第192話 要塞村雪祭り

 氷上釣り大会の早朝。

 その日の要塞村はいつもと様子が違っていた。


「うわっ!?」


 その変貌ぶりに、部屋の窓から外の様子を見たトアは思わず叫ぶ。

 要塞村周辺は雪が積もり、一面が銀世界となっていた。


「釣りをしている時もチラチラ降ってはいたけど、あれからこんなに積もったのか。フェルネンドではここまで雪が積もったことなかったなぁ――うん?」


 初めて見る雪景色に圧倒されていたトアは、そんな雪と戯れる要塞村の子どもたちの姿を発見する。王虎族のタイガとミュー。冥鳥族アシュリーの妹サンドラ。成長したアネス。そしてフェルネンドから移住してきた教会の子どもたちだ。


「すっかり打ち解けたみたいだな」


 子どもたちの楽しむ姿を眺めていると、そのすぐ横にふたりの大人がいるのを発見する。


「? シャウナさんにフォル?」


 別段珍しくはない組み合わせだが、何やら真剣な顔つきで話し合っている。その内容が気になったトアは防寒具を身にまとい外へと出た。


「うへぇ……寒いなぁ」


 未だに雪が降り続いている中、トアははしゃぐ子どもたちに朝の挨拶をしながらフォルとシャウナのもとを目指す。


「おや、トア村長じゃないか」

「おはようございます、マスター」

「ふたりとも、こんなところで一体何を?」

「いやなに、こんなに雪があるのだから雪像でも作ろうかと思ってね」

「雪像?」

「雪で作った像のことです。帝国では真冬にたくさん雪が降った年には職人たちがこぞって自らの腕を競っていました」

「へぇ」


 変な髪型や服が流行っていた帝国にしてはなかなか風流なことをするなと感心するトア。


「収穫祭の時に作った像の雪バージョンと思ってくれればいい。そうだ。せっかくだからみんなで作ってみようか」

「私もやってみたい!」


 シャウナからの提案にすぐさま賛成の意を示したのは近くで遊んでいたサンドラだった。それを引き金に、「やってみたい」の大合唱。


「それでは他のみなさんにも声をかけてきましょう」

「昨日の釣りイベントの熱が下がり切ってないから、きっと大勢参加すると思うぞ」


 トアもシャウナと同じように推察していた。

 イベントごとで騒ぐのが大好きな要塞村の村民ならば、喜んで参加するだろう。




 数分後。

 トアとシャウナの予想通り、多くの村民たちが雪像作りに参戦した。

 シャウナやドワーフ族など、木像作りに自信のある者たちはハイクオリティを目指してガチの制作体制で挑んでいる。

 一方、他の村民たちは雪像作りという初めての試みを楽しみながら遊んでいた。


「「「かんぱーい♪」」」


 一部大人(ローザやケイスなど)は完成していく雪像を眺めながら酒を飲んでいた。


「これでどう?」

「いいじゃない」

「わふっ! 可愛いです♪」


 他のドワーフたちと共にハイクオリティ追及派に回ったジャネットを除く、クラーラとエステルとマフレナは自分たちのオリジナル雪像作りに取り組んでいた。

 それは雪で大きな球体を作り、その上に小さな球体を乗せ、木や石を使って目や口や手を作る、「スノーマン」と呼ばれるものだ。


「なんだかちょっと間の抜けた顔になっちゃったかなぁ?」

「そんなことないんじゃない?」


 完成度に不満がありそうなクラーラだが、エステルやマフレナは満足そうだった。

 トアもフォルと一緒に雪像を作りながら、他の村民たちの作品を見て回った。ちなみに、ジャネット率いるドワーフチームは縮小版ディーフォルを作り始めたらしく、かなり手の込んだ構造となっているようだった。

 そして、こうした創作系のイベントにおいていつも問題作を提供してくるシャウナだが、


「おおっ!」


 その作品を目にしたトアは思わず感嘆の声をあげる。

 相変わらず作っていたのは少女の像。

 しかも、髪型や耳の形状から、恐らくモデルはクラーラだと思われる。


「す、凄いですね!」

「なぁに、これはほんの序章にすぎない……」


 静かな口調で語ったシャウナの視線はトアを捉えていない。その先――ミニチュア版要塞村を作ろうとしているジャネット他ドワーフ族たちに向けられていた。


「ドワーフたちに負けていられないな」

「え? で、でも、ドワーフ族は物作りが得意な種族ですし……」

「だからこそファイトが湧くじゃないか。この私の美少女雪像たちとドワーフたちの腕……どちらが勝るか勝負といこう」


 八極VSドワーフ族。


 ハイクオリティに定評のある両者による雪像対決。その完成を楽しみにしつつ、トアは他の村民の作品を見て回ろうと振り返ると、


「ぶっ!?」


 突如トアの顔面に何かが直撃。

 

「つ、冷たっ!?」


 痛みこそないが、水っぽくて何より冷たい。目を開けると、ニヤニヤと笑うクラーラの姿があった。その手には雪を丸めて作ったと雪玉があった。


「ふふふ、油断したわね、トア」


 ドヤ顔を浮かべるクラーラ。どうやらあの雪玉が直撃したようだ。さらに、


「ぶふっ!?」


 今度は後頭部に先ほどと同じような衝撃が。

 振り返ると、今度はエステルとマフレナがちょっと意地悪い感じの笑みを浮かべて立っていた。


「……そっちがそのつもりなら」


 トアは足元にあった雪をかき集めると、それを手で固めてまずエステルたちへ向けて放り投げた。


「くらえ!」

「「きゃ~♪」」


 トアからの猛攻に、エステルとマフレナは楽しそうな悲鳴をあげながら退散。その隙をついてクラーラが接近するが、トアはこれを直前で回避。


「お返しだ!」

「わぶっ!?」


 クラーラは先ほどのトアのように雪玉が顔面を直撃。

 この攻防を見ていた子どもたちが「楽しそう!」ということで急遽参戦。こうして、第一回要塞村雪合戦の幕が開いた。




 白熱した雪合戦はそれから二時間にわたり行われた。

 さすがに体力の限界を迎えたトアとエステルは一旦離脱することに。


「クラーラとマフレナはまだ子どもたちと雪を投げ合っているのか……」

「さすがにタフね……」


 これが種族としての差か。

 最近はトレーニングの成果が出てきて体力が上がっていると実感しているトアだが、さすがに伝説のエルフ族と銀狼族にはまだまだ届かないようだ。

 とりあえず激しい運動は当分無理そうなので、雪像の進捗状況をチェックしに行くことに。


「あれ?」


 シャウナとドワーフ族が雪像作りの激闘を繰り広げている場所に人だかりができていた。どうやら雪像は完成しているようで、それの品評会が行われているようだ。


「あ、トアさん」


 人だかりに近づいていくとジャネットに声をかけられた。雪像作りにおいて、ドワーフ族のリーダーを務めていたジャネットの表情は自信に満ち溢れていた。どうやら余程完成度の高い作品ができあがったらしい。

 

「ジャネット、随分と自信がありそうじゃないか」

「ええ。私たちの作品はあのようにみなさんから好評を得ています」


 ジャネットが指さす先には完成したミニチュア版の要塞村が。その完成度は非常に高く、細部までドワーフたちのこだわりを感じることができる。


「これは凄いな!」

「ホントね!」

「いやぁ♪」


 褒められて照れるジャネット。だが、対戦相手のはずのシャウナの姿が見えなかった。辺りを見回してみると、すぐにシャウナを見つけたが、そんな彼女と対峙する存在が。


「さすがだな、シャウナ殿」

「ジン殿も、よもやそのような腕前を隠していようとは」


 何やら緊張感ある空気を流しているジンとシャウナ。そんなふたりのバックには互いの力作があった。

 完成したのは互いに少女の像。

 そのモデルも明らかだった。

 ジンは娘のマフレナ。

 そしてシャウナは先ほど予想した通り、クラーラだった――が、


「「…………」」


 顔はクラーラだが、体の一部分が明らかに本人のものより誇張表現されている。それを目の当たりにしたトアとエステルはどうツッコミを入れたものかと思案中。対戦相手がマフレナということで対抗したのか、あるいはもっと別の目論見があるのか。

トアとエステルが引きつった笑みを浮かべているのを尻目に、シャウナとジンはさらに盛り上がりを見せていた。


「ジン殿……こうなればどちらの雪像がより素晴らしいか……みんなの判断を仰ごうじゃないか」

「望むところだ!」


 シャウナVSジン。

 雪像対決の行方――トアやエステルとしても気になるところではあるが、雪像モデルになっていたクラーラの羞恥心が爆発。猛抗議という名の破壊活動によって今回は決着つかずとなったのであった。

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