第310話 パーベルに現れた者は?
要塞村に人魚族が移住してきたという話はあっという間に周辺の町村へ広まった。
特に、人魚族が要塞村へ向かうためのルートになっている港町パーベルでは、町の伝説として人魚が神聖な種族であるとされている。
そのため、要塞村の市場で買い物をしながら、人魚族との交流を図ろうとする者が続出したのだった。
そんな港町パーベルには、何隻もの商船が停泊している。
中でも目立つのがヒノモト王国の船だ。
セリウス王国と同盟を結び、第三王子のジェフリーが、ツルヒメと結婚したことにより、国家間の絆はより強固なものとなっていた。
その港を守るのが、パーベル港湾警備隊である。
「よし! 本日も異常なし!」
港の見回りを終え、警備隊の詰所へ戻ってきたのは、元フェルネンド王国聖騎隊で隊長を任されていたこともあるジャンだった。
彼はシスター・メリンカと教会の子どもたちを暴走するフェルネンド王国から脱出する手助けをし、自らも民の生活を顧みずに暴走を始めたフェルネンドに見切りをつけ、セリウス王国へと移住してきた。
今はパーベル港湾警備隊の一員として第二の人生を謳歌している最中であった。
「ただいま戻りました」
「おう。以上はなかったか?」
「ええ、今日もいたって平和ですよ」
気さくな態度でジャンに話しかけたのはパーベル港湾警備隊長のオリバーであった。
彼も、元々は某国の騎士団で長らく近衛兵を務めていた実績があり、それを評価されて隊長に任命されていた。
本来ならば、ここで後任の団員へ見張りを引き継ぎ、ジャンの本日の務めは終了――となるはずだったが、
「ジャン……悪いが、少し頼めるか?」
「なんでしょうか?」
申し訳なさそうに尋ねてくるオリバー。
てっきり、なんらかの理由で見回りにあたる人数が減ったので、その穴埋めをするとばかり思っていたが、どうやら事情は異なるらしい。
「これからヘクター町長の屋敷へ向かってもらいたいんだ」
「ヘクター町長の?」
「うむ。実は町長が君を直々に指名してね」
ヘクター町長がジャンに対し、名指しで呼びつける。
それはこれまでにない事態だった。
「何か、呼び出されることに対して思い当たる節はあるか?」
「い、いえ、特には……」
ジャンには皆目見当もつかなかった。
とにかく、呼ばれたからにはいかなければならない、とジャンは覚悟を決めてヘクター町長の屋敷へと向かうのだった。
◇◇◇
「お待ちしておりました、ジャンさん」
屋敷へ到着すると、秘書のマリアムが出迎えてくれた。
その表情は神妙で、どこか影があるように映る。
「ヘクター町長が直々にお呼びとのことでしたが……」
「えぇ。この町に住むあなたならすぐに駆け付けられるだろうと思って……念のため、要塞村のトア村長やエノドア自警団にも使いを送っていますが」
「? トアたちのもとへ?」
そこで、ジャンは察する。
今呼び出しがかかっているメンバーは全員――
「……フェルネンドの聖騎隊絡みの案件ですね?」
「その通りです」
やはりか、とジャンはため息を漏らした。
現在、フェルネンド王国聖騎隊がセリウス王国との国境付近に軍を展開して緊張状態にあることは知っている。
だが、大幅に戦力ダウンしている今の聖騎隊では、セリウス王国騎士団とまともに戦い合えるはずもなく、軍を展開していても硬直しているというのが現状だ。
正直、黙っていたってセリウス王国は勝てる。
仮に、何かしらの策にハマってセリウス王国が侵略されそうになったとしても、その状況を要塞村の面々が黙って見ているわけがない。
すでに一国家を遥かに上回る戦力を有する要塞村だが、彼らは基本的に「自ら戦う」という選択肢を持たない。ゆえに、あれだけ多くの種族が仲良く暮らしていけているのだ。
しかし、そんな彼らも自衛のためとなったらその力を惜しみなく発揮するだろう。
そうしたこともあって、ジャンはフェルネンド聖騎隊の動向については特に気に留めていなかった。
「まずは、こちらへ」
マリアムに案内されて通されたのは応接室――ではなく、普通の部屋だった。
しかしよく見ると、部屋の隅に設えられたベッドに誰かが横たわっている。
「彼女の処遇について、現在、領主であるファグナス様に意見を求めている最中です」
「えっ?」
どうやらすべての根源は眠っている少女にあるようだ。
気になったジャンは少女の顔を覗き込む。
「!? ま、まさか!?」
聖騎隊の制服に身を包む少女は、
「ミ、ミリア・ストナーじゃないか……」
クレイブの妹のミリアだった。
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