第191話 氷の上で遊ぼう!

「さっぶっ!?」


 フォルと一緒に要塞の外の様子を見て回ろうとしたトアは、肌を刺す強烈な冷気に身を縮こませる。


「一気に冷え込みましたねぇ」

「要塞内は暖房設備が整っているけど、一歩外に出るととんでもない寒さだな」


 トアが両手を吐息で温めていると、後ろに立つフォルの甲冑内部からカチャカチャと変な音が聞こえてきた。


「……その中で何が起きていたのかは聞かないでおくよ」

「恐縮です。それより、これだけ気温が下がっているなら面白いことができるかもしれませんね」

「面白いこと? 何それ?」

「まあそう慌てず。とりあえず、諸々の確認のために湖へ行ってみましょう」

「湖?」


 要塞村の近くには大きな湖がある。そこは以前、メルビンやエディといったモンスター組が生活していた場所の近くだ。

 フォルの言う「面白いこと」を知るため、トアはフォルと共に要塞村の近くにある湖へと向かった。


 

  ◇◇◇



「おおっ!」


 湖へ着いたトアは驚く。

 なぜなら、あまりの寒さに川の水は凍りついていたのだ。

 驚いているのはトアだけではない。


「凄いですね。まさかこんなに凍るなんて」

「わふっ! ビックリです!」


 ジャネットとマフレナも同じように初めて見る光景に瞳を輝かせながら興奮気味に話している。実は、トアたちが出かける直前に偶然その場を通りかかったジャネットとマフレナに遭遇し、声をかけたため、同行者が増えたのだ。

 寒い中、テンションの上がる四人を眺めつつ、フォルがこんなことを呟いた。


「昨年は比較的暖冬でしたので、ここまで凍ることはありませんでしたが、これならば釣りが楽しめますよ」

「釣りだって?」


 トアは思わず耳を疑った。

 このような凍った湖で釣りなどできるはずがない。

 そんなトアの疑問を、フォルはあっさりと解決する。


「お疑いのようですね、マスター」

「疑うも何も……こんな氷の上じゃ釣りなんてできないだろ?」

「おっしゃる通り。そこでこれの出番ですよ」


 フォルは要塞村を出る時から手にしていたある道具をトアの前に差し出す。それは、高い硬度を誇る魔鉱石を薄く、そして螺旋状に加工したものであった。


「これはアイスドリルというアイテムです」

「アイスドリル? それをどう使うんだ?」

「これを――こうします」


 フォルはスタスタとためらいなく凍った湖面の上を歩き、そこに持ってきたアイスドリルを突き立てた。


「お、おい、大丈夫なのか?」

「心配ご無用。氷の厚さはすでに測定済みです。みなさんが一斉に乗っても問題ないくらいの厚さでしたよ」

「え? そうなんですか?」


 無邪気なマフレナはフォルのお墨付きが出たことで氷の上に飛び乗る。だが、凍った湖面に勢いよく乗ったため、ツルンと足を滑らせて盛大に尻もちをつく。


「大丈夫か、マフレナ!?」

「へ、平気ですよ」


 照れ臭そうに笑うマフレナ。かなり大きな音だったが、氷はひび割れすら起きていない。


「あのマフレナさんのお尻があれだけの勢いでぶつかったというのに、ひびすらできていないなんて……」

「……それはどういう意味ですか?」

 

 マフレナの珍しく拗ねたような態度に、ジャネットは先ほどの言葉が失言であったと気づいて平謝り。そんなふたりのやりとりを横目に、フォルは持ってきたアイスドリルを回転させて氷に穴をあけていく。


「あ、穴なんかあけて大丈夫なのか?」

「その点も問題ありません。強度についてもきちんと計測済みです」

「いつの間に……」


 感心すべきか呆れるべきか。

 トアが感情の処理に戸惑っている間、作業の手を緩めずに続けていた結果、十五センチほどの穴があいた。


「こんな小さな穴をあけてどうしようっていうんだ?」

「ここに糸を垂らすんですよ。この竿で」

「? これが竿? 随分と小さいな」

「狙うは小物ですからね。これで十分ですよ。先につけた針に餌をつけて……」


 フォルが糸を垂らすと、すぐに反応があった。


「おっと」


 竿のしなりにうまく合わせて引き上げると、竿の先端には餌に食いついた小さな魚が。


「わあ♪ 可愛い魚ですね」

「わふっ! ホントです! それに鱗の色も綺麗です!」


 女子ふたりは魚の外見に魅了されている。

 だが、トアとしては可愛らしさよりももっと現実的な視点を持っていた。


「うまいもんだな」

「コツがいるんですよ。僕がまだ試験体としてディーフォルにいた頃、要塞を守る兵士たちが冬場の厳しい時に食糧を得る手段のひとつとしてこのような釣りをしていました」

「なるほど。――て、こんな小さな魚をどうやって食べるんだ?」

「それについてもお任せください。すでに調理に必要な材料などは集めてあります」

「随分と準備がいいじゃないか」

「実は去年もやるつもりだったんですよ。しかし、去年できなかった分、今年は今日まで準備期間にあてられましたからね」

 

 言葉の端々に感じる熱量から察するに、恐らくフォルはずっとやりたかったのだろう。それが叶ったので興奮しているようだ。


「御覧の通り、この魚はだいぶサイズが小さいですので、みんなで食べるとなったらそれなりの数が必要になります」

「確かに、これ一匹だとなぁ」

「そこで、村のみなさんに協力をしてもらって、釣り大会を開こうかと」

「あ、それいいですね♪ とっても楽しそうです!」

「村のみんなが使う竿は私たちドワーフが用意します」


 マフレナとジャネットも釣り大会に乗り気のようだ。


「よし! じゃあ早速明日にでも大会を開こう」

「ありがとうございます、マスター! 実はすでにいろいろと準備を進めていたのです!」

「相当やりたかったんだな……」


 フォルのヤル気にちょっと引きつつ、四人は準備のため村へと戻った。



  ◇◇◇


 

 翌日。


 湖の周りには要塞村の村民たちが集まっていた。


「こんな凍った湖で釣りができるというのか?」

「そもそも魚がいるかどうか」

「しかも釣る場所がこんな小さな穴で、使用する竿も小さいとは」

「大丈夫だよ。昨日すでに試したから」


 参加した銀狼族と王虎族の若者から疑問の声が出る。そこで、早速トアが昨日のフォルのように実践して見せた。


「「「うおおおおおおおお!!!」」」


 トアが小さな穴から小さな魚を釣り上げると、様子を見ていた村民たちから歓声があがる。


「釣った魚は僕のところにお持ちください。完璧にさばいて調理します」


 木材で造った即席の屋台にて、腕を組みながら待ち構えるフォル。その風貌はベテラン料理人といった感じだ。

 その横にはこれまた即席で造られた食卓。寒さ対策のため、足元の部分にはほんのりとした熱が出る魔鉱石を加工して作られている。


「寒い外にいながら温かさを感じられる……最高の贅沢じゃな」

「いやいやまったく」

「お酒も進むわねぇ。シスターは飲んでる?」

「い、いえ、私お酒はちょっと……」


 すでに出来上がりつつあるローザ、シャウナ、ケイスの三人に、シスター・メリンカが釣りの様子を見守る。トアのお手本を見た若者たちは勇んで道具を手に凍った湖へと突撃していった。


「やってやろうじゃない!」

「あんまり大きい声を出すと魚に逃げられるわよ、クラーラ」


 厚着をし、完全防寒スタイルで湖へと飛び出すクラーラとエステル。その後ろからはマフレナとジャネットのコンビが続く。その後も村民たちが続々と氷の上へと足を運ぶ。フォルがサーチ機能を駆使して耐久値を割り出し、それを超えない人数で釣りへと挑む。

 参加者全員が氷に乗り移ったところで、いよいよトアも出陣する。


「さて、そろそろ俺も――」

「釣れたわ!」

「早っ!?」


 白い息を吐きながら、クラーラが用意した魚の入ったバケツを持って戻ってきた。


「さすがはクラーラ様ですね。食への執念が凄まじいです」

「ふふ、あんたもようやく私の実力が理解できるようになったのね!」

「そのポジティブな解釈力も尊敬に値します」


 いつものやりとりが終わったところで、フォルはクラーラが釣ってきた魚を捌き始めた。


「器用に捌くわね。これをどうするの?」

「油でカラッと揚げようかと」


 即席の屋外キッチンで調理を開始したフォル。要塞村の調理場を仕切るだけあって、その手際は「素晴らしい」の一言だ。

 そうして完成した小魚の唐揚げ。

 そこにフォル特製のソースをかけてから、クラーラはそれを口にした。


「うっっっっまい!」

「ソースもよく合うわね」


 瞳を輝かせながら大絶賛のふたり。

 その後、魚を持ってくる村民の数が増えたため、料理経験豊富なメリッサや銀狼族と王虎族の奥様方が加勢し、料理を仕上げていく。

 その料理も刺身、かき揚げ、炭焼きなど、徐々にレパートリーが増えていき、いつの間にやら酒盛りを始める者まで出始めた。

 釣りには子どもを中心にして若い者たちが、それを調理して振舞う大人たち(一部飲んだくれ)。

 この氷上釣り大会は要塞村の新しい冬の風物詩となりそうだ。

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