第611話 要塞村に吹く優しい風
今年で六回目を迎える収穫祭。
最初は村民たちだけで楽しむ慎ましいイベントだったが、いつの間にやらセリウス王国の現国王であるバーノン王まで参加するようになった。
主催者であるトアは、年々規模が大きくなる収穫祭に対し、安全面などで不安を感じることもあったが、今回から王国の支援があると聞き、安堵した。
面識のある王国関係者スタンレーが中心となり、収穫祭をサポート。
おかげで例年以上の盛り上がりを見せ、トアたちも安心して楽しめるようになった。
「去年までは収穫祭の開催中にこうしてのんびりとできる時間が少なかったからなぁ」
「今年はスタンレーさんたちの協力もあって楽しめる時間が増えたわよね」
トアとエステルは特設ステージの上で歌声を披露しているクラーラとマフレナを眺めながら笑顔を浮かべていた。
ちなみにジャネットとフォルはドワーフ族の作った魔道具のセールに参加しており、ふたりとは別の場所からクラーラとマフレナの歌声を楽しんでいる。
「聖騎隊に入った頃は、こんな穏やかな日々を過ごせるなんて思ってもみなかったなぁ……」
思わずそうこぼしたのはエステルだった――が、彼女はすぐにハッとなって口を閉ざす。
フェルネンド王国聖騎隊。
かつてトアとエステルが所属していた国防組織であるが、現在はフェルネンド王国自体が急速に力を失ったことでほとんど壊滅状態に陥っていると聞く。
トアはそこで要塞職人であると鑑定されたが、さまざまな勘違いが重なって聖騎隊を去り、このセリウス王国へとやってきた。
そのため、あまりいい思い出のある名前ではないのだ。
エステルはそれを察して思わず口を閉じたのである。
「ト、トア……あの……」
「気にしなくていいよ、エステル」
そう語るトアの顔つきは明るかった。
「確かに前までは辛い思い出のある場所って印象があったけど、あそこがなかったらクレイブたちにも会えていなかったわけだし、この要塞にだってたどり着けていなかったからね」
トータルで見たら、聖騎隊での出来事がトアをこの無血要塞ディーフォルへ導いたともいえる。
いつしかトアはそう考えるようになっていたのだ。
「トア……ありがとう」
「お礼を言うのはむしろこっちだよ。エステルがいてくれて本当に良かった」
ふたりは笑いながらお互いの手を取る。
きっと、魔獣に襲われて亡くなったふたりの両親も、幸せに暮らしている子どもの姿を見て喜んでいるだろう。
要塞村には今日も穏やかで賑やかな風が吹く。
すべての「嫌なこと」を遠くへ飛ばしてしまうかのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます