第193話 獣人族の村と新しい仕事

 新年を迎えた最初のファグナス家への報告会。

 この日、屋敷を訪ねたのはトア、シャウナ、クラーラ、ジャネットの四人。実はこのメンツは事前に当主チェイス・ファグナスから指名されたものだった。

 屋敷を訪れると、いつものように執事ダグラスが出迎え、村長トアはチェイスの待つ応接室へと案内され、他の三人は別室にて待機――というのが通例なのだが、今回は最初から五人全員で応接室に向かうこととなった。

 その理由は部屋に入ってすぐに判明する。

 応接してトアたちを待っていたのはチェイスだけではなかったのだ。


「あっ! ライオネルさん! それにウェインさんも!」


 トアの目に飛び込んできたのは獣人族のふたり。

ライオンの獣人族である白獅子のライオネルと、彼の通訳(?)としてついてきたカエルの獣人族ウェインだった。


「トア村長、お久しぶりです。あ、ボスも久しぶりだと言っています」


 そう言ってお辞儀したウェイン。相変わらず、声が小さすぎて通訳のウェインがいないと会話が難しいライオネル。このふたりがいて、チェイスがお供にシャウナを指名してきたということは、例の新しい獣人族の村についての話だろう。


「よく来たな、トア村長! それにシャウナ殿にクラーラも!」


 満面の笑みでトアたちを手招きするチェイスに促され、トアたちは並んでソファに腰を下ろした。


「まあ、面子を見れば大体の用件は察してもらえると思うが……」

「例の獣人族の村についてですね」

「その通り!」

「なるほど。それで私が呼ばれたわけか」


 同じ獣人族であるシャウナも自分が呼ばれた意味を理解したようだ。


「要塞村には多くの、しかも伝説的な獣人族が住んでいる。その中でも、今回は黒蛇のシャウナ殿に代表としてお越しいただいた。彼らとも面識があるとのことだし、話もスムーズに進むだろうと思ってね」

「それは分かったけど……ならどうして私が呼ばれたのですか?」

「あ、だったら私も」


 そう尋ねたのはジャネットとクラーラだった。


「ジャネットはこの後の話で少し意見を聞きたいことがある。クラーラについては、この後で特別ゲストが到着する予定だ。君に大きく関わりのある人物だよ」

「私に関わりのある人物?」


 どうやらライオネルたち獣人族たちの他にこの屋敷へ向かっている人物がいるようだ。それに、クラーラが大きく関わっているらしい。その来客が屋敷に到着する前に、獣人族の村について話し合いがもたれた。


「それで、獣人族の村はいつできるんだい?」


 まずはシャウナがそう切り出す。


「すでに村ができる土地には村民となる獣人族がすべて集まっている。総勢で百十二人。エノドアやパーベルに比べるとかなり小規模な村だ」

「まあ、そのふたつの町は鉱山と港町ってこともあって急成長していますからね」

「うむ。獣人族の村についてはそのふたつの町ほど大規模な産業に着手しようというつもりはない。ただ、交流自体は持ちたいとの希望だったので、いくつか新たに建造しようと思っている物がある」

「建造しようと思っている物?」

「ああ。それがこれだ」


 チェイスが指をパチンと鳴らすと、有能執事ダグラスがテーブルに大きな紙を広げた。それは屍の森の地図で、要塞村と獣人族の村の位置に印が打たれている。それによると、獣人族の村は要塞村から南西にあるようだ。

 問題は獣人族の村の目の前にあるキシュト川。

 要塞村にとって、その川はエノドアやパーベルに物資を運ぶ際に利用する運河のような役割を果たしているが、ちょうど獣人族たちが住む予定になっている土地はもっとも川幅が広くなっている場所でもあった。


「ここに大きな橋をかけようと計画している」

「橋……ですか?」

「そうだ。以前、要塞村とエノドアの交通をよりスムーズにするため、橋を造ったろ?」

「ええ」


 その件についてはよく覚えている。

 要塞村にいるドワーフ族たちの渾身の作でもあり、今も現役で要塞村とエノドアの人々の役に立っていた。

 ただ、川幅を考えると、あの時に作った橋よりもかなり大掛かりなものになりそうだ。


「そこでドワーフ族を代表してジャネットに意見を聞きたいんだ。これほどの規模の橋でも君たちなら建造は可能か?」

「問題ありません」


 ジャネットは即答した。


「私たちにお任せいただけるのであれば、全身全霊をかけて作業にあたらせていただきます」

「いい返事だ。では君たちにお任せしたいが……よろしいか?」


 建造可能であることを知ると、チェイスは村長トアへ最終判断を委ねた。

 トアの答えは――決まっている。


「獣人族の村とは仲良くやっていきたいと思っていますし、要塞村としても、活動範囲が広がることは喜ばしいことなので是非協力させてください」


 トアは新しい橋の建造に村のドワーフたちの力を貸すと快諾した。


「おお! ありがとう! さすがはトア村長! 君ならそう言ってくれると思っていたぞ!」


 チェイスは両手で握手をし、トアへ礼を述べるが、感謝しているのはチェイスだけではなかった。

 

「トア村長、ありがとうございます!」

「…………」

「ボスも感謝しています!」


 ウェインを介して獣人族の村の長になるライオネルからも感謝の言葉を贈られた。

 さらに、


「ライオネル、また君と一緒に酒が飲める日が来るなんて光栄だよ。いつでも要塞村に来てくれ」

「…………」

「ははは、言ってくれるな」


 シャウナにもライオネルの声が聞こえるようで、会話に花を咲かせている。その横で、トアたちは今後の予定についてチェイスから説明を受けていた。


「建造期間については特に期限はない。まあ、それも含め、詳しい打ち合わせは後日改めて行うとしよう」

「分かりました。その際には、何人かドワーフの仲間を連れてきても大丈夫でしょうか?」

「もちろんだとも!」


 とりあえず、新たな橋の建造については後日詳しく話し合うことになった。




 ここで獣人族のふたりは退室。

 村づくりの真っ最中であるその土地へ戻っていった。

 これで残るはクラーラと関わりのある人物だけだ。


「クラーラさんと関わりの深い人物……一体誰なんでしょうか」

「……誰かは読めるけど」

「え? 心当たりがあるんですか?」

「まあ、ねぇ」


 どうやらクラーラは誰が来るかある程度予想できているらしい――が、それはクラーラだけでなく、トアとシャウナも「たぶんあの人だな」と予想ができていた。


 しばらくすると、ダグラスが来客を応接室へ連れてきた。

 その人物とは、


「久しぶりだな、クラーラ」

「……やっぱりパパだったのね」


 現れたのはオーレムの森の新しい長にしてクラーラの父でもあるアルディだった。


「やはりアルディ殿か」

「おお! シャウナ殿! 今日はトア村長の護衛ですかな?」

「今のトア村長に護衛は必要ないだろう。私は先客に用があっただけさ。それよりも君の方こそどうしたんだい? エルフ族が森から出るなんて余程のことだろう」


 シャウナの言うことはもっともだった。

 オーレムの森に住むエルフたちは基本的に森を出ない。

追放処分を受けていたクラーラは別だが、要塞村で暮らすようになったクラーラの影響を受けてセドリックやメリッサなどの若いエルフたちが要塞村へ期間限定の移住をしており、さらに長がアルディに代わってからは積極的に外へ出ようという取り組みが始まっているという。アルディがここへ来たのも、その取り組みの一環であるようだ。

 

「私がここへ来たのは、今後の森の運営についてファグナス殿に相談するのが目的です」

「森の運営……ですか?」


 その話に食いついたのはトアだった。

 トアも、以前からオーレムの森のアルディが人間たちとの交流を望んでいることを知っていた。それがいよいよ本格的に始動するとなったら、要塞村との交流も盛んになる。それは要塞村に住む若いエルフたちにとっても朗報だろう。


「オーレムの森のエルフは年々人口を減らしている。もはや純血種だけでは限界が来ているのかもしれない。それは先々代の長の頃から危惧されていたことでもある」

「その打開策として、人間との交流を深めようと?」


 シャウナが尋ねると、アルディは静かに頷いた。


「年長者たちの中には前大戦における帝国の傍若無人さから、人間との交流に対して難色を示している者もいるが、私は少なくとも領主のファグナス殿や要塞村のトア村長、さらにエノドアやパーベルの人々については深い信頼関係が結べるものと信じている」

「パパ……」


 父の真剣な言葉に、クラーラは感心した様子。

 一方、アルディの言葉に何か引っかかるところがあったのか、顎に手を添えて難しい表情をしているのはシャウナだ。


「アルディ殿……ひとつ質問いいだろうか」

「なんでしょうか?」

「先ほどあなたはオーレムの森の人口減少について、もう純血種では厳しいと言ったが……それはつまり、今後人間との混血が生まれる――つまりハーフエルフの存在を認めるということでいいのかい?」

「そのつもりです」


 力強く宣言するアルディ。

 シャウナはさらに続ける。


「では、ここにいるトア村長とクラーラの間に子どもができたとしても、アルディ殿はハーフエルフである孫の存在を認めると?」

「そうなれば最高ですな」

「「!?」」


 思わぬところで自分たちに話題が飛び火してきて、トアとクラーラは互いに顔を合わせ、赤面してしまう。そのうち、クラーラは照れ隠しで父に右ストレートをかましていたが、照れ合うふたりを見ていたジャネットは、


「ハーフドワーフも大丈夫ですよ、トアさん」

「え? い、いや……何が?」

「大丈夫なんです」

「……はい」


 ジャネットの迫力に、トアは頷くしかなかった。

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