第238話 鑑定バトル勃発!
「どうかしたの、エステル」
登場と同時に会場を喧騒の渦へと巻きこんだピンク髪の超絶美人。
誰もが注目する中、エステルは既視感を覚えていた。
初めて見る美人だが……どこかであった気がする。
「これはまた美しい依頼人ですねぇ!」
「ふふ、お上手ですね」
「いやいや、お世辞なんかじゃないですよ!」
司会の男も、今までの依頼人より明らかに接している時のテンションが高かった。
「それでは、依頼品を見せていただきたいと思うのですが……これは本のようですね」
「魔導書です。それも、著者はあの枯れ泉の魔女」
「!? か、枯れ泉の魔女!? あの八極の!?」
会場のざわめきは一層強まった。
エノドアに住む者の中には、要塞村に枯れ泉の魔女ことローザ・バンテンシュタインが暮らしていることを知っている者もいるが、それはごく一部。会場に訪れた人々は英雄直筆の品に騒然となっていた。
「し、しかし、枯れ泉の魔女に関する物となると偽物の多いですからねぇ」
「ええ……でも、これは間違いなく本物です」
「ほう、なぜそう言い切れるのですか?」
「これが何よりの証拠です」
そう言って、女性は魔導書を一ページだけめくり、司会者に見せる。
「! こ、これは!?」
「枯れ泉の魔女の直筆サインです」
さらに会場のざわめきが強まる。
一方、舞台袖ではクラーラたちが悔しがっていた。
「そっか! ローザさんって英雄なんだから関連するアイテムを持ってこればよかったんじゃない!」
「その発想はありませんでしたね」
「わふぅ……私も思いつきませんでした」
「なまじ同じ空間で毎日生活を共にしている分、そういった特別感が薄れていたのが原因ね」
毎日顔を合わせ、普通に会話をしている四人にとって、ローザの存在は盲点だった。
枯れ泉の魔女に関する品ということで、会場はこれまでになくヒートアップ。鑑定を担当する初老の男性も、本を見回しながら「うんうん」と唸っている。これは相当高額になると予想された。
「くくく、これであの人形はワシがいただきじゃな」
鑑定人の背後で静かに笑みを浮かべる女性。
だが、わずかに漏れたその本音を、舞台袖で鑑定結果を見守るクラーラたちは聞き逃さなかった。
「「「「ワシ!?」」」」
これが何よりの決定打であった。
「ちょ、ちょっと……あの美人ってもしかして――ローザさん!?」
「わ、わふぅ……しゃべり方が違いますけど、そうっぽいです」
「じゃあ、あれが本来のローザさんの姿?」
「でも、三百歳を超えているって言っていたから、あの姿も本来のものではないと思うわ。たぶん、二十代の時の姿……」
依頼人として参加した超絶美人はローザ本人であった。
思えば、ぬいぐるみの本を図書館へ導入するようリクエストを出したり、ぬいぐるみに――というより、可愛い物を集めるのが趣味のローザにとって、今回のイベントは絶対に外せないものと言えた。
おまけに、英雄である八極の自分に関する物を出せば、高額間違いなしというのは分かりきっている。参加しないはずがなかった。
これはさすがに勝てない。
クラーラたち四人はさすがに負けを覚悟した。
「ズバリ! 本人評価格は?」
「あの枯れ泉の魔女の魔導書ですからね。少なく見積もっても百万ギールはするのではないでしょうか」
「なるほど! それでは上げてみてください!」
ローザ(大)が司会者に促され、鑑定結果の書かれたプレートを掲げる。
その結果は、
【三十万ギール】
「……あれ? 思ったほど高くない?」
肩透かしを食らった感じに、司会者は小さな声で言った。
「!? なんじゃと!? そんなバカなことがあるか! もっと高いはずじゃ!」
想像以上の低評価に、ローザは口調を変えるのも忘れて猛抗議。
だが、鑑定人は落ち着いてその抗議に応えた。
「まず、その本なのですがね……確かに古い物ではあるが、フェルネンド王国で大量に印刷され、世間に出回っているんですよ」
「「えっ!?」」
司会の男だけでなく、ローザ本人も驚いていた。
「バカな……ワシはそんな許可を出した覚えは……」
「? 何か言いましたか?」
「あ、い、いえ、それより、この本が印刷されて出回っていたという話は聞いたことがないのですが」
さすがに動揺を隠せないローザ。
そんな彼女に対し、鑑定人は冷静な解説を述べる。
「能力を使って調べてみたのですが、年代や内容からしても今から三十年ほど前に出版された物と同一ですね。本自体にはそれほど価値はありませんが、サインは間違いなく本物なのでこの値段となりました。仮に、枯れ泉の魔女の書いたオリジナルの魔導書となったら……軽く億は越えるでしょう」
「……ソウデスカ」
最初は徹底抗戦の構えだったが、説明を聞いているうちに心当たりを思い出したのか、表情を曇らせながら尻込みしていった。
「た、助かった?」
「でも、三十万ギールって結構高いですよ?」
ジャネットの言う通り、三十万ギールは決して安値ではない。何より、想定よりも低かったとはいえ、ここまで暫定トップの金額なのだ。
「わふっ! 次はいよいよクラーラちゃんの番ですよ!」
「頑張ってね!」
「う、うん」
マフレナとエステルに見送られ、クラーラがステージに登場する。
「おお! 次の依頼人は可愛いエルフのお嬢さんだ!」
「あ、ど、どうも」
緊張しているせいか、声のボリュームはいつもと比べ物にならないくらい小さかった。
それからすぐに、依頼品がクラーラのもとへと運ばれてくる。
持ってきたのは一幅の絵画。
テーブルの上に乗せられたランプとリンゴを描いたシンプルなものだった。
「これは絵画ですね。誰の作品ですか?」
「は、はい。エレメドという画家の作品です」
「! エレメドって、あのエレメドですか!?」
司会者は驚き、客席もどよめきだした。
「えっと……そんなに有名な方なんですか?」
「有名なんてものじゃないですよ! 彼の残した作品の数々は当時の画壇に大きな衝撃を与えたのです!」
司会者のテンションがローザ(大)の時よりも高くなった。
「色彩や構図など、それまでの常識を覆し続けた伝説の画家です! それより何より、こうして彼の絵が残っていること自体が奇跡に等しい!」
「えっ? そうなんですか?」
「エレメドは、自分が好意的に接している人物に送った作品以外は、必ず一ヶ月以内に焼却処分をするという変わったポリシーがあったのです。なので、現存する作品は非常に少ないのです」
「へ、へぇー」
それが事実なら、二枚も描いてもらったダグラス夫妻は、そのエレメドという画家に相当気に入られていたらしい。
「ですからこれがもし本物だった場合……とんでもない額になりますよ!」
「ホントですか!?」
司会者の言葉に慎ましいサイズの胸を膨らませるクラーラ。
舞台袖待機する他の三人も、大きな期待を寄せていた。
――そして、鑑定が終わり、いよいよ結果発表の時を迎える。
「本人評価格はいくらでしょう」
「と、とりあえず、トップになりたいので……五十万ギール!」
「本物ならばその倍以上の値段になると思いますが、果たしてどうなるか――それではプレートを上げてください!」
言われるがまま、クラーラはプレートを天高く掲げる。
その結果は、
【二千万ギール】
「な、ななな、なんとぉ! これまでの最高額二千万ギールだああああ!!!!」
「えぇっ!?」
まさかの金額に、思わず金額を見直すクラーラ。
会場も割れんばかりに大喝采に包まれた。
「いやぁ……いい仕事してますねー。驚きましたよ。まさかここでエレメドの真筆に出会えるなんて」
「では、これは本物なんですね!」
「その通り。《鑑定神眼》で見抜いた結果、間違いなく、エレメド本人の作品です」
「うおおおおお!」
クラーラよりも司会者の方が興奮していた。
「筆圧や色彩表現から見るに、恐らく最晩年の作品と思います。彼の娘が残した手記には、病床で弱っていく体に鞭打って、家族に何枚かの絵を残したらしいのですが、これはそのうちの一作でしょう」
詳しい解説をしてくれているが、クラーラの耳には入ってこない。
これで優勝はほぼ確定的となった。
「こんな凄いものが拝めるなんて……おっと、次がラストの方ですね」
そんな司会者の声を背中に受けて、クラーラが舞台袖へと戻ってくる。待ち構えていたエステルたちに抱き着かれ、それからハイタッチをし、最後の勝利の発表まで待機することとなった。
――だが、ここで思わぬ事態が起きた。
「最後の依頼人はエノドア自警団の団員を務めるクレイブ・ストナーさんです!」
「「「んなっ!?」」」
司会者の紹介を聞いて真っ先に驚いたのは、客席でクラーラの快進撃を笑顔で見守っていたエドガー、ネリス、タマキの三人だった。
「あいつ……私用ってこれのことかよ!」
「ま、まさか参加しているなんて……」
「ぬいぐるみが欲しかったんでしょうか?」
出場動機など、さまざまな部分が不透明なクレイブだが、その依頼品がさらに事態を混乱させることとなる。
「では依頼品を見てみましょう!」
司会者の合図によってステージへ運ばれてきた依頼品を見た時、クラーラたちは思わず絶句した。
なぜなら、その依頼品とは――どこからどう見てもフォルだったからだ。
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