第431話 マフレナの異変① はじまりの夜

 マフレナがポーカー対決でギャンブラーのバリーを打ち破る数日前。




 ストリア大陸南西部。

 カルマンリス山脈(通称・大陸の背骨)の一角。


 雷鳴轟く悪天候の中、荒く息を吐いたのは、エルフ族の女。

 荒い呼吸に合わせて、長い銀髪が静かに揺らめく。

 その後ろでは、彼女の従霊ふたりが驚愕の表情を浮かべていた。


「あ、兄者……俺は夢でも見ているのか?」

「バカ野郎……ゴーストが夢を見るかよ。――こいつは現実だ」


(ゴースト)・S(ソウル)・B(ブラザーズ)――八極のひとりで死霊術士のジョブを持つ死境のテスタロッサの使い霊である兄ケビンと弟ダビンのふたり組。

 彼らは未だかつて目にしたことのない光景に唖然としていた。


 目の前には彼らの主である死境のテスタロッサがいる。

 これまで、多くの悪霊たちを自らの従霊として引き込んできたテスタロッサだが、今回は苦戦していた。

 少なくとも、ケビンとダビンの兄弟がテスタロッサのもとに来てから、彼女がここまで苦しめられるのは初めて見る。


「一体何者なんだ……あのゴーストは……」


 弟のダビンは困惑。

 一方、兄のケビンは状況を冷静に分析していた。

 相手のゴーストは人間の形をしているものの、顔や体つきといった特徴的な部分がない――人間の形をした青白い発光体という印象だ。そのため、性別さえ分からない。


 だが、その人間離れした動きから、恐らく相手は獣人族だと推察していた。

 もちろん、テスタロッサも同じように見抜いている。

 

 しかし、ここまで強い獣人族というのは――


「……人間状態のシャウナと同等の力ね」


 ふと、黒蛇のシャウナの顔が脳裏をよぎる。

 最初は簡単な仕事だと思っていた。

 堕天使ジェダを追うため、今は各地へ散って情報収集を行っているところだが、立ち寄った村の人々がこの山に巣食っている悪霊に困っていた事実を知ったテスタロッサは、いつもの人助けの感覚でここまできたのだが、まさかここまではと夢にも思っていなかった。


「……まるで、あの女と戦っている気分だわ」


 八極のひとりにして、獣人族の中では誰もが最強と認めるシャウナ。

 彼女の真骨頂は本来の黒蛇としての姿に戻った時だが、人間状態でもその実力は常軌を逸したレベルだ。

 テスタロッサは、そんなシャウナ(人間状態)と同じくらい強いと相手のゴーストを評価した。


「…………」


 ゴーストは何も語らない。

 ただ――何かを求めている。

 死霊術時ネクロマンサーのジョブを持つテスタロッサだからこそ読み取れるゴーストの感情。それによれば、相手がここに留まっているのは、何か理由があってのこと。


「それが分かれば、対処のしようもあるのだけれど……」


 確認するように呟いた、次の瞬間――ゴーストは何かを察知して、振り返る。そしてそのまま深い森の方へと向かって飛んで行ってしまった。


「? 一体何があったっていうの……」


 あまりにも突飛なゴーストの言動。

 テスタロッサは武器である大鎌をおろすと、ケビンとダビンの兄弟を呼び寄せて町へ向かう旨を告げる。


「ヤツは……またすぐに現れる」

「俺もそう思いますねぇ……」

「とりあえず、まずは戦果報告ね」

「あ、そ、そうっすね」


 テスタロッサは平静を装っているが、内心不安でしょうがないのだろう。

 ケビンがそう思うのには根拠がある。

 あのゴーストの飛んでいった方向には――要塞村があったからだ。


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