第190話 史上最大の誘惑
大宴会から一夜明けた翌朝。
「う~ん……」
目を覚ましたクラーラ。
しかし意識はまだまどろみの中にいる。窓の外に広がる景色はまだ冷たい朝霧に包まれていて、鳥のさえずりも聞こえない。
「昨日はちょっとはしゃぎすぎたかしらね」
ひとつ大きなあくびをしてから、そんなことを呟く――と、
「うぅん……」
すぐ横から自分以外の声がする。まさかの存在にクラーラは一瞬体がビクッと強張った。自分の寝室に謎の声――クラーラはその主を確認するよりも前に、目を閉じて昨夜のことを思い出していた。
「……ダメだ。まったく思い出せない」
記憶の糸をたどるも手掛かりなし。これはやはり隣で寝ている人物の顔を確認するしかなさそうだ。
ここでクラーラにある予感が走る。
隣で寝ているのは――トアではないのか。
もしそうなら、昨晩、自分はトアと同じ布団で寝たことになる。
「…………」
目を閉じた状態のクラーラは薄目で自分の身なりを確認する。一応、服装に乱れはないようだ。あと、仮にトアと「そういった行為」に及んでいたのならば、少なからず何かしらの余韻はありそうなものだが、至って普通の目覚めということでその線も薄そうだ。
「……まあ、私とトアならそう簡単にそんな展開にはならないわよね」
自嘲気味に笑うクラーラはその流れで横にいる人物の顔を確認。
「マフレナか。……そういえば、昨日の宴会で最後まで一緒にいたのはマフレナだったわね」
横で幸せそうにぐっすり寝ているマフレナの顔を確認すると、昨夜の記憶が薄っすらとだがよみがえってくる。確か、妙にふたりともテンションが高かった。なぜそんなに気分が高揚していたのか、その原因について心当たりはないが、とにかくめちゃくちゃ楽しかったという記憶しかない。
「まあ、とにかく、女の子同士なら別に問題ないわよね」
相手がトアじゃなくて残念なような安心したような――変な気持ちを抱きつつ、マフレナを起こすためシーツをめくった。
「!?」
その瞬間、クラーラの顔から血の気が引いた。
シーツにくるまれて顔しか出ていなかったので気づかなかったのだが、マフレナは服を着ていなかった。つまり全裸だったのだ。
「なっ!? なななっ!?」
さすがに全裸だとは想定していなかったクラーラは動揺。
「ちょっ! な、なんで服を着てないのよぉ……」
あまりにも幸せそうに寝ているので、声のボリュームを少し下げて再びシーツを上からかけ――ようとするが、ある一点に視線が集中してしまう。
「……本当に大きいわね」
寝息に合わせて揺れる大きな胸。
自分のものと比較してみると、そのサイズには天と地ほどの差がある。
クラーラは知っていた。日常生活において、時折トアの視線を奪うマフレナのソレ。本人の無防備な性格も相まってクラーラにとってはまさに胸囲――否、脅威である、と。
だが、今目の前で無防備に揺れているマフレナの胸に、クラーラは興味を引かれた。一緒に風呂へ入っている時もたまに思うのだが――一度でいいからその感触を味わってみたいと思っていたのだ。
「い、今なら……」
触ってもバレないのでは――そんな気持ちが渦巻いている中、
「クラーラ、起きてる?」
「!?!?!?」
ゆっくりと伸ばした手はドアの向こうから聞こえてきたエステルの声でピタッと止まる。
まずい。
今の状況を見られるのは非常にまずい。
全裸のマフレナに襲い掛かる寸前のような体勢なのだ。
バクバクと心臓が高鳴る。
「変ねぇ……返事がないわ」
「きっとまだ寝ているのではないですか? あのふたり、昨日間違ってローザさんの果実酒を飲んじゃったみたいですし」
どうやらエステル以外にジャネットもいるようだが、そのジャネットの言葉からクラーラは昨夜のことをさらに思い出した。
あの大宴会の時、マフレナが気を利かせて持ってきてくれた果実ジュース。だが、それはローザが飲む予定だった果実酒だったのだ。誤飲してしまったふたりはあっという間に出来上がってしまい、マフレナの父ジンやトアに休憩しておいた方がいいと忠告を受け、クラーラの自室で休んでいたのだ。
「そうだった……確か酔っぱらっちゃって……」
トアやジンには迷惑をかけたなぁ――などと、反省している場合じゃない。鍵をかけに行くか、全裸のマフレナを着替えさせるのか。しかし、ここで下手に物音を立ててしまうと、起きていると思ったエステルとジャネットが入室してくるリスクもある。
クラーラは祈った。
このままスルーをしてくれ、と。
「もうちょっと寝かせておきましょうか」
「ですね。トアさんには私から報告しておきます」
「ありがとう、ジャネット。じゃあ、私はアネスとパーベルに行ってくるわね」
「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」
そんな会話をしながら、エステルとジャネットはクラーラの部屋から遠ざかっていく。
「なんとかなった……」
危険が去ったことで安堵したクラーラ――だが、その油断が悲劇を招いた。
むにゅ。
助かったことで安心したクラーラの頭の中から、すぐ近くに裸で寝ているマフレナの存在が消え去っていた。なので、不用意に伸ばした手がマフレナの胸にダイレクトタッチ。
「!?」
衝撃の感触に一瞬で手を離したクラーラだが、しばらくすると再び胸へと手を伸ばす。一度触ったことで耐性がついたのか、今度は戸惑うことなく手を触れる。
「お、おぉ……」
フニフニと波打つ胸の感触を楽しむが、自分のしている行為への背徳感に耐えきれなくなって手を離す――だが、その時、慌てたことでバランスを崩してしまい、マフレナの胸の谷間部分に顔面からダイブ。
結構な勢いだったが、クラーラにダメージはない。むしろ、
「~~~~っっっ!!!!!」
顔全体を包む柔らかい感触に、クラーラは放心状態。
一生このままでいいかも――などと思い始めた次の瞬間、
「クラーラちゃん?」
その声が、一握りほど残っていた冷静さをかっさらう。クラーラが恐る恐る顔をあげると、マフレナがこちらを不思議そうな顔で眺めていた。パニックになって大声を出す直前、マフレナが腕を回してガシッとクラーラを抱きしめる。
「いいですよ、クラーラちゃん」
「え? え?」
「たまには甘えたい時もありますよね。私、時々同じ銀狼族の子たちとこんな感じで一緒に寝ているんです」
「そ、そうなの……」
「故郷が火山の被害を受けた時に家族を失った子も多かったので……まだ夜が怖くて寝られない子もいたんです」
マフレナはそう言ってクラーラの頭を撫でる。
恐らく、故郷であるオーレムの森から離れて暮らすクラーラも、同じような症状なのだろうと思ったのだろう。
「…………」
クラーラはそんなマフレナの優しさに触れて、自らの行いを反省する。
そして、マフレナから離れると、ベッドからも下りて正座した。
「? クラーラちゃん?」
「マフレナ……ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にすると、クラーラは床に置かれていた自分の剣を手に取った。
「腹を切って詫びるわ」
「!? 何について!?」
涙を流しながらヒノモト流の謝罪である「ハラキリ」を実行しようとするクラーラを、マフレナは必死に止めるのだった。
――その後。
「マフレナ! 何か困ったことがあったらなんでも私に相談してね!」
「う、うん。ありがとう、クラーラちゃん」
クラーラはマフレナに対して過保護なまでに接するようになった。
「何かあったのかしらねぇ……」
「でも、これまで以上に仲が良くなったようでいいじゃないか」
「……なんだかそういう簡単な話じゃない気もしますが……」
そんな光景を眺めながら、エステル、トア、ジャネットはそれぞれの感想を述べるのであった。
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