第468話 エステルとミリア
ミリア・ストナー。
フェルネンド王国では代々聖騎隊の柱として活躍したストナー家の令嬢にして、兄のクレイブ以外にまったく興味を示さない重度のブラコン。
それどころか、そもそも他人に興味を示したことがない無関心系女子であった。
父であるジャック・ストナーから兵士として英才教育を受けてきた影響もあり、その実力は聖騎隊の中でも頭ひとつ抜きんでていた。
しかし、その父の暴走もあって、フェルネンド王国はその力を大きく失うこととなる。
プレストン率いる小隊に所属していたミリアであったが、アーストン高原でトア・マクレイグとの戦いに敗れて以降、兄であるエノドア自警団のもとへと身柄が引き渡され、現在はその自警団で兄とともに働いている。
そんなミリアであったが、兄クレイブの他に信頼をおいている人間がたったひとりだけ存在していた。
ある日の要塞村。
「おはようございます」
「いらっしゃい、ミリア」
この日、ミリア・ストナーは要塞村の村長室を訪れていた――が、部屋には主であるトアの姿はなく、クラーラもマフレナもジャネットもいない。
いるのはただひとり――エステルだけだ。
「すみません、エステルさん。お忙しいのに……」
「いいのよ、気にしないで。さっ、上がって」
エステルに導かれて、ミリアは部屋へと入る。
その目的は――
「こんな髪型がいいとかって希望はある?」
「特にありません。エステルさんのやりやすいようにしてくだされば」
「了解」
散髪だった。
幼い頃から兵士としての英才教育を受けてきたミリアは、刃物を持った人間が近づくと警戒心が出てしまう。同じ訓練を受けてきた兄のクレイブも、一時期はそのような反応を示していたが、今ではそれを克服している。
しかし、ミリアの場合はまだ植えつけられた習慣が抜け切れていなかった。
なので、散髪のような行為は難しいのだが、なぜかエステルがやる時だけは恐怖心を感じなかったのだ。
それからはエステルの提案もあり、散髪は彼女に任せきりとなっている。
「ミリアの髪は綺麗ね」
「そ、そうでしょうか」
「ホントよ。まるで宝石みたいに輝いているわ」
「ほ、褒めすぎですよ……」
ミリアは、周囲に誰もおらず、エステルがひとりでいる時だけは素の自分が出せた。
それほどエステルを信頼しており、数少ない《大魔導士》のジョブを持つ彼女を尊敬していたのだ。
――だからこそ、納得のいかないことがひとつあった。
「あの、エステルさん」
「何?」
「今ならまだ間に合います。――お兄様と結婚しませんか?」
ミリアは常々、素の自分が出せるエステルにクレイブと結婚してもらい、本当の姉になってもらいたいと思っていた。
当然、ミリアはエステルがトアを想っていることを知っている。
それでも、あきらめきれなくて今でもたまにそんなことを尋ねるのだ――断られると分かっていながら。
「残念だけど、私は――」
「トア・マクレイグ……ですね?」
「分かっているなら、聞く必要はないでしょ?」
「でも……あの男には他に女がいます」
ミリアが言う他の女とは、もちろんこの場にはいないクラーラ、マフレナ、ジャネットの三人であった。
「重婚でもする気ですか?」
「まあ、確かにあまりないケースかもしれないけど……それはそれでありかなって」
「えっ!?」
「だって、やっぱりみんなとはこれからも仲良くしていきたいと思うし」
そう言われてしまっては、ミリアに返す言葉はない。
それ以上は何も言わず、黙ってしまった。
散髪終了後。
ミリアはエステルの言葉を思い出しながら、要塞村を歩いている。
すると、
「あっ、もう終わったの?」
村長であるトアが話しかけてきた。
「…………」
「えっ? な、何?」
「いえ、別に」
無言で見つめてくるミリアに恐怖を感じたトアだったが、特に何かをしてくる素振りは見られなかった――と、思ったら、
「トア・マクレイグ」
いきなり名前を呼ばれる。
「な、何?」
「エステルさんを悲しませたら……私が容赦しません」
「! ……そうだな。もしそんなことをしたなら、俺のことは好きにしてくれ」
「今の言葉……忘れないように」
そう言って立ち去るミリア。
その口元はわずかに緩んでいるように見えた。
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