第240話 クレイブの悩み
鑑定大会騒動から数日後。
「ういっす」
「おはようございます」
エノドア自警団に出勤してきたエドガーとネリス。
いつものように出勤簿へ名前を書き、それを新しく入った新人の事務係へと渡す。
「だいぶ事務仕事が板についてきたじゃないか、モニカ」
「そう? あまり自覚はないけれど」
団長であるジェンソンの娘のモニカは、一ヶ月ほど前から自警団の事務員として働き始めていた。というのも、自警団に所属する人数も増えてきたため、諸々の事務処理をまとめて行える人物を探す必要が出てきたのだ。
その点、モニカは気が利くし、物覚えも良い。おまけに団長の娘とあって他の団員からは一目を置かれていた。
もっとも、彼女が事務員を引き受けた最大の要因は想い人であるクレイブの存在が大きいのだが。
「おはよう、みんな」
その想い人のクレイブが出勤してきたことを知ると、モニカの顔が一段と明るくなった――と、思いきや、
「あ、おはよう、クレイ――ブッ!?」
変な反応を見せるモニカ。
エドガーとネリスは出勤してきたクレイブに原因があるとみて、振り返る。その姿を目の当たりにしたふたりは、モニカと似たようなリアクションをとった。
「お、おまえ……どうしたんだよ、その頭は」
「寝癖がとんでもないことになっているわよ?」
いつもキチッとセットされているクレイブの髪だが、今朝に関してはまるで爆発を起こしたようにはねまくっていた。
「毛先を遊ばせすぎだろ」
「いや、もうそんなレベルじゃなくない?」
「髪、か……すまない。どうにも昨夜は寝られなくてな。そのせいで少し寝坊した」
「「!?」」
クレイブが寝坊した。
本人の口から語れた衝撃的事実に、エドガーとネリスは顔を見合わせる。
そんなふたりの反応を横目に、クレイブはスタスタと本日の予定が書かれた黒板の方へと歩いていった。
「わっ!? その頭どうしたんですか、クレイブ殿!」
「いくらなんでも毛先を遊ばせすぎだぞ!」
そこで、タマキとヘルミーナも同じような反応を見せていた。
◇◇◇
「あのクレイブが寝坊ねぇ……」
「信じられないわよねぇ……」
昼過ぎ。
町の警邏任務に就くエドガーとネリスのふたりは、様子がおかしかったクレイブのことが気になっていた。
と、そこへ、
「あら、こんにちは、ふたりとも。今日はデート?」
成人女性に声をかけられる。
その人物とは――
「げぇっ!? 姉貴!?」
「ナタリーさん!?」
「は~い♪」
エドガーの従妹で、ホールトン商会幹部のナタリー・ホールトンだった。
「何しに来たんだよ」
「呼びだしておいてその言い草はないんじゃない?」
「呼びだすぅ? ああ、要塞村の件か」
要塞村で市場を開くという計画について、商人であるナタリーならば、いろいろと適切なアドバイスを送れるだろうとエドガーはトアに助言していた。トアもその提案に乗っかる形となり、早速エドガーはナタリーへ手紙を送っていたのだ。
「要塞村ほどのポテンシャルがある村なら、出店を希望する者は多いでしょうし、今まで以上にエノドアやパーベルからの来訪者も増えるはず」
「この辺りに巣食っていたハイランクモンスター共も、要塞村の面々に手を出したらどうなるか痛いほど理解しているから、もうほとんどいなくなっちまったしな。魔除けのランプも設置しているし、道も整備されているから、ひとりで出歩いても平気になったところも追い風になっているな」
そこはやはり大商人の息子。
ビジネスの動きがありそうな情報については無意識に収集していた。
「なら、私ひとりで要塞村へ行っても大丈夫そうね」
「道に迷わなきゃそれでいいと思うぜ」
「了解よ。……本当は、いろいろ悩んでいるクレイブを連れ出して、気分転換させるつもりだったけど、あの調子じゃねぇ」
「えっ!? 姉貴はクレイブがどうしてあんなふうになったか知ってんのか!?」
エドガーだけでなく、ネリスも前のめりになって詰め寄る。
「知らなかったの? ていうか、本人から聞いてないの?」
「あ、ああ、まだ……」
「そう。まあ、本人からは隠しておく必要はないって言われているし、喋っちゃってもいいのかな」
「是非教えてください、ナタリーさん!」
エドガーとネリスから必死の要請を受けて、ナタリーは語り始める。
「スカウトを受けたみたいなの」
「「スカウト?」」
「鑑定大会の件で、大陸をまたにかける詐欺師グループが捕まったけど、その作戦を成功に導いた彼の手腕を、セリウス王国騎士団の騎士団長が高く評価したらしいのよ」
「じゃ、じゃあ、スカウトって……セリウス王国騎士団から!?」
「ええ。かなりの高待遇らしいわよ?」
説明を終えたナタリーは「じゃあ、要塞村へ行ってくるわね」と言って要塞村へと
「ヘッドハンティングってことか」
「クレイブ……騎士団へ行っちゃうのかな?」
ネリスからの質問に、エドガーは即答できなかった。
きっと、これまでのクレイブならばその誘いを一蹴していただろう。だが、いつもキッチリ整えている髪型を乱してまでも悩んでいるということは……騎士団への入団に心が傾いているのではないかと思えた。
「……あいつは、俺やおまえの実家と違って、戦闘部門におけるエリート一族だからな。もしかしたら、そういった組織への復帰をどこかで熱望していたのかもしれねぇ」
「…………」
ネリスは沈黙。
それに引きずられて、エドガーも黙ってしまう。
フェルネンド聖騎隊大隊長ジャック・ストナーの息子であるクレイブには、鉱山の町の自警団より、王国騎士団の方が向いているかもしれない。
そこへ、
「なんだ? 随分と辛気臭い顔をしているな、ふたりとも」
暗い気分に陥った元凶であるクレイブがやってきた。
「ク、クレイブ……」
「? どうした、ネリス」
「い、いや、その……」
「おまえ、セリウス王国騎士団に入るのか?」
「ちょっ!?」
エドガーは隠すことなく、クレイブへストレートに質問をぶつける。それに対するクレイブの答えは――
「入るわけがないだろう。その誘いならばすでに断った」
あっさりとしたものだった。
「……そ、そうなの?」
思いもよらぬほど簡単に返されたので、ネリスは困惑気味に尋ねる。
「俺の職場はエノドア自警団だ。ここを辞めてよそへ移る気はない。この町を気に入っているし、何より……おまえたちと別れてまで、別の場所で仕事をしようとは思わないさ」
「「!?」」
エドガーやネリスが思っているよりも、クレイブはエノドアという町と自警団の仕事に愛着を持っているようだった。
その答えに自分たちの存在も含まれていたので、エドガーとネリスのふたりはちょっと感動する。
「じゃ、じゃあ、今朝寝坊したのはどうして?」
「ああ、あれか」
その話題をネリスから振られると、クレイブは恥ずかしそうに鼻をかきながら経緯を説明した。
「実は、今度の休みにトアとパーベルにある地下迷宮のアイテムを販売しているという店を訪問することになってな。それで、当日はどの服を着ていこうか、昨夜はそれをずっと悩んでいたせいで眠れなくて」
「「…………」」
そうだった。
そもそも、すぐ近くにトアがいるのに、わざわざ会う機会が激減する騎士団なんかにクレイブが入るわけがない。
「今度はどうした? ふたり揃って何とも言えない表情をして」
「なんでもねぇよ」
「ええ、そうね。しいて言うなら、自分たちの愚かさを嘆いているわ」
「?」
ともかく、こうしてクレイブはエノドア自警団に残留したのだった。
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