第239話 罠と陰謀と母親らしさ
「「「「フォル!?」」」」
舞台袖でクレイブの依頼品を見たクラーラたちが叫ぶ。
それも当然だ。
何せ、クレイブが持ち込んだのは要塞村の村民であり、クラーラと並んで最古参のフォルだった。
「な、なんでフォルを……」
「……いえ、着眼点としてはあながち的外れではないと思います」
冷静な口調でジャネットが分析する。
「フォルは旧ザンジール帝国の自律型甲冑兵の試作機……言い換えれば、この世界にたったひとつしかないオンリーワンの存在と言えます」
「! た、確かにそうね……」
「たったひとつしかない……そう言われると、とても貴重な感じがします!」
ジャネットの見立てに、エステルも同意見のようだ。
マフレナも、ジャネットの分かりやすい解説に納得している様子。
ただひとり、同じ頃に要塞村の一員となり、トアと並んでもっとも長くフォルと接しているクラーラは微妙な表情だ。
そんな女子組のやりとりを横目に、司会者はどんどん進行していく。
「これは甲冑のようですねぇ……」
「旧ザンジール帝国製です」
「ザ、ザンジール帝国ですか……」
司会者が声を詰まらせる。
誰もが知る世界の歴史を揺るがした世界大戦。
強力な魔法兵器によって多くの国を植民地としてきたザンジールの品――しかも甲冑という軍事関係の品だけに、慎重となっているようだ。
「あいつ……フォルとこっそり会っていたみたいだったけど、まさかこれの打ち合わせのためかよ」
「でも、どうして参加したのかしら」
「ですよねぇ……とてもぬいぐるみが欲しいからとは思えません」
クレイブをよく知る自警団の同期三人も、クレイブの突然の行動に驚きを隠せない。
会場にもざわめきが広がる中、いよいよ鑑定が行われる。
「!? こ、これは!?」
鑑定人は一目フォルを見ただけだったが、衝撃であとずさりをする。
「ま、間違いない……これは自律型甲冑兵だ!」
断言する鑑定人。
客席からは「おお!」と歓声があがる。
ただ、女子組や自警団組は本人の口からそのことを聞いているので驚きはしなかった。
「い、依頼人はどこでこれを!?」
「祖父の形見です」
しれっと真顔で嘘をつくクレイブ。
熱心な鑑定が続く中、ここでエステルがある事実に気づく。
「……あら?」
「どうかしたの、エステル」
「フォルからまったく魔力を感じないの……」
「気づいたか」
フォルの異変を察知したエステル。
ちょうどそこに、幼女姿へと戻ったローザが合流する。
「ローザさん……ぬいぐるみ欲しかったんですね」
「フォルから魔力を感じないということは魔力の供給が遮断されておる状態を示す。クレイブがどのような意図でフォルをこの場に引っ張り出してきたかは知らぬが、どうもただ事ではないようじゃぞ」
クラーラからの追及をスルーして、ローザはそう告げた。
何か裏がるのでは、と警戒するエステルたち。
その頃、ステージでは注目の鑑定結果が発表の時を迎えていた。
「どうぞ!」
司会者に促され、クレイブがプレートを掲げると、そこに書かれた数字は――
【一億ギール】
「で、出たああああああああ! 一億ギールだあああああああ!」
まさかの億単位に、司会者のテンションは最高潮に達した。
「う、嘘……」
「フォルってそんなに高額なのね……」
「わ、わふぅ……知らなかったです」
「……いろいろ改装しちゃってますけど、大丈夫ですかね?」
さまざまな反応を見せる四人。
ともかく、鑑定大会はクレイブの大逆転優勝という結果で幕を閉じた。
「おめでとう! いい物を見せてもらったよ」
鑑定人がクレイブへ握手を求め、近づく。それに応じて、クレイブも静かに手を差し出す。固く握られる両者の手――だが、クレイブは突然その手を捻りあげ、そのまま組み伏せた。
「いだだだ!」
痛みに悶える鑑定人。
いきなりの暴挙に会場はこれまでとは違った意味で騒然となる。
「ちょ、ちょっと君! 何を――」
「どこへやった?」
「え?」
「本物の甲冑を――フォルをどこへやった?」
「は? え? 本物? フォル?」
司会者の男はクレイブに迫られて露骨に焦りだす。
その時、客席の奥から女性の叫び声が轟いた。
「ステージにいる鑑定大会の関係者! 全員その場を動くな!」
自警団の面々を引き連れてきたヘルミーナだった。
「な、なんだ、おまえたちは!?」
組み伏せられた状態の鑑定人は、訳が分からぬまま自警団へと拘束される。
「貴様の悪事はとうにバレているぞ」
「な、何!?」
「そちらの司会役の男――貴様のジョブは《贋作師》だな?」
「!?」
ヘルミーナの指摘は図星だったようで、司会者の男はその場から逃走しようとする――が、すでに会場は取り囲まれ、逃げ道はない。
「な、何!? どうなってんの!?」
「わ、分からないけど……」
なんの前触れもなく押し寄せてくる自警団。
彼らの狙いは鑑定人と司会者のようだった。
事態が収束した後で、クレイブから詳しい説明を受けた。
実は今回の鑑定大会を企画した商会は、表向きは普通なのだが、《贋作師》のジョブを持つ司会者の男が裏で牛耳っている組織だった。
その手口は、今回のように各地で鑑定大会を開き、お宝を集めた後、ジョブの能力で本物とそっくりと偽物を依頼人へ返却し、本物を裏で売りさばくというものであった。
領主であるファグナス家に大会を開催する了承を得るため、屋敷へとやってきた際、当主のチェイスが司会の男に不審な気配を感じ、エノドアの町長であり息子のレナードへ使いを送った。
これを受けたレナードはジェンソンへ会場の警備を強化するよう通達。ジェンソンは自身が黒幕に近づくという口実で鑑定大会に参加したが、より確実に敵の尻尾を掴むため、クレイブがフォルに協力を依頼し、その作戦が見事成功した形となった。
フォル曰く、複雑な魔法文字による行動制御は、例えジョブの能力をもってしても完全再現は不可能だろうということで、会場に運ばれた際、本物ならばそれを証明するため動きだすという手筈になっていた。
あの時、フォルはいつまで経っても動きださなかったため、クレイブはすり替えられたと判断したのだ。
「すべてクレイブ様の指示通りです」
「せめて俺くらいには教えてくれてもいいじゃないか」
「団長はここ一週間ほど鑑定大会のことでいろいろと上の空でしたので、ヘルミーナ副団長にお願いしました」
「…………」
心当たりがあるジェンソンは沈黙。
気まずそうに小さくなっていた。
ちなみに、相手は情報収集においても長けているため、会場に乗り込むメンバー以外には事情が伏せられていた。エドガーたちが何も知らなかったのはこのためだ。
一方、詐欺集団の男たちは、チェイスからの要請を受けて出動したセリウス王国騎士団によって王都へと連行されていった。
「……結局、優勝賞品はなし、か」
手ぶらで要塞村へと戻ってきたクラーラたち。
だが、商品のぬいぐるみを手に入れられず、落胆の色は濃かった。
「わふっ! クラーラちゃん!」
「なぁに……マフレナ」
村民たちの交流の場として利用される談話室のソファで、ぐったりと横になるクラーラの顔を覗き込んだマフレナはニコッと笑ってから告げる。
「私に名案がありますよ」
「名案?」
「わふわふっ!」
自慢のもふもふ尻尾を左右に振るマフレナの顔は自信に満ち溢れていた。
◇◇◇
「そんなことがあったのか……」
鑑定大会の翌日。
エステルとジャネットはトアに事の顛末を報告した。
「朝からクラーラの姿を見ないとは思っていたけど……」
「相当ショックを受けているようでしたからね」
「思いつめてなければいいけれど……」
三人は未だ部屋にこもるクラーラを心配する――が、それは杞憂だった。
発端はトアたちを発見して駆け寄ってくるフォルのひと言から。
「マスター、クラーラ様の居場所を発見しました」
「えっ!? 外にいるの!?」
「ハンナ様を連れて屋上庭園にいるようです」
フォルからの報告を受けたトアたちは急いで屋上庭園へと向かう。
そこでは報告にあった通り、乳母車に寝かせたハンナと、それを挟むように立っているクラーラとマフレナの姿があった。
「クラーラ!」
「えっ!? トア!?」
てっきり、ひどく落ち込んでいるのかと思いきや、クラーラは至って元気だった。
「もう平気なの?」
「あーあ……まあね。心配かけてごめんなさい」
頭を下げて謝罪するクラーラ。
よく見ると、乳母車で寝ているハンナの手には毛糸で作られた小さな人形が握られていた。
「く、クラーラさん、これって……」
「あ、それ? 昨日、シスター・メリンカに作り方を教えてもらったのよ。マフレナのアイディアでね」
「わふわふ!」
クラーラは手にできなかった人形の代わりに、手作りの人形をハンナに与えていた。寝ていてもしっかりと握っているところを見ると、相当気に入ったようだ。
「手作り人形か……確かに、こっちの方が喜ばれそうね」
「凄いな……赤ん坊でも、そういうのは分かるのか」
「きっと分かると思いますよ」
寝顔を覗き込みながら、三人はホッと胸を撫で下ろす。
同じように寝顔を見ているクラーラの顔つきは、まさに母親のそれだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます