第196話 父と母の想い

「え? マ、ママ?」


 これにはさすがにトアも混乱しているようだった。

 呆然としているトアや他の要塞村メンバーたちを横目に、アルディが仮面のエルフ剣士ことクラーラの母へと近づいていく。


「久しぶりだな、リーゼ」


 リーゼ――それがクラーラの母親の名前らしい。


「そんな仮面なんか取って、顔を見せてくれ」


 アルディがそう言うと、リーゼはさっさと仮面を取って素顔を晒す。クラーラと同じ、長く伸びた美しい金髪。目元は手にした剣のごとく鋭さがあり、「厳しそうな女性」という第一印象を抱かせる。

 だが――美人だ。

 トアは真っ先にそう思った。最初はクラーラとあまり似ていない顔立ちだなと思ったが、温和な感じがするアルディの顔立ちと合わさっているから、母親に比べて少し柔らかな印象になるのだろう。


「トア、ご苦労じゃったな」


 アルディとリーゼ夫妻が話し合っているさなか、ローザが未だに呆然としているトアへと声をかけた。


「あ、ろ、ローザさん、あの人は……」

「クラーラの母親のリーゼじゃ」


 ローザはあっさりと答える。

 思い返せば、ザンジール帝国との戦争時、アルディとともに戦っていたローザからすれば、その奥さんと面識があっても不思議ではなかった。


「もしかして……ローザさん、最初からクラーラをさらったのが母親のリーゼさんって分かっていました?」

「いや、相手が同じエルフ族と知ったのはこっちへ来てからじゃからな。エルフ族の中であそこまで豪快な剣技を見せる者はリーゼを置いて他にいないからのぅ」


 どうやらその筋では有名人のようだ。

 リーゼはアルディとの会話に区切りがつくと、トアたちの方へ視線を移す。そこで、見知った顔のローザを発見し、思わず頬が緩んだ。


「ローザ、久ぶりね。……前に会った時より縮んだ?」

「まあ、いろいろあってのぅ。それより、お主も元気そうで何よりじゃ」


 ローザとリーゼは再会を喜び合い、握手を交わす。

 それが終わると、今度はトアへと顔を向けた。


「すまなかった」

「えっ?」


 いきなり謝られたトアは困惑。

 先ほどまで剣をぶつかり合わせていた者同士なのだが、戦っている時の鬼気迫る気配は鳴りを潜め、大人しくなっていた。


「クラーラが森を出て、長らく君が村長を務める村に住んでいる話を聞いて……その……」


 何か言いづらそうにしているリーゼ。それに助け船を出したのは夫であるアルディだった。


「リーゼは確かめたかったんだ……トア村長のことを」

「俺を? ……ああ、どうりで」


 どうやらトアにも心当たりがあるようだ。


「戦っている時、リーゼさん――全然本気を出していなかったんじゃないですか?」

「! 分かっていたのか?」


 驚きのリアクションを見せたのはアルディだった。その横で、声にこそ出さないが、リーゼも目を丸くしている。


「あの動きはかなり洗練されたものでした。正直、これまで戦った剣士系ジョブを持った人の中でも最上位に位置づけられるといって過言ではないくらいです。……でも、戦っている最中はなんというか……まだまだ力を出せるのにセーブしている感じがしました。最初は様子見をしているのかとも思ったけど、それもなんだか違うみたいだし。ずっと違和感はあったんですよね」


 トアは戦闘の中でずっと違和感を抱いていたことを告白した。


「いやはや……加減をしていたとはいえ、リーゼの剣技を捌きながらそんなことを考えていたとは」

「驚いたわ。さすがね。あなただって、本当の力は隠していたでしょう?」

「うっ……ま、まあ、最初はちょっと様子見の意味も込めて……」

「それであれだけやれるというなら、噂通りの実力ね」


 アルディはもちろん、リーゼもこれには感心しきりの様子。

 ――その後ろで、クラーラ両親とトアのやりとりを見守っていたエステルとケイスはコソコソと会話中。


「クラーラってお父さんも凄いイケメンだけど、お母さんも美人ね」

「え、えぇ……でも、お母さんは戦っていない時は物静かですね」

「娘の方は割と普段から元気いっぱいって感じだけど……両親は別段そんなことない感じがするわ」

「同感です」


 いつもフォルに対して鉄拳制裁というお約束をしているクラーラだが、あの両親からそうしたパワフルさというか、攻撃的なイメージは湧いてこない。これについては生まれ持ったクラーラの性分なのだろう。


「ところでリーゼ、この後は村に寄っていくだろう?」

「そのつもり。久しぶりにみんなと会いたいし……それに、クラーラへ伝えなくちゃいけないことがある」

「へ? 私に?」


 クラーラ本人にも聞かされていなかった「伝えなくてはいけないこと」――その内容について、リーゼが静かに語り始める。



「テスタロッサのことよ」



 その場にいた全員の表情が凍りつく。


「テスタロッサお姉ちゃんについて?」

「私がなぜ森を出て旅をしていたのか……その理由はテスタロッサが原因なの」


 以前、トアが初めてこのオーレムの森を訪れた時、八極のひとりであるダークエルフ・死境のテスタロッサがここの出身であると聞かされた。

 そのテスタロッサは、幼い頃のクラーラに剣術を教えた、いわば師匠のような存在。クラーラはテスタロッサを尊敬しているし、いなくなってしまった今も剣術を磨くため旅に出たと聞かされている。

 死んだ人間の恋人のために禁忌魔法に手を出し、ダークエルフへと堕ちたテスタロッサ――その事実をクラーラへ伝えることができずに現在まで来てしまったが、リーゼはそれに終止符を打つため森を訪れたのだという。


「お姉ちゃんを探しに行っていたってこと?」

「そうじゃない。テスタロッサは――」


 リーゼはクラーラにテスタロッサの真実を語った。




 テスタロッサの過去を知ったクラーラは愕然としていた。

 尊敬していて、実の姉のように慕っていたテスタロッサがダークエルフに堕ちていたことにショックを受けた様子だが――それはほんの数秒の出来事だった。


「……禁忌魔法に手を染めたってことは、それだけ人間の恋人を愛していたってことだよね」

「そ、それはそうだ。あのふたりは本当に仲睦まじかったからな」


 クラーラに剣術を教えていた頃にはすでに死別していたため、クラーラ自身はその恋人に会ったことがない。

 だけど、その人が大切だったという点については理解ができる。

 なぜなら、クラーラも今、その時のテスタロッサと同じように人間を――


「クラーラ……強くなったわね」


 リーゼはクラーラが厳しい現実を突きつけられても、それをあっさりとはねのけたことに対して喜んでいるようだ。


「昔のあなたなら深く落ち込んでいたはず……やっぱり、アルディの見立ては正しかった」

「だろう? 今のクラーラならきっと乗り越えられると信じていたからこその決断だ!」

「パパ……って、ちょっと待って。ということは、今回の誘拐計画をパパも知っていた?」

「!?」


 図星をつかれたアルディは思わず体をビクリと体を強張らせる。


「……どうなの、パパ?」

「クラーラ……こんなにも賢くなってパパは嬉しいぞ!」

「…………」


 無言のまま睨みつけられるアルディ。

 そんな仲の良い親子喧嘩を、トアたちは微笑みながら眺めているのだった。

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