕を組んで冷静に戦闘を観察するケイス――その予想は現実のものとなった。


「ふん!」


 トアが相手を押し切り、バランスを崩させることに成功する。追撃を狙ったトアだが、すぐに足を踏ん張ってこれを中止。すぐにバックステップで後退した。

 結果として、この判断は正解であった。

 実は、力負けをしてよろめいたのは相手の演技で、トアが好機とみて飛び込んできたところにカウンターを決めようと企んでいたのだ。もし、あの場面でトアが後退をしなかったら、今頃わき腹に強烈な一撃を叩き込まれていただろう。


「す、凄い……あの人、ただ者じゃないですよ!」

「なんという……テスタロッサ以外にここまで強いエルフがいたとは――うん?」


 精霊女王アネスや帝国の天才魔法学者レラを相手にしても、その強大な魔力で圧倒してきたトアに対し、あの女性エルフはここまでしっかりと戦っている。現に、今もトアと激しい攻防を繰り返していた。

 そんな相手の様子を見ていたローザがあることに気づく。


「エルフ族にしてあれだけの戦闘力があり、それでいてクラーラがまったく抵抗する素振りを見せていない……アルディよ、もしやあのエルフの正体は……」

「ローザ殿……実は私も薄々そうじゃないかと思っていました」


 どうやらローザとアルディはトアと戦っている誘拐犯の正体に気づいたらしい。


「え? なんですか? おふたりとも、あの人の正体が分かったんですか!?」

「気になるわねぇ。勿体ぶらずに教えてよ」

 

 エステルとケイスがそう迫ると、コホン、とわざとらしく咳をしてからアルディが語り始める。


「ああ、その……たぶん、あそこにいるエルフ族の女性は――私の妻だ」

「え? アルディさんの奥さん? ……っ! な、なら、あの人って、クラーラの――」


 エステルがそこまで言った時、ここまでずっと黙り続けていたクラーラが大きな声で叫んだ。



「ママ! もうやめて!」



 それを受けて、トアとエルフ族の女性は動きをピタリと止めたのだった。

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