第311話 クレイブの決意

 ミリア・ストナーがパーベルで保護された。


 ヘクター町長の使いによってもたらされたこの衝撃的な知らせは、あっという間に要塞村全体に広がっていった。


「あのミリアが……」

「ひとりということも気がかりね」


 ミリアのことをよく知っているトアとエステルはとても心配していた。

 兄であるクレイブにベッタリのブラコンではあったが、それを除けばとても優秀だし、気立ても良い淑女だ。

 しかし、アーストン高原でグウィン族を襲撃しにきたプレストンの部隊でミリアの姿を久しぶりに目撃したトアは、その頃から言い知れぬ不安を抱いていた。


 ストナー家は代々聖騎隊の重役を担ってきた、フェルネンド王国でも屈指の名家だ。

 その長い歴史の中でも、クレイブとミリアの父である現聖騎隊大隊長を務めるジャック・ストナーはもっとも秀でた男と評判だった。

 ジョブによる能力を優先するジョブ至上主義の撤廃を目指していた。


 だが、トアとエステルが聖騎隊を去り、ディオニス・コルナルドが国内での権力を強大にしていったあたりから、「領土拡大のため他国へ侵攻すべき」と王家に進言したり、聖騎隊本来の役割を忘れた言動が目立つようになっていた。


 クレイブが聖騎隊を抜けてエノドアへと移り住むと、その暴走には拍車がかかり、もはや手が付けられない領域にまで達した。

 ただ、こうした暴走に唯一歯止めをかけられる存在であるフェルネンド王家――ジュリア姫と婚約したディオニスが、ジャック・ストナーの言動に賛同したことで、事態はますます深刻化していった。


フェルネンド王国が衰退した要因のひとつは、王家の深いつながりがあるストナー家の暴走が絡んでいることは間違いない。



 そうした国内の動きを察したトアとエステルは、ふたつの可能性を考えていた。


 ひとつは、兄のクレイブと同じく、父――ひいては聖騎隊の暴走に耐えられなくなり、逃げだした。

 もうひとつは――トアたちに近づくため、わざと保護された。


 もし後者だった場合は、バックに聖騎隊がいることになる。そうなると、ミリアの目的は間違いなくスパイ行為だろう。 


「……クレイブと合流して、パーベルに行こう」

「それがいいわ。私も一緒に行く」

「うん。頼むよ」


 かつて、養成所の後輩として一緒に過ごしたミリア。トアの方はクレイブと他の友人以上に仲良くしていたため、警戒をされていたが、同性のエステルやネリスといった先輩とは親しく接していた。


 トアとエステルは真意を確かめるべく、一旦エノドアへと行き、クレイブたちと合流してからパーベルへ向かうことに下。



  ◇◇◇



 同じ頃、エノドアでも混乱が起きていた。


「そうか……ミリアが……」


 パーベルからの使者が町長のレナードへ報告し、そのレナードから自警団団長のジェンソンへ伝わり、そしてクレイブたちへと伝わった。

 さすがに、クレイブは気落ちしていた。

 同じ自警団のメンバーであり、聖騎隊でも長らく共にいたエドガー、ネリス、ヘルミーナの三人は、クレイブとミリアの仲の良さを知っているため、どう声をかけていいのか、悩んでいた。


 その時、見回りに出ていたタマキが戻ってきて、


「トア殿とエステル殿がお見えになりました」


 要塞村からトアとエステルがやってきた。

 ふたりの行動が意味するところを、クレイブやエドガーたちはすぐに察する。


「……行くか」

「クレイブ……平気か?」


 エドガーの気遣いに、クレイブは小さく微笑んで答える。


「問題ない。何より、俺が知りたいんだ――ミリアの真意を」


 クレイブは覚悟を決め、トアとエステルを迎え入れた。

 妹ミリアが何を思ってパーベルにやって来たのか。

 その真実を知るために。

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